(せいどうの/ろんごそどくや/かざはなす) 江戸時代の寺子屋は、日本全国に1万数千あったとされ、日本人の識字率は80%ほどあり、世界一だったようである。ヨーロッパでもイギリスで25%、フランスでわずか1.4%だから、日本がいかに高かったか分かる。
寺子屋では、読み書き算盤の他、「商売往来」などの往来物、文字を学ぶ「千字文」、地理の「国尽」「町村尽」、儒学書の「四書五経」、歴史の「国史略」、「百人一首」「徒然草」などの古典も講じられた。
明治開化の折り、日本が中国のように植民地化されなかったのは、寺子屋の教育によるところが大きい、という。それは、特に論語などの、人のあるべき姿を素読によって叩きこまれ、清廉潔白で実に有能な人物になっていったからである。幼少期の素読は、九九算などでも分かるように、死ぬまで忘れることがない。
幼・小・中学校教育に、「四書五経」の素読を取り入れたら、日本と日本人は劇的に変わる、と私は思う。この句の聖堂は、東京お茶ノ水の湯島聖堂だそうである。