「じぇんごたれ」遠野徒然草

がんばろう岩手!

海上八幡神社

2007-04-07 17:12:35 | 遠野
 長男の高校入学式に行ってまいりました。


 創立106年目、岩手県下では三番目に古い歴史と伝統を誇り、2万1千名以上の卒業生を輩出し、各方面で活躍、名を残す先人も多い。


 162名の新入生、これから始まる3年間の高校生活、おそらく高校生活で出会った友は、かけがえの無い一生の友人と成りえるものと思います。
 校風である「修徳尚武」ある意味では「文武両道」すなわち勉学にスポーツに大いに頑張れと云わんとするものとも心得ます。

 己の夢に向かって頑張っていただきたい・・・です。


 思えば数十年前、男子生徒は皆坊主頭、県内有数のバンカラスタイル、質実剛健そのものを身体で感じた私の新入生の頃・・・、今時の・・・・は禁句なのですかね・・・。


 さて、本題・・・・

 松崎町駒木・海上にある八幡神社



 創建は詳しくは伝えられていないが、前九年合戦で敗走する安倍軍を追って遠野へ来た八幡太郎義家(源義家)が安倍軍と矢合戦を行い、その戦況を山から眺め、座して休んだことから、辺り一帯の山野は八幡座と呼ばれたとも伝えられ、さらに家臣井手氏が安倍氏が去った遠野を一時治めた際に、舘と共に源氏の守神、八幡神を祀ったとも語られます。

 また、阿曽沼代官の宇夫方氏による創建説、天正年間、八幡館主であった本姓菊池氏、駒木豊前広道が舘の北方の小高い現位置に勧進したとも伝えられている。

 いずれ初詣には地元民が参拝し、宵宮も営まれて賑やかな時代もあったそうですが、県道工事により斜面は削られ境内も狭くなり、賑やかだった頃の面影を偲ぶには寂しい光景でもあります。


 八幡沢(はちまんじゃ)

 八幡太郎縁の地として名付けられた沢なのか、それとも八幡社が鎮座する近くを流れる沢であったため名付けられたかは不明であるが、八幡沢、八幡座と共に義家伝説が語られる地であるのは間違いない。


 境内から遠野方面を望む・・・中央に五日市館跡がある山野が見える。


 八幡沢にひょっこり現れた天然記念物「あおすす(ニホンカモシカ)」



おまけ

 本日も懲りずに喜○へ

 今回は大盛りといたしました・・・・汗



 前回、皆さんから寄せられた定番メニュー「チャーハンと五右衛門セット」確かに来店のお客さんのほとんどが注文しておりました。
 これにギョーザという方々も多かったですね・・・・。
 
コメント (10)
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