お前本当に分からないのかい。そう言うと母は、私との間を詰めた。そして前屈みになって自分の顔を私の顔に近付けた。母は自分の子供に言い聞かせるように、ねぇと言うと、
「今、私達は何の話をしていたかな。」
と聞いて来た。私が指の話だと言うと、その前は?と言う。『その前?』私は考えた。手品の話だろうか?。
「手品を教えて欲しいという話?。」
母はげんなりとして視線を落とした。子供というのは難しいものだ、彼女はそんな言葉を漏らした。思案顔で「如何言ったらいいのかしらね。」と、独り言のように言う。彼女はその内ふと顔を上げて微笑むと、
「お前さっき迄何をしてた?。」
と聞く。何をしていただろうか?私は記憶を少し思い返してみる。
していた、という事は行動だ。私は動いている行為で思い当たる場面を数カ所頭に浮かべた。何をしていたかだから…と、私はこの場合の、大人から与えられた質問の答えにはどの場面が一番よいのだろうかと迷った。直近の目立つ行為がよい。大きな出来事の方だ。と私は考えた。
「食事!」
私は脳裏に浮かんだ光景の中から、自分が食卓について1人家族に遅れ、口を動かしあくせくと食事をしている場面を選んだ。時間が一番近くて目立つ行為だ。母の質問している答えはこれだ!、これでよいと私は思った。
この私の答えに、表情を変えずにすーっと半身を起こして身を引いた母は、はーっと諦め顔になった。これは如何にもならないと思ったのだ。
「本当に…、」
と彼女が言葉を止めた先には、正直、『馬鹿だね。』が入るような気がこの時の私にはした。
「答えはそれでいいでしょう?今から一番近い時間で動いている事だもの。」
していただからと、私は不自然な作り笑いを無理に浮かべて母に微笑んだ。
「物ごとの繋がりが分かってないんだねぇ。」
この子は。この時期の子はそうなのかしら。お前だけかしらと母は思案顔になった。そしてもういいわと言う態度に変わった。
「ちょっと難しかったらしい。」
この件はこれでお仕舞にしようと母は言った。私な何だか今行われた母子の事態がスッキリと収拾せず終わるので、物事が理解出来ないという未消化な状態に不満を持ち、嫌な気分がした。が、万時これでお仕舞という母の態度から、これ以上はどうにもならないと感じた。そこで1人、今迄の母と自分の遣り取りを思い返してみた。
私がこの場所にいたらお母さんが来たんだった。またここにいたのと言って…。と考えて私はふと気付いた。
『お祖父ちゃんとお祖母ちゃんが食後に部屋にこもって何をしているのか? 』
こう私は疑問に思って、何時もの様にこの障子の前にいたんだ。そこでお母さんは気になるならと、良い方法を教えてあげると言って、…何故手品をしてみせたのだろう?。何故だろうか?私は去ろうとする母に急いでこの質問を浴びせた。この疑問にだけでも彼女からきちんと答えを貰いたいと思っていた。
「お母さん、私は部屋の中が知りたかったのに、お母さんは如何して指の手品なんかしたの?」