お前折檻したのかい。玄関から祖父の声がした。私が振り向くと、向こうの部屋には祖母と父の2人が見えた。祖母は両手に大きな冊子を持ちそれを一まとめにして片方の手に持つところだった。父は肩を丸めるようにして首を項垂れ祖母の向こう側に隠れるように見えていた。私の位置からは2人はそのように前後に重なるような感じで見えた。
「こんな物だろう。」
と祖母が放心したように言うと、父もまぁなぁとぽっそりと言い顔を上げた。母が手に持つ分厚い冊子の束を父は手に受け取り、
「もう母さんも行ってくれ。父さんがまた戻ってくると面倒だからな。」
そう父は小声で言った。祖母はああと頷くと、やはり小声で、じゃあ行くからねと返事をした。彼女は玄関に向かったが、部屋を出しなに立ち止まりくるりと振り帰った。祖母ははっしと父を見据えると、
「これでお前も大概懲りただろう。」
と、勢いよく通る声で捨て台詞を吐いた。
彼女が玄関に姿を消すと、折檻したのか?あれの子供の前で、いいのかい?。等、祖父の声が聞こえた。あれももう親なんだから、親の威厳があるんだよ。お前も気を付けてやらないと。これからは気を利かしておやり、何時も気の利くお前らしくもないねえ。…。
「そう言うお父さんだって…。」祖父だけだった声に祖母の声が混ざった。「孫に子を預けてましたよ。」そう祖母が言うと、おやぁ、そうなっていたかい?。「そうですよ。如何するんです。」等、以降やや声はぽそぽそとして、私には聞き辛くなった。
こちらの方では、玄関を窺っていた父が何かしら感じたらしい。急に階段に足をかけ、2階へと静かに駆け上がり姿を消した。すると祖父が部屋の入り口に現れて、「あれは?。」と口にすると、私を見て、
「お父さんは、2階かい?。」
と尋ねて来た。私が頷くと、祖父はそうかと言って私に歩み寄って来た。
「さっきの話だがね、お父さんの事は、お前見なくていいよ。」
祖父は静かに言った。穏やかで遠慮がちな声だった。お父さんの事はお父さんに任せておきなさい。あれも大人だからね。自分の面倒は自分で見れるという物だ。彼はそう言うと、
「お前は子供なんだから、大人の面倒は見なくていいよ。」
そう言うと、祖父は私の頭を軽く撫でて、細やかに作り笑顔を作ると、気持ちが軽くなったのだろう涼しげな表情になって祖母が待つ玄関へと出て行った。
「これでいいよ。」
祖父の満足そうな声が聞こえ、そうですか、大団円になりましたか。と明るい祖母の声が聞こえ、じゃあと二人歩き出す音と玄関の戸の開閉の音が聞こえ、家はしんと静かになった。すると、気配を察した父が階段をそろそろと下って来た。
「いやぁ、お前驚いただろう。」
「封建時代の親と言うのはあんなものなんだよ。」
と父は言い、文明開化も何のその、新しい世が来ても親の方は封建時代と何ら変わりが無かったんだ。よく聞かされたものだ。あの人達にね。戦後になって、今や世は民主主義時代になったんだ。私達は民主主義時代の親だ、だからあんな昔の体制の親とは違うんだ、よかったなぁお前。お前は私達の世代と違って酷い目に遭わずに済むんだ。人皆平等、嬉しい民主主義時代の子だよ。平和だなぁ。平和という物は良い物だ。