Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 32

2019-08-09 11:15:21 | 日記

   この時の私に、絶望感だけしか無かったかというと、実はそうでは無かった。それは祖父の言った言葉、「その子じゃ無いんだ。」が私にも聞こえ、その一言が私にほんの微かな期待を抱かせていたからだった。

『祖父は私が犯人じゃないと分かってくれているのだ。』

そんな希望が私の胸に膨らんで行った。

 父が祖父母の部屋に消えてから、私は祖父のこの言葉を胸に何度か蘇らせ、考えてみた。すると、その子と言うのはきっと私の事に違いないと思えた、確かに、穴を開けたのは私じゃ無いと祖父は言ってくれたのだ、こう私は確信を持った。それには、隣の部屋にいた祖父の声が、障子のこちら側にいた父と私にちゃんと伝わって来たという事実があった。きっと母と私の遣り取りも、障子の向こうの祖父に聞こえていたに違いない。もしかすると、祖母にもちゃんと伝わっていたのかもしれない。私はこう考察した。

 それにしても、私はにっこりした。祖父がちゃんと父に事実を言ってくれた事が嬉しかった。今迄の私にとって、母の言動や父の誤解が相当ショックを与えていたので、祖父が父に取り成してくれたという、祖父の厚意が身に沁みて嬉しく感じられた。

 私の目に溢れてくる物があった。今の私より、両親の態度で痛手を受けた先程の方が私の悲しみは深かったのに、今の私の気持ちの方が明るく軽くなり嬉しいのに、何故、涙の量が多くなったのだろうか?、私はこの事を不思議に思いながら、溢れて来る涙を手の甲で拭っていた。その内、迸る様に様々な感情が胸に咳上げて来た。

  うわーん、

感極まったのだろう、私は声に出してえっ、えっ、と泣いた。この時の私は自分で涙を声を止める事が出来なかった。当然隣の部屋でも何かしら大人達は反応していたが、泣いている私には中の様子など推し量り様が無く、すぐには家族の誰も私の傍にやって来なかったので、私はしゃくり上げながら暫く1人で泣き崩れていた。

 


うの華 31

2019-08-09 10:01:06 | 日記

 私はそんな母の様子に何事が始まるのだろうかと思った。母が祖父母の所へ謝りに行ったのだろうか?。いくら私の為とはいえ、実際に穴を開けたのは母自身なのだから、ここは大人である母が責任を取って自ら謝りに行ったのだろう。そう私は、障子に暗く1つ開いた穴を見詰め直して考えた。

『多分そうだ。』

私は明るい気分になった。

 私は障子の向こうの、祖父母の部屋での母と祖父母、3人の会話を聞こうと考えた。如何いう話になるのだろうか、私が叱られる事が無いようにと念じつつ、私は障子にぴったりと自分の片方の耳を付けた。実際に『壁に耳あり…』を地で行く形で、私は一心に部屋の中の声に耳を欹てた。

 ですから、子供が、中を見たいと、…障子に穴が開いたんです。そんな切れ切れの母の言葉が聞こえて、祖母の、そんな話ではよく分からないから、という声。もっと分かり易く順に話してくれ、と言う祖父の声等が聞こえて来た。

「つまり、子供が、智が障子に穴を開けましてね。」

母の声だった。えっ!と私は驚いた。びっくりしている私の耳に、指でそこの障子に穴を開けたんです。中を見たいという事で。智がしたんです。とはっきり聞こえて来た。私は自分の耳を疑って、障子から身を離すと黒い穴を見詰めた。如何聞いても穴は私が開けた事にしか聞こえない。私は聞こえてきた母の言葉をもう1度頭の中で繰り返した。やはり、母は私がこの穴を開けたと言っているのだ。ひやぁっと私は冷水でも浴びせられたような気分でいた。母は一体どういうつもりなのだと思った時

「それはいけない智だねぇ。」

母さん、智だそうだよ、障子の犯人は。と祖父の声が聞こえた。ええ、そう聞こえましたね。と祖母。そうでしょう。と母。「お義父さんお義母さんから、叱ってやってください。」と、これも母の声だった。

 えーっと私は唯々驚くばかりだったが、何にしても事態は、私が祖父母から叱られるのは必定となったのだと分かった。私はがっくりと襖の前に腰を落とした。目が潤って来る。私は母に裏切られて辛いというよりも、祖父母に近い将来必ず叱られるのだ、という事の方が胸に不安を与えて来て恐ろしかった。ああ、私は叱られるんだ。目頭が熱くなって来た私は、起き上がりふとしゃがみ込むと目を瞬いた。そこへ廊下から居間へと父が入って来た。

 父は襖の前でしゃがみ込んでいる私に気付くと、何だこんな所でそんな格好をして何をしているのだと声を掛けた。バツが悪そうな私と目が合うと、ハッとした感じで障子の方に目を遣った。そしてうーんと唸ると、

「やっぱりこんな事になったのか。」

母さんの言う通りだ。蛙の子は蛙だ、遺伝という物だな等、呟くように言っていたが、

「智!…、」

お前なぁと、私がこの時の父の言動の流れで想像した通りの展開で、父は私を叱責に掛かった。

   「四郎。」

その時、障子の中から父の名を呼ぶ祖父の声がした。祖父の声は障子のすぐ後ろに移った。と、お前一寸中に入ってこい。と言った。その子じゃないんだという小声も聞こえた。父はうーんと、何やら苦虫を噛み潰したような声と顔をしたが、一応私の顔を睨んだ。父は私に、めっ!と言うと、母と同じ様に隣の部屋へ歩き出し、隣の部屋の襖から祖父母の部屋へと姿を消した。居間には私1人が取り残された。私は仕様方なくぼんやりと立ち上がった。