私の父が玄関から部屋に戻って来た。彼は入口で私と目が合うと、片眉に皺を寄せて難しい顔をした。如何したのだろうと私は思った。そこで、お父さん如何したのかと尋ねた。何時もならここでにこやかに返事をしてくれる父だが、何も返事をして来ない。
「如何したの?何かあったの?。」
そう繰り返し聞いてみる。「何かって、お前のせいで大有りだ。」と彼は口の中で呟いた。その後は部屋の中に入って来たが、父は私には背を向ける感じで私を見るという事もしなかった。私はそんな父がやはり怪訝に思われて、もう1度同じ質問をしようか如何しようかと迷っていたが、前の3回の質問に答えが無い父の態度に、これ以上質問しても彼から返事はないだろうと判断した。それで私の方も黙った儘父の様子を静観していた。
父は玄関に祖父母を見送りに出た時に、祖母から数点忠告されていた様子だった。祖母の声で、分かったね、堪えて…、お前も承知しなさいね。等の言葉が私にも聞こえていた。もちろん子供に乱暴してはいけないという事もあったのだろうが、他にも何かしら忠告や指示する言葉が有ったのだろう。後ろ向きの父は俯き加減でいて、何かしら思案している様子だった。
その内ハッと、父は何か感じたようで私に向いて振り返った。
「お前今お父さんに何か言っていたか?。」
「何か質問していたかい?。」
と父が聞くので、私は待っていたとばかりににこやかに「お父さんは如何したのか、何かあったのかと聞いていた。」と答えると、父は何回だと回数を聞いて来た。私は3回と答え、それ以上は無駄だと思い聞かなかったと答えた。
「『仏の顔も三度迄』だものなぁ。」
と父。お前よく知っているなぁと嘆息気味に父が言うので、そうしろと言ったのは父だと私は妙に感じた。お父さんが物事や人への質問、関わり掛け等はこの言葉の通りに3回までにしておくものだと教えてくれたからだ。と、そうするよう教えてくれたのは他ならない私の目の前にいる父自身だ。と私が言うと、父はあかあらさまに驚いて見せた。
「私が!。」
如何にも驚いたという感じで、何時?何処でだ?等聞いて来た。私は、そう昔の事でもない、時間もそう経っていない事なのにと思うと、父のこの質問が非常に妙に感じられた。未だほんの幼い私が覚えている事を、何時も偉そうに物言いしている大の大人である父が如何やら全く覚えていないらしい。その事が心に引っかかり奇妙に感じられたのだ。何時の事、何処何処で、数回に渡ると答えると、父は私の答えに又不機嫌な顔に戻った。
彼はううむと唸り、階段に向かって歩を進め始めた。彼はそれ切、特に私に何か言葉を残すという事も無く、私がその姿を見守る中平然と階段を上ると2階へと姿を消してしまった。