母は少々驚いた顔をして振り向いた。私の顔をじっと見ると、
「おや驚いた。少しは物事が関連して考えられるんだね。」
と言った。
母はそれでいいんだよと言うと、去りかけた足を戻して再び私の傍に来た。そうして、自分は指の手品なんかしていないんだよ。と言うと、ちゃんと部屋の中が分かるようにして上げただろう。と言うのだった。
えっと私は驚いた。何処に?、何時?、と言うと自分の周囲をきょろきょろと見回してみた。勿論障子にも目を遣って、上から順に眺め始めた。見通しの邪魔になる障子の紙は依然として健在だった。
「そこじゃないよ。」
母は私の視線の先を違う場所だと指摘すると、お前の見詰める場所はここだと言わんばかりに障子の中段の位置を指さした。私は母の言う場所らしい付近を見詰めてみた。やはり障子紙は一向に透けて見えず、白い紙面を私に晒していた。首を傾げる私に、やっぱりちょっと鈍いんだねぇと、母は私の横に屈みこんだ。障子を見詰めている。
「ちょっと高かったかね。」
お前の目から見えない位置かもねぇと、母はそう言うと、ここだよと障子のある部分を間近に指さした。私がその指さす一点に目を凝らし、よくよく眺めてみる。
「障子でしょう。」
曖昧な口調で答える私に、見えにくい位置なのかねぇと母は言う。
「そのせいで、中が分からないのだ。」
と私が言うと、母は呆れたという様に、これでどうだいと障子から自分の指を遠ざけた。そして、そこに穴が有るでしょう。といった。私が母の指が有った場所付近の白さに目を凝らすと、漸く丸く開いた直径1㎝程の穴が目に映って来た。
『穴だ!』
驚きと共に思わず母に目を転じると、彼女は朗らかに明るく優しい顔で微笑んでいた。
「その穴から中が見えるでしょうに。」
自分の笑顔を私の顔に寄せて、労わるようにこう私に言うと、やれやれと言う感じで背筋を伸ばした彼女は、これで一件落着という様な安堵感に包まれた。
「穴…、障子に穴が…。」
再び障子の穴を見詰めた私は、押し寄せて来る衝撃の波の中にいた。障子に穴が開いているのだ!。ピンと完璧なまでに綺麗に貼り整えられた障子に、恰も欠点の様に1つ、汚点にさえも見える穴が1つ穿かれているのだ。事態が漸く理解出来た私は大きな口を開けて驚愕した。
「お母さん、これって、お母さんが開けたの!?。」
そうよ、さっきまでこの穴無かったでしょうと母は得意げに言った。