Jun日記(さと さとみの世界)

趣味の日記&作品のブログ

うの華 38

2019-08-24 09:45:38 | 日記

 一触即発!と見る間に私の目の前で、ずんだんと祖父と父の親子喧嘩らしい小競り合いが始まった。私の見る限り何方も負けていないという様子に見えた。私の手前何方も引くに引けなかったのだろう。見ていた私も困ってしまった。こんな時は如何したらよいのかまだ教わっていなかったのだ。

 その時、部屋の入り口に祖母の顔が現れた。彼女は中の様子をそろそろと覗き込んでいたが、夫と息子がはっきりと喧嘩をしているのだと分かると、大急ぎで部屋に飛び込んできて2人の仲裁に回った。お父さん、止めてください。四郎、お前も止めなさい。そう言いながら父子の間に入ると、私の父は直ぐに手を引いたが、祖父は祖母が飛び込む以前より立腹した感じが激しくなった。

「お前の言う事でも聞けないな。」

そんな事を言うと、祖父の背は怒りに燃え上がって見えた。私の所からそんな祖父の横顔が少し窺えた。驚いた事に可なり赤い顔色だった。赤黒いと言っても良かった。如何やら完全に頭に血がのぼっているという状態だったらしい。祖母は必死になってそんな祖父を宥めに掛かっているらしかった。父はそんな祖母の後ろにいて、静かに肩等落としている。ええい、どきなさい。落ち着いて、落ち着いて、留飲を下げてください。そんな祖父と祖母の遣り取りを、何しろ初めてみる私の事、何をどうして良いのか分からず呆気に取られて眺め、隣の部屋にいて私も身動き取れずに佇んでいた。そんな私の視線と祖母の視線が交錯する中、

 「もう、お父さん、孫だって見ていますよ。」

お父さんの人間の大きい所を見せてやってください。祖母はそう言うと、

「ね、智ちゃん、お祖父ちゃんは優しいお祖父ちゃんだよね。」

と、私に同意を求めるような言葉を投げかけて来た。私は一瞬間を置いたが、ああと気付くと頷いた。云、お祖父ちゃんは優しい。

「優しいお祖父ちゃん大好き。」

と私は笑顔で答えた。にこにこして祖父母を見ると、祖母の背後にいた父の顔色が変わった。しんとした感じでいた父の顔は、急に目が吊り上がった様になり、如実に怒りが感じられる表情になった。父は目を怒らせると祖母の背後から祖父に声を掛けた。

「あの子の父は私だ。」

親は私なんだ。あなた達にはとやかく言う権利は無いだろう。そんな言葉を並べて、2人に引っ込んでいてくれと言い出した。すると、祖母は今度は父に向き直ると、

「お前も大概にしたらどうだい。」

お父さんに手を出したんだろう。親に歯向かうなんて、私はそんな人にお前を育てた覚えはないよ。親に歯向かうと言うなら…。そこ迄言うと、今度は祖父が妻の袖をぐいと引き彼女を制した。小声で止めなさい、一郎の時の二の舞になるから。と言う彼の声が私に聞こえた。

 すると、祖母は黙った。父は未だ怒りの形相だったが、自分の両親の勢いが削がれた気配を感じてやはり言い淀んでいた。3人は三者三様でもどかしそうに体を揺らしていたが、喧騒は静まりつつあった。と、祖母が私を振り返り、

「智ちゃん、お父さんも好きなんだよね。」

と聞いて来た。私はこの時点で祖父の事が父より好きな状態になっていた。直ぐに勢いよくうんと答えられないでいた。私の顔は笑顔が張り付いた儘、それで言葉が出ずにいた。すると、父は何だかシュンとして下を向いた。彼は肩を落としてしまい涙ぐんだ様子だ。そんな私と父の様子に、酷くご機嫌になったのが祖父だった。

「それごらん、子供は正直だ。」

自分を分かってくれるものをちゃんと知っているんだ。自分の子供の心も読めないで、如何して他人様を相手に商売が出来るんだい。言いたかないけどお前の商売はなって無いよ。祖父はこの機会に言いたかった事を息子に言う気配が濃厚となった。だが、私の様子を見て祖母がそんな祖父の言葉を引き止めた。

 「お父さん、今日の所はもうこれくらいで、」

「もう出かけましょう。帰ってからでいいではないですか。」

そう言って、早く出掛けましょうと言うと、この子もあれの二の舞になりますよ。そう小声で祖父に囁いているのが私には聞こえて来た。

 結局、私にはよく分からない内にあっけなく祖父と父の親子喧嘩は幕を閉じた。祖父は祖母に追い立てられるように玄関に進み、2人が家から出て行くのを、祖母にそうしなさいと命令された父は従順に見送りに行った。私は1人居間から隣の部屋に進むと、ぼんやりと階段の下で佇み、一体今家で起こっていた事は何だったのだろうかと考えてみた。

 それ迄仲の良い家族しか見た事が無かった私には、私に対して妙な関わり掛けが多かった今日の母にしろ、普段に無くしつこく苦情の多かった父にしろ、初めて目の当たりにした険悪な祖父と父の様子にしろ、全く未曽有の体験ばかりだった。そんな中、そう変化が無かったのは祖母1人のみだったなぁと、私は朧気なりに合点すると、今日の現状を繰り返し思い返して私なりに把握しようとしていた。