しかし、ここ迄下りて来たからには戻るという訳にも行かない。厄介事が待っていると分かってはいたが、降りなければならない。
とは言っても、直ぐに階段を下る事に気乗りのしなかった。私は目の前の天井の梁に片手を掛けると、上半身をくねっと曲げて階下に顔を出した。そうして下の部屋にいる母の顔をそれと確認した。
「お母さん?。」
尋ねなくてもそれが母だと私には分かっていたが、こう尋ねてみた。母はやはり機嫌の悪そうな顔付をしていた。眉間にしわが寄り細い目をしていた。この時彼女は既に私の方を見ていたが、この私の問いかけにふんというような仕草をすると、やや置いてから、だったらどうだと言うんだいと独り言の様に言った。
「お祖母ちゃんもいたみたいだったから。」
と私。既にこの場から祖母が去ったのは気配で分かっていたが、私もこの頃になると幾つかの言葉を掛けてそれと無く相手の出方を見るという事を会得していた。大人慣れしたというか、所謂人慣れしたのである。
母はそんな私にふうんという様な感じで、私が予想していたような機嫌の悪い語調や言葉、態度を控えると、彼女のごく普通の調子に戻った。
「何かあったのかい?。」
と、笑顔で反対に私に問い掛けて来た。私はそんな彼女の様子に、ここから降りて行っても大丈夫そうだと判断した。何故なら、少なくとも母は私に対して気遣う余裕が有るのだから、彼女から私がとんだとばっちりを食う確率も少ない様に思えたからだった。おずおずと、私は階段を下り階下へと降り立った。