母の様子を見ながら、おずおずと彼女の傍に歩み寄る私に、母はにんまりとした笑顔を浮かべるので、私はその柔和な笑顔に安心感を深めた。
「お前世慣れたね。」
それでこそ私の子だよ。母が穏やかにそう漏らすので、何だか私の目に彼女は満足そうに見えた。この世を渡る基本が出来たんだね。人間そうじゃないとこの世を生きていけないよ。彼女は静かに続けてそう言うと、お前行きたい所が有るんだろうと、私の肩に優しく手を遣り目で台所を指示した。
私は母の視線の先が台所のその先を示している事に気付かなかった。多分、昼寝の途中で目が覚めたからだろう。私はこの時、体調に特に差し迫った物を感じていなかった。
「行きたいんだろう、早くお行き。」
親としてさも心得ているとばかりに、彼女はしたり顔の笑顔で私に言うが、依然として私は彼女の言いたい所がさっぱり分からなかった。きょとんとしてえっ?とばかりに彼女の顔を見上げるばかりだ。すると、彼女の目にちらりと不満の色が浮かんだ。そうして未だ笑顔を留めてはいたが、私の見る所母の顔は段々と不機嫌な色に変化しそうに感じられた。
ここは、何が何だか分からなくても母の言った場所、台所へ行く方が得策である。こう私は考えた。しかもそれは早い方が良さそうだとこの時私は感じ取った。
私はそうだねと曖昧な返事をすると、すかさず最初の1歩を踏み出し母の元を離れ、居間へと足を踏み入れた。その後いざ台所に到達してみると、する方無い私は庭など見ながらうろうろしてみたが、取り敢えずあそこにでもと目に付いた厠に向かった。