私のこの時の反応が意外であり、驚いた様子の母は、その後2、3日モゴモゴとやっていました。やっぱり赤い色似合うよ。お母さんが悪かった。また赤い服着てね。女の子らしい色だもの等々。母は私の折を見てはやって来て、ボソボソと一言ずつ私に語りかける様に言うと私の側から消えて行ったものです。その為でしょう、数日後、私はまた折りがあれば女の子らしい赤い服を着ても良いなと考えていました。
中学生になって、家庭科の時間、女子生徒が赤いデニム生地でプリーツの入ったスカートを作るという課題がありました。これは女子が皆そうだったのです。…だと思います。この辺りも私の記憶が曖昧で、中には色違いのデニムや、同じ赤い色でもタイトスカートを作成する子がいたかもしれません。兎に角、私は一般的な型の2本プリーツが入った赤いスカートを作りました。縫い糸も白色という、教科の課題らしい、個人的な趣味の様に生地と糸の色合わせなどせぬ無頓着なものでした。裁縫など普段全然しない私です。ミシンや針仕事等嫌々でしたが、授業だからという事で、遅れない様にせっせと仕上げました。お陰で完成品として私の箪笥の引き出しに収まり、私は気が向くと思い出した様に取り出して、ご満悦風で数回着用してみたものです。
中学3年の頃だったでしょうか、夏の季節、私は当時の女友達と小学校の校庭で待ち合わせをしていました。この時の私は気分が良く、その年か、その前年に買ってもらった半袖のポロシャツを着ていました。ポロシャツは白地に赤い小花が散った可愛い柄でした。襟や袖の縁なども柄の花と同じ系統の赤色だったかもしれません。私はこの女の子らしい可愛い柄の上着に、例の家庭科で自作した赤いスカートを下にして組み合わせていました。これは私なりに、色や雰囲気を全体的に女の子らしくして合わせてみたファッションでした。
校庭で、私は女の子然としてにこやかにブランコに座ると、約束した友人が現れるのを待っていました。時折時計を見て、もう約束の時間だと私が思った頃、校庭の向こう、ぐるりと校舎のこちらがわの敷地を取り巻く様に植えられている生垣の切れ間に、友人の家のある方向から女の子の姿が現れました。私はそれが自分の待つ人物だと思いました。