タコライス(キャベツ、豚小間切れ肉、ニンジン、タマネギ、ニンニク)
目玉焼き
オカカ大根餅(大根、鰹節)
卯の花ハンバーグの生姜餡掛け(卯の花ハンバーグ“おから、木綿豆腐、ゴボウ、ニンジン、棒ネギ”、生姜)
コールスロー(キャベツ)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/7c/d5/8ff92abdc0147df159c54d320d5fb4e6.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/6e/77/9fae0b6280c5e474cab9ab903dd7c2b5.jpg)
![](https://blogimg.goo.ne.jp/user_image/24/c8/626cb5f23912f4c1096b90b192182ac9.jpg)
レタスもトマトも買い置きがないので、「いいや、キャベツで」。そんな大雑把な「タコライス」なので、豚小間切れ肉を刻んで、挽肉代わりにした。
「卯の花ハンバーグ」はこれでラスト。あっ、おから買って来るの忘れたわ。最後の「卯の花ハンバーグ」は、いつも違った食べ方をしてみたっかったので、煮崩れを恐れながらも、煮て「生姜餡掛け」に。思ったよりも煮崩れは少なかった。まっ、弱火で細心の注意を払ったからね。
オカカで「大根餅」を包んで胡麻油で焼いた「オカカ大根餅」。醤油を垂らして食べた。
割と良いじゃん。今日の弁当。と、自画自賛で蓋を閉じ、昼に蓋を開けて、良いじゃん良いじゃんと、感動再び。そして口入、正解。大正解。「コールスロー」とお茶を含めて5分で完食。だから喰い足りない。
小学校低学年の頃、父母会の授業参観の時に、「オオオニバス」について学んだ。なぜ覚えているかと言うと、あの時からずっと頭の中の「?」が消え去らないからだ。
担任教師が、「どうして“オオオニバス”と言うか分かる人」と、挙手させた。そこで張り切って手を揚げたて男子生徒が、「子どもが乗れるから、バスと言うのだと思います」。と、答えたところ、教師、完全に無視。
しかも正解も言わない。
話はここで終わらず、翌日に持ち越されたのだ。いち日経ても教師の高ぶりは収まらなかったらしく、何かの折に、「子どもが乗れるからなんて、あんなバカなこと言って」と、言い出したのだ。
写真がね、白人の女の子が葉に乗っている写真だったのだよ。しかも我々は小学生。子どもながらに、「理不尽(無論、当時はそんな言葉は知らなかったが)也」。と、心の中で感じていた。
当時は、どんなに理不尽だろうと、教員に逆らうような生徒はおらんかったのだ。
そして「オオオニバス」の謂れはとうとう分からずじまいだった。にしても、どうしてあれほど怒ったのかは不明。「違います」と、ひとことだけ言えば済む話なのに。
ところが数十年を経て「オオオニバス」は「大鬼蓮」だったと知った。途方もなく巨大な蓮。これが正解なのだろうか? 件の教師、漢字も教えてくれりゃあ良かったのにさ。そうすりゃあ小学生も少しは理解できたかもよー。
昔はこんな教師が多かったものだ。むしろ、これなら良い方だ。気分のムラ、依怙贔屓なんて普通だったからね。それでも昔の親も子どもも教師に対して不平不満なんぞ言わんかった。思いもしなかった。
よって教師は成長しない。常に上から物を言う存在でもあったのだが、それを思えば、今の方が教師のためでもあるな。
だが、反面、昔の子どもは、正しいことでも通用しないとか、人は好き嫌いで態度が違うとか、こうやって世の中の理不尽さを学んでいたので、打たれ強いのかもね。
テニス肘が痛てえ。
目玉焼き
オカカ大根餅(大根、鰹節)
卯の花ハンバーグの生姜餡掛け(卯の花ハンバーグ“おから、木綿豆腐、ゴボウ、ニンジン、棒ネギ”、生姜)
コールスロー(キャベツ)
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レタスもトマトも買い置きがないので、「いいや、キャベツで」。そんな大雑把な「タコライス」なので、豚小間切れ肉を刻んで、挽肉代わりにした。
「卯の花ハンバーグ」はこれでラスト。あっ、おから買って来るの忘れたわ。最後の「卯の花ハンバーグ」は、いつも違った食べ方をしてみたっかったので、煮崩れを恐れながらも、煮て「生姜餡掛け」に。思ったよりも煮崩れは少なかった。まっ、弱火で細心の注意を払ったからね。
オカカで「大根餅」を包んで胡麻油で焼いた「オカカ大根餅」。醤油を垂らして食べた。
割と良いじゃん。今日の弁当。と、自画自賛で蓋を閉じ、昼に蓋を開けて、良いじゃん良いじゃんと、感動再び。そして口入、正解。大正解。「コールスロー」とお茶を含めて5分で完食。だから喰い足りない。
小学校低学年の頃、父母会の授業参観の時に、「オオオニバス」について学んだ。なぜ覚えているかと言うと、あの時からずっと頭の中の「?」が消え去らないからだ。
担任教師が、「どうして“オオオニバス”と言うか分かる人」と、挙手させた。そこで張り切って手を揚げたて男子生徒が、「子どもが乗れるから、バスと言うのだと思います」。と、答えたところ、教師、完全に無視。
しかも正解も言わない。
話はここで終わらず、翌日に持ち越されたのだ。いち日経ても教師の高ぶりは収まらなかったらしく、何かの折に、「子どもが乗れるからなんて、あんなバカなこと言って」と、言い出したのだ。
写真がね、白人の女の子が葉に乗っている写真だったのだよ。しかも我々は小学生。子どもながらに、「理不尽(無論、当時はそんな言葉は知らなかったが)也」。と、心の中で感じていた。
当時は、どんなに理不尽だろうと、教員に逆らうような生徒はおらんかったのだ。
そして「オオオニバス」の謂れはとうとう分からずじまいだった。にしても、どうしてあれほど怒ったのかは不明。「違います」と、ひとことだけ言えば済む話なのに。
ところが数十年を経て「オオオニバス」は「大鬼蓮」だったと知った。途方もなく巨大な蓮。これが正解なのだろうか? 件の教師、漢字も教えてくれりゃあ良かったのにさ。そうすりゃあ小学生も少しは理解できたかもよー。
昔はこんな教師が多かったものだ。むしろ、これなら良い方だ。気分のムラ、依怙贔屓なんて普通だったからね。それでも昔の親も子どもも教師に対して不平不満なんぞ言わんかった。思いもしなかった。
よって教師は成長しない。常に上から物を言う存在でもあったのだが、それを思えば、今の方が教師のためでもあるな。
だが、反面、昔の子どもは、正しいことでも通用しないとか、人は好き嫌いで態度が違うとか、こうやって世の中の理不尽さを学んでいたので、打たれ強いのかもね。
テニス肘が痛てえ。