【根室】日本、ロシア双方の200カイリ水域での操業条件を決める日ロ漁業委員会(地先沖合交渉)の協議が、昨年12月から宙に浮いている。条件が折り合わないまま交渉再開のめどは立っておらず、ロシア水域で毎年1~2月にマダラを漁獲する根室の漁業者は操業できない異例の事態に追い込まれた。日本漁船によるロシア水域での操業は近年、ロシア側の対応が厳しくなっており、根室の漁業者は先行きを懸念している。
25日、根室市の花咲港に隣接する造船所に、陸揚げされた漁船がずらりと並んでいた。造船所関係者は「マダラ漁の漁船が多い。出漁できないから揚げたんだ」と話した。
ロシア水域での100トン以上の漁船のマダラ底はえ縄漁の漁期は1~2月で、秋のサンマ棒受け網漁を終えた漁船が設備を換えて操業する。漁場は千島列島北部で、根室漁協などによると昨冬は6隻が操業した。
地先沖合交渉を巡っては昨年12月、双方が想定する漁獲割当量に隔たりがあるとして、約30年ぶりに交渉が越年。この影響で1月上旬から出漁を予定していた根室のマダラ底はえ縄漁船は操業できなくなった。
今年は道内沿岸のマダラが豊漁で、花咲市場では昨年同時期より魚価が3割程度安い。加工業者や消費者への悪影響は出ていないが、マダラ漁は根室の漁業者にとって年間の操業スケジュールの一角を占める柱の一つだ。
漁船の定員から単純計算すると、出漁機会を失った漁業者は100人程度に上り、100トン以上の漁船でつくる北海道中型底刺網はえなわ協会(根室)の荒俣友輔会長は「出漁できない漁業者が出稼ぎや水産加工場のアルバイトをしている」と話す。60代の漁業者は「仕事にぽっかり穴があいてしまった」と嘆いた。
マダラは産卵期を過ぎると、鍋などの具材に使われるマダラの白子(マダチ)がなくなって価値が下がる。荒俣氏は「マダチが入っている時期に、いかに効率よく漁獲できるかが漁の採算を左右する。漁期を逃した損失は大きい」と話す。
ロシア側は近年、ロシア水域で日本漁船の操業に対する監視などを強めており、マダラ底はえ縄漁を巡る状況も厳しい。漁業関係者によると、4年前からロシア側の監督官が漁船に乗り込む場所を従来の根室から千島列島北部のパラムシル島沖に変更。この影響で10日程度だった1航海の日数が約2週間に延び、効率が悪くなった。2017年12月から翌年にかけてはロシア国境警備局が根室の漁船6隻に日ロ間の合意で必要ないと決めている旅券などの携行を求め、出漁が半月以上遅れる事態も起きた。
ロシア200カイリ水域では、16年にサケ・マス流し網漁が資源保護などを理由に禁漁になり、根室などの漁船が大打撃を受けた。根室の船主は「ロシア絡みの漁業はどんどんやりづらくなっている。今回のような事態が今後も続けば、マダラ底はえ縄漁そのものが存続できなくなる」と懸念する。(村上辰徳)
■ロシア サバ割当量の大幅増要求 背景に食料生産拡大方針
日ロ双方の関係者によると、昨年12月の地先沖合交渉でロシア側は日本200カイリ水域でのサバの漁獲割当量の大幅な上積みを要求し、物別れになった。背景には、国内食料生産の拡大に取り組むプーチン政権の意向もあるとみられる。日本側は交渉の早期再開を求めているが、ロシア側のサバ漁が夏ごろから始まるという漁期のずれもあり、日程調整も進んでいない。
ロシア側は交渉で、日本200カイリ水域の資源量の回復などを理由に挙げ、2018年は6万5千トンだったサバ・イワシなどの「相互入漁」(無償枠)の漁獲割当量の倍増を要求した。ロシアは14年のウクライナ危機を受けた欧米の対ロ制裁への報復措置として、欧米からの魚や食肉などの輸入を禁止。国内水産業の振興に力を入れており、こうした流れは16年の日本漁船に対するサケ・マス流し網漁の禁止にも影響した。
相互入漁の仕組みでは、ロシア側の無償枠の割当量を増やした場合、日本側も同量の割当量を得ることになる。ただ機材供与の形でロシア側に支払っている協力金は事実上、各年の割当量を踏まえて決められており、割当量を増やせば協力金も増額になるのは必至だ。
日本側は出漁隻数を急に増やすことは困難な上、漁獲量の大幅な増加も見込めない中、ロシア側の要求を受け入れれば、協力金だけが増えて採算割れを起こす懸念は強い。日本側関係者は「マダラを諦めることになっても、簡単に妥協できなかった」と話す。
ロシア漁業庁は取材に対し「夏の漁期が始まる前に合意することが合理的だと理解している」と説明。ロシア側の出漁時期までには、交渉が妥結するとの見通しを示した。(小森美香、モスクワ 小林宏彰)
<ことば>日ロ地先沖合交渉 1984年発効の「日ソ地先沖合漁業協定」に基づき、例年12月に翌年の日ロ双方の200カイリ水域における相手国漁船の漁獲割当量などの操業条件を決めている。日ロが同じ量の漁獲枠を得る「相互入漁」(無償枠)の昨年の漁獲割当量は6万5千トンで、日本側がロシア側に機材供与の形で支払う協力金は7億4980万円だった。このほかに日本側が見返り金を支払う有償枠がある。