本書の初版が刊行されたのが2014年(洋泉社)、加筆修正のうえ、角川ソフィア文庫に収録されたのが2018年である(こちらがその紹介頁)。ここ二ヶ月でもっとも読まれている本の一冊ではないかと思う。私は一昨日電子書籍版を入手して、今さっき読み終えた。
最終章「今後、感染症との激戦が予想される地域は?」には、今回の新型コロナウイルスの感染爆発についてまさに予言的な一節があるのだが、そのことよりもこの本を興味深い一冊にしているのは、人類の歴史は感染症との戦いの歴史だと言っても過言でないことを豊富で多様な事例を挙げて素人にもわかるように説明してくれていることだ。
著者は、感染症学の専門家ではなく、もとはジャーナリストだが、世界各地で様々な感染症に自ら罹患しており、その現場レポート的な部分は読ませる。本書は、環境史研究者としての著者がその立場から「この目に見えない広大な微生物の宇宙」を私たちに垣間見せてくれる。
各感染症の記述の学術的な信頼性については、私はまったく判断できない。有名人の罹患者リストなど、冗長であらずもがなの箇所もなくはない。しかし、本書によって、感染症の拡大が人類の文明の進歩と不可分の関係にあることはよくわかった。
「まえがき」と「あとがきき」からそれぞれ一箇所ずつ摘録しておこう。
私たちは、過去に繰り返されてきた感染症の大流行から生き残った、「幸運な先祖」の子孫である。そのうえ、上下水道の整備、医学の発達、医療施設や制度の普及、栄養の向上など、さまざまな対抗手段によって感染症と戦ってきた。それでも感染症は収まらない。私たちが忘れていたのは、感染症の原因となる微生物も、四〇億年前からずっと途切れることなくつづいてきた「幸運な先祖」の子孫ということだ。人間が免疫力を高め、防疫体制を強化すれば、微生物もそれに対抗する手段を身につけてきた。
人間が次々と打つ手は、微生物からみれば生存が脅かされる重大な危機である。人が病気と必死に戦うように、彼らもまた薬剤に対する耐性を獲得し、強い毒性を持つ系統に入れ替わって戦っているのだ。まさに「軍拡競争」である。
人は病気の流行を招きよせるような環境をつくってきたが、今後ますます流行の危険は高まるだろう。というのも、日本をはじめ世界各国が、歴史上例のない人口の集中化と高齢化の道を突っ走っているからだ。両者は感染症流行の温床である。
これから感染症流行のさらなる「二次災害化」も進むと予感している。阪神・淡路大震災でも東日本大震災でも、「震災関連死」の患者が高齢者に集中した。とくに、肺炎による死者が目立った。避難所の環境や過密がその主な原因だ。日本の将来への不安が高まっている。末期的症状になりつつある少子高齢化のみならず、近い将来に襲来するはずの超弩級の大地震、荒々しさを増す異常気象……。凶悪な感染症の大流行もそのひとつにあげておく必要がある。