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kotoba日記                     小久保圭介

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成層圏だったのか

2022年02月14日 | 生活
  


くもり

淡々さんに
『ガッツリにんにくと濃厚背脂醤油』
と発する小瓶をいただく
ありがとうございます
食べるとおいしい!
何だこれ!

10時過ぎ
黒きヘリコプター二機
空を飛ぶ
ウクライナ侵攻か
と調べる
違っていた
有事前後に見る
景は
このような
空の飛行でござる

ーーー

カタカムナを昨夜調べ
いろいろ
判ってきた
興奮

高天原(たかまがはら)は
成層圏なり
それ地上50キロから80キロなり
成層圏の下をジェット機が飛ぶ


大和魂

とくに
大和魂は
戦争に悪用された
『アメニモマケズ』は
根源に不戦がありながらも
利用された
酷い話です

志(こころざし)のことを
母様は「し」と発す
すべてそこに答がある

南方熊楠は
気づいたという
「死と生は同じ」

最近
わたしもそう思う
死も生も
あまり変わらぬ気がしてならぬ
だからとて
生である限り
したいことをして
行きたいところに行き
見たいものを見
触りたいものを触り
体感したいものを全部体感し
感じ
知り
効きたいものを全部聞き
やりたいことを全部やって
空に帰るが『良し』の極みなり

カタカムナを調べていると
藤井貞和を想起
調べると
藤井貞和の父は
折口信夫の弟子であった

さらに
カタカムナに言及していそうな
中沢新一の叔父は
本人も書いているけれど
網野善彦

系譜に依拠してはならぬけれど
無視はできぬ現実
大事は
本人の行い以外
何もなし
は理である

一人一人が
名前をもらったと同じく
「可能性と努力の棒」が
生まれた時に
渡されたことを
忘れべからず

依代については
神道から学んだ

ーーー

ガビチョウという鳥のつがい
もちの木の
赤き実付近で
飛ぶなり

若き娘
手に分厚き資料の束を持ち
南へ渡る横断歩道の過ぎたところ
資料の束を脇に挟み
右足の靴紐を
しゃがんで
結び直して
立って
さらに南へ向かった

南正人さんの歌とともに
動画を見入る夜


















炊事洗濯活字読み

2022年02月13日 | 生活
  


サウス先生が愛読している本
何度も読んでいるという
ふむ

忍び武士も読書家
雑学が凄い
雑ではないし
多岐に及んでいるけれど
まあアカデミックに入れられても窮屈
雑学ほど
面白いものはない
タモリ氏は雑学を超えている

みな発す
ブラタモリを見れば
それが判る

知識を楽しむ
これこそ愉楽


たまった新聞を読みながら
洗濯二回
ごぼう煮
ひじき煮
クリームシチュー煮
カタカムナ調べ

日曜は忙しきなり

日曜は
遊びにいくという概念を失い
何年になるのか
ふむ。。。








『自動化作用』

2022年02月12日 | 生活
  



叙事詩
制作



大江健三郎が
『自動化作用』
ということを
しきりに言っていた時期がある
『自動化作用』
とは

いつも見慣れている道を歩いていても
ハッとこんなところに
こんなものがあったとは今まで
気づかなかった
目は確実に見ているにもかかわらず
脳が必要な情報かそうでないかを振り分ける時
「必要なし」と判断したもの
それが時にたくさんある

今までこんなところにこんなものがあったなんて
という経験は
皆さん
していると思います
脳が自動的に急務な情報ではなし
と判断した場合
情報としては排除される
よって
脳内に記憶及び記録がない

または最初
不思議に思ったことでも
それが当たり前になれば
不思議ではなく
「振り分け」が起き
生命に関わる情報ではない
と判断され
記憶は潜在化してゆく

現在
わたしを含めて
たくさんの人々が
ある事象において
『自動化作用』が起きている

それは何か
<みんながマスクをしている>
ことです

これは最初
滑稽かつ不思議な光景だったはず
今では『自動化作用』が起きて
当たり前になっている

ここで中上健次の言葉を想起
「外国人の目になって見ろ」
である

外国人は日本人の
全員マスクを自動化作用してはいない

地下鉄の全員スマホも然り

潜在した自動化作用を
子供の目になって
気づく時
「ああ、みんなマスクしてるわ」
と顕在する瞬間に
「わたしは何も見ていなかった」
と自戒するに至る

早く寝る





善悪を一見に依るべからず

2022年02月11日 | 生活
  






凍っていた

淡々さんが言う
「カタカムナって知ってる?」
早速調べる
ふむ

サザンカの香り
癒やされる

しかし
昨日は
マグマカイロのおかげで
風邪をひかなくて済んだ
マキノさんに
感謝
今度会ったら
お礼をしたい

風邪をひくと
何もできぬ
労働は休まねばならぬ
しかもパンデミックなので
感染したかも
といらぬ心配もせねばならぬ
あんなものは
招くに悪しこの上なし

気をつけていても風邪をひく
というのは嘘偽りなり
正しい予防方法を習得すべきなり

我自身に響かす

泥酔したアジア人男二人
肩を組んで
北へ千鳥足なり
途中
自転車を一台
唐キなり
さらに
北へ進みなり
それを見ていた
ヨオコノオバ
「あんな自転車唐オてからに」
「ヨオコノオバよ、出稼ぎのアジア人はコロナ渦で仕事をなくし、我らのようにはいかぬことが多き故、昼日向まで泥酔したい心情とてあるじゃろう。のんオバよ。自転車一台唐オてみたところで、彼らの失望ほどではなかろうに」
と諭す
「そうやな、うちらは一見で善悪を決めるに早すぎるのう、はっはっは」
とオバ
発す

紙コップが
北風に飛ばされ
転がって
静止した

陽光



ツバキノオジ夫妻と
一時間半話す

ウクライナのニュースを
探る
憂いしかない
平和を希望します





マキノさんがくれたカイロは『マグマ』なり

2022年02月10日 | 生活
  


小雨

ぼた雪

早朝
目が醒めて
窓の外を見ると
寒気の中
屋上に
三人の男たち
ロープで
何か大きな荷物を持ち上げていた
はて
と考
泥棒でもあるまいし
こんな早朝に何故
と考

そうか
本来ならクレーン車で持ち上げるべきもの
クレーン車は高額
しかも道路を塞ぐとなると
道路許可証もいる
許可証発行も安くない

ならば
この丑三つ時から
作業するに限る
と隣の屋根に登って
いろいろ
やっている
しばらく見ていたけれど
寒いので
また寝る

午前中
10時過ぎだっただろうか
マキノさんが通って
手を振る
そして
また戻ってきて
手渡されるは
マグマと名乗るカイロなり
これ
ネックウォーマーの間に
入れると
楽園なり


風邪をひきたくないので
立ちながら
スロージョギング
隣の職人も
我に真似
立ちながら
走るなり
温かきなり
血行さえ良くなれば

ほかほかなり

忍び武士にサンドウィッチを
差し上げる

帰宅
すぐに
入浴

マキノさんからいただいた
マグマカイロがなかったら
かなりヤバかった
感謝しかない
ありがとうございます
本当に助かりました


今年一番の寒さなり

祝春一番コンサートの
動画鑑賞

寝入る




ヨブ記を想起

2022年02月09日 | 生活
  




どこかに書いてあった記憶

『神様は頑張っている人の背中しか押さない』

どこでいつ
見聞きしたのだろう

ずっと胸に宿ったままで

ペットボトルを分別する人
小雨の中
傘をさして

コロナ渦
体を動かすことができず
何かをし始める人が
増えているのかもしれない

パンデミックは
毎日が教育的だ

ヨブ記を想起した夕方

神は答えず
という凄さ




道に落書きをした男登場

2022年02月08日 | 生活
  


くもり

ピントが合えば
一番の距離を掴められる
すると
作品ができる
遠近法

長く会っていないと
怒り
憎しみが消え
美化し
真珠の如くになる
結晶となる
そこまで近寄る
または離れる
ピントを合わせる


道に
「STOP」
と落書きして
東へ向かった

サウス先生が
「STOP」と書いてあったので
そこで止まり
また歩き出した
サウス先生は
常に
そんなことをしている

叙事詩
推敲
Up

もう一つ
書きたい
叙事詩あり
必ず作る

叙事詩は日本に少ない
目覚めたのは
詩人
茨木のり子
『りゅうれんれんの物語』の
あれが凄い
手本

日本に叙事詩の文化が乏しいのは
短文五七五を基軸にして
長文の文化
つまり大陸の広さに比例した
旅の過程の詳細を記述する文化が
生まれにくかったかもしれない

---

※乱暴な言い方を許していただくとしたら
叙事詩とは
キリスト教の
『聖書』こそが
大長編叙事詩に他ならず
聖書を根源に
その詩型と叙事方法を用いて
多々
物語詩が
発生したのではないだろうか
という疑問がわき
ここに加筆したい




立春

2022年02月04日 | 生活
  




スマホ忘れる

立春

ヨコノオジ
忍び武士と
南エリア



三本

交差点
日当たり
良し

茶屋の場所を
聞かれる
答える

きんぴらごぼうと
具だくさんの薄き味噌汁
作る
ああ
電気圧力鍋
できるまで早し
しかも美味



節分

2022年02月03日 | 生活
  


くもり

朝は
コーヒーを飲みながら
数分
ぼんやりしている

今朝
思ったこと

朝のお勤めは
人を思うこと

根源は寂しさなり

貧困
犯罪
表現

これすべて
源に
寂しさあり

的を得た
何故
多々が貧しきか?
それを
ここ数日
考えざるを得なかった

寂しさが
貧困を生む
寂しさが
犯罪を生む

ーーー

節分

今川焼きを
買って
みなで食

今年は太巻きを食べず

恵方には
年神様がおられる
それを知っている

夕食は
納豆とキウイ

サウス先生はいつも言う
「あかんて小久保。本人がやる気ないんやから」

その通りだと最近
実感
進言しても
説教しても
諭しても
無駄

あらゆることは
本人が問題意識を持って
初めて
問題解決の具体へ向かう

甘やかすわけにもいかぬ
人の心
弱きなり
依って
時が過ぎ
知るに至る

わたしとて
同じです

胸に宿す
響かす



ではみんなお疲れさままた明日
と別れ
違う道をゆくと
小さな寺の前で
一人
苦心する方あり
自転車を降り
手助けせん
唐黷ス網を戻し
紐を引き
ほんの30分

あのまま
通り過ぎることもできたけれど
それではわたしが痛い
自利利他