KCF的徒然草

KouChan's Factory管理人の心の叫びor反省文

やりたい仕事ができることは、幸せなことだ

2012-05-26 01:29:23 | 日記・エッセイ・コラム

 さっき、とある情報番組をみていたら、「イマドキの新入社員」なる特集をやっていて少しだけ見た。大卒の新入社員のうち3人に1人が2年以内に離職するという。

 自分が思い描いていた仕事ができないから、入ってみたら自分の特技が活かせないから、辞めたというのがその主な理由らしい。しかし会社側もその点は必死で、せっかく入ってきた新人を引き止めるためにあの手この手を使っているようだが、その番組では、上司と飲み会へ1回行くとポイントを1点(基準がわからないのだが)与えるとか、社員同士で褒め合うメールを送信しあうことでモチベーションをあげようとしていたり。しかし業績や仕事自体を褒めるのではなく、「ヘアスタイルが可愛いね」とか、他愛ないことらしい・・・。

 会社や仕事を何だと思っている、って言いたくなったね。もちろん仕事はしているんだろうけど、その会社が何を売っていて、何で稼いでいるかくらいは、知ってるんだろ?

 

 若者を支持している、ある社会学者が、若い人を生かすなら会社や大人(上司)が変わらなきゃダメだ、などというが、それは入ってくる新人をまるで上客のように扱え、というふうにも聞こえる。そうじゃないだろう。

 それと、会社での教育が足りない、OJTと言いながらいきなり最前線に立たせるのはおかしい、などとも言うが、仕事は「教えてください」と言って教わるものではなく、他人の仕事を見てそのやり方を盗む(!)ものだということも、最近になって思うようになってきた。もちろん彼らを指示通り動かすには、事前に手取り足取り教えなきゃいけないのも、中堅の責任ではあるのだが。ぼくの場合、元来気前がいい(?)から、後輩からの質問には自分の仕事を放ってでも丁寧に教えたり、時には一緒に考えてあげたりする。それがあとで時間を食い、自分の首を絞めている結果になるのだけど。 

 

 ぼくは入社以来ずっと、技術部に所属していたが、ずっと設計をやっていたわけではない。一時的に子会社へ出向したり、転勤も経験している。さらに、今年の4月からは生産管理部門(正確には、技術部からPJに参加)に移り、開発品の日程作成やその進捗状況のチェックを主な仕事にしている。それゆえ、今まで一緒だった仲間からすれば、彼らの「敵」にまわるわけで、異動を聞いたときには、それ相当の覚悟はしていたつもりだ。

 事実、役員や上層部も出席する開発会議の末席にすわるようになったのだが、その会議の激烈さに最初はほんとに腰を抜かした。直接叱られているわけではないのだが、怒号が飛び交う雰囲気だけでなんど気力を消耗し、心砕けそうになったか。思えば、先輩に叱られながらものびのび(!?)開発や設計ができた頃の方がまだ気楽だったように思う。

 けれど、そういう仕事も誰かがしなければ、会社の事業は回っていかない。それに、これからは設計だけでなく、営業、調達、製造、品証部門など、全体を見渡さなきゃいけないので、いろいろ勉強にもなる。

 

 ぼくが会社に入社した時に思い描いていた仕事は、現在に至るまでさせてもらえてないし、今後おそらくさせてもくれないだろう。でも、それでよかったとも思っている。会社の中でいろいろな仕事をしていく中で、仕事の意外な楽しみを思いがけず見つけることもある。天職に巡り会えたという人なんて、身近でも数えるほどしかいない。

 

 だから、せっかく社会人になって会社勤めをするようになったら、自分の理想と違うからとすぐにすねないで、まずはいろんなことを自分からやってみたらどうかな?などと思うのだが。

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