真夜中の、もう3時近い時刻に、わたしはマトゥラーの駅に降り立った。わたし以外、駅に降りたものはいない。
風が強く、それが妙に寂寥感を感じさせる。
停車していた電車はやがて、わたしの歩調とともに、静かに動き始めた。
わたしは改札をくぐりぬけて、駅の外に出た。無論、駅員などいなく、わたしは列車のチケットをポケットにねじり入れながら、駅の階段を降りたのだった。
色彩のない町。
街灯の黄色い光が町を単色に見せる。人影は誰もなく、クルマも走っていない。町は完全に寝静まっていた。
風に吹き飛ばされたタンプルウィードのようなものが、わたしの前を通り過ぎる。それを見て、わたしは西部劇をシーンは、本当にあることを実感した。
わたしの予想は裏切られた。マトゥラーという町はもう少し賑やかなところだとばかり思いこんでいて、宿などは、すぐに見つかるだろうとふんでいた。
だが、宿どころか、店すらなく、人々の家にも灯ひとつ点っていなかった。
しかし、不思議とわたしは平然としていた。
なるようになるだろうと。このまま、ほっつき歩いていれば、すぐに朝はくるだろうと。
夜明けまで、あと3時間程度だろうか。
このまま、歩いていてもやみくもに疲れるだけだ。どれ、どこかに腰をおろすとするか。
すると、目の前に、ちょうどいい建物の軒先があった。これは風もしのげて、ちょうどいい。腰をおろさせてもらうとするか。
ザックを下ろして、タバコに火をつけ、時計を見る。
もう、3時半だ。
辺りを見渡して、少しずつ暗がりに目が慣れてくると、建物の壁の看板があることに気が付いた。
英語の文字を追ってみると、Guest houseと書かれてある。
なんだ。
わたしは、偶然にも宿にたどり着いていたのだ。
これはなんとラッキーなのか。
だが、当然ながら、宿の扉は固く閉ざされている。とりあえず、あと数時間待てば、スタッフも起きてくるだろう。
そう思って、ザックを枕にして、わたしは床に寝ころがると、ちょっと低くなった気温に反応したのか、2回続けてくしゃみをした。すると、建物の中に明かりが点り、色の黒い若い男が出てきた。
わたしはとっさに「起こしてしまってごめん」と言った。
黒い肌の男は、眠い目をこすりながら、わたしのことを見て、「泊まりたいのか」とわたしに言った。
今、入ったら、今夜の分まで支払わなくてはいけない。あと少し待っていれば、一泊節約できるのだ。
「いや、明るくなるまで待ってる」と、わたしが言うと、彼は「とにかく入れよ」と言う。
わたしは、その言葉に甘えさせてもらった。
そして、彼は今夜の代金は要らないから、と言って、わたしのパスポートを求めた。
なんとわたしはラッキーなのだろう。
どうやら、マトゥラーも楽しくなりそうだ。
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