「立ち飲みの日」のウェブページを見ていると「学生居酒屋」という文字が飛び込んできた。
学生居酒屋?学生がいる居酒屋か?だが、それが一体なんなのだろうか。ボクは急に気になって、その店に行くことにした。
店の名前は「あるぱか」と書いてある。あの羊のようなラクダのような動物の名前であろうか。いかにも可愛らしい店名である。
新橋烏森の通り。今まで何度もこの道を行き来していたが、この店の存在は知らなかった。地下1階。階段を降りると、左側に店舗がある。古い民芸調の店。だが、店に入ると、その風情には似合つかわしくない若い店員がわたしを迎えてくれた。
20代の前半の男女である。
「いらっしゃいませ」。
極めて快活である。その元気に42歳のおっさんは気圧され気味になる。
お店はカウンターだけ。随分、古そうな店である。
わたしは、カウンターの一番奥に座らせてもらった。
メニューカードに手を伸ばすと、メニュー以外にもカードがある。手にとってみると、写真付きでスタッフの紹介が書かれたものであった。十数人の男女のスタッフが愛称とともに自己紹介されていた。みんな、20代前半である。自己紹介を読んでみると学生居酒屋の謎が解けた。
スタッフは全員、現役大学生なのである。
話をうかがうと、居酒屋は運営だけでなく、経営も自らやっているという。
何故、居酒屋なのか。
ボクが素直に質問すると、この日カウンターに立った男の子の店員さんは「居酒屋には社会が凝縮されている」と答えた。つまり、様々な人が集い、小さな経済活動を起こす。それが居酒屋であるというのだ。
生ビールをいただきながら、ボクは矢継ぎ早に質問した。
この活動は何のためなのかと。
すると、一人は近い将来の社会人になるためことの備えと答え、もう一人の女の子は「自分の夢と向き合うため」と回答した。学生それぞれが、大いなる目的をもって居酒屋経営に向き合っている。
これこそ、本当のフィールドワークなのである。
女性の方が答えた「夢」というのが、どうも「あるぱか」のキーワードなのだ。
まだ社会を見ぬ、学生のそれぞれがどんな気持ちで社会に羽ばたいていくか。その逡巡と希望が、夢という言葉に表されているのだろう。ボクもかつてそうだった。今では陳腐なことばとして、整理してしまったその言葉だが、ボクもかつてはそうだったのだ。
3人いる店員さんはみな口々に「夢」を口にした。それは初々しく、心が洗われるようだった。
「みそモツ煮」と「ポテサラ」をいただいた。
いずれもおいしい。「ポテサラ」も自家製だ。彼らは決して料理のプロフェッショナルではないが、断然うまい。それはお世辞なんかではない。
生ビールの価格には、アフリカ支援の基金がのせられている。確か1杯あたり20円だったか。ビールを飲むとアフリカの支援ができる。これも学生らしい視点である。
飲み物は焼酎の品揃えが充実している。熊猫は店ではあまり焼酎を飲まないのだが、いくつかの銘柄が店内を彩っていた。焼酎チョイスも学生らしいと思った。学生は日本酒があまり好きではないのかもしれない。
メニュ-のなかで出色なのは「燻製盛り合わせ」、そして「こだわりTKG」である。
これはマストメニューといえるだろう。燻製は本当にうまい。ハムとチーズが混在しているのがユニークである。
実は「こだわりTKG」は食べていない。次回は必ずいただきたい。
経営とは一体何なのか。「あるぱか」に行って、そんな思いを強くした。
繰り返しになるが、学生らは経営的にも料理人としてもプロフェッショナルではない。だが、この一生懸命さは一体なんだろうか。夢を抱えた学生らの熱い思いにボクは商売の本質をみた気がする。それを青臭いと言ってしまうのは簡単だ。その熱い気持ちだけで飯を食ってはいけないだろう。
しかしながら、この気持ちに、この居酒屋は活気があり、ついつい口数が多くなり、そして酔ってしまうのである。
何に酔うか?
それは夢ではないだろうか。
多くの大人が居酒屋で愚痴を口にする。愚痴やクダをまいて、おっさんらは発散する。そして、それが何事もなかったようにまた次の朝を迎えていく。
だが、それで一体何が変わるというのだろうか。何が変わっていくのだろうか。
結局は、何も変わらないのである。
だが、もし居酒屋が夢を語る場所ならどうか。その方が建設的だし、何かが変わる可能性を秘めている。少なくとも自分は変わっていくだろう。
子どものころ、大人は「人の悪口ばかり言っている」と幻滅したものである。だが、気が付けば、自分も同じような大人になっていることに最近気が付いた。
夢を語る場所。
「あるぱか」は日本で唯一の純粋に夢と向き合える居酒屋であると思う。
会計してもらった。すると、手書きのレシートをいただいた。
会計といっしょに「あなたに伝えたい何より大切な言葉がある 真の心と心がつながり合う感謝の言葉」
と書かれている。しかも、わたしの名前も入っていた。
わたしは本当にうれしくなった。この2か月後にまた店を再訪した。この時も手書きのメッセージをいただき、胸が熱くなった。
そうそう、店を後にするとき、店名が書かれた暖簾をよく見ると「あるばか」と書かれていた。てっきり「あるぱか」かと思っていた店は「あるばか」だった。
「よく間違えられます」。
店員のひとりはそう言って笑った。
そうそう、店を訪問した当時、わたしも学生だった。
世の中にはいろんな人がいるってこと。やはり、居酒屋は社会そのものなのである。
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