
東日本大震災から3週間後、ライフラインがストップしたままの仙台を取材した際、立ち寄った叔父の家。帰り際、具合が思わしくないものの、車庫の扉を開けてくれたそのとき、「もしかしたら、これが最後かもしれない」と思ってしまった。まさかそれが的中してしまうとは。
しかし、叔父さんらしい温かみのある葬儀だったと、ボクは生ビール(570円)を飲みながら、そう思った。
子どもの頃、仙台で七夕祭りを見た。従兄弟とともに、その「たなばたさん」を案内してもらったのは、ついこないだのことだったように思う。
ふらふらと街を歩いていて、なんとなく入った店。それがこの「鳥紀」だった。
店の看板が素朴で、古い酒場のような雰囲気。地下にあるお店の階段を下りていくと、入口前の踊り場が乱雑だった。炭酸の緑色のボンベが散乱し、訳の分からない段ボールが潰されずにそのまま重ねられていた。まさに、奥の細道。
店の扉はいかにもといった古典酒場のそれで、いかにもといった東北地方独特の北国臭さを感じさせた。店の入り口には、庇がかかり、縄のれんの下がるそれは哀切さえ感じさせる。
引き戸を開けると、これもまたいかにもlといった風情のひなびた店が現れた。
店は広く、正面右手がテーブル席。奥が厨房になっており、カウンターがあつらえられている。右手奥は小上がりだ。
ボクはカウンターに腰掛け、すぐさま生ビールの大ジョッキ。つまみは「煮込み」(400円)をオーダーした。
古い店なのだろう。壁は黄色く変色し、三和土もすっかり鼠色である。カウンターの上には雑然と黄色い短冊メニューが飾られている。
店は古そうだが、女性のアルバイト店員はいずれも若く、美人揃いだった。
店内には微かに聞こえる程度に演歌がかかる。施設を帯びた泣きのメロディが店にこだまする。
七夕を終えた仙台はまさに祭りの後のようだった。短い秋が来て、そして厳しい冬が来る。その寂しさが街に溢れ、店に伝播していると感じたのは気のせいではないだろう。
「煮込み」はまるでお煮染めのような田舎風だった。
大根、人参、ゴボウなどが豊富に入り、仙台味噌のスープが胃に優しい。
お酒を頂くことにした。
日本酒をぬる燗で。お酒は秋田の地酒「高清水」。これも温かい。まさに人の温もりのようである。
仙台の街。政令指定都市のビッグシティは、東京にない独特の空気が流れている。それは、きっと温かみである。叔父さんの人間的温かみは、この仙台の街とともに醸成されてきたのだと、ボクは思った。
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