アジメールに着いて2日目の昼下がり、わたしはGPO、つまり町の中央郵便局に向かった。友人に手紙を出そうと、エアログラムを買いに行ったのだ。エアログラムとは僅か数ルピーで購入できるエアメール専用の封書である。封書と便箋がひとつになっており、それを折り畳むことで、封筒状になる。あとは、ポストに投函すればいいだけだ。わたしは、このエアログラムを多用して、友人や両親にたくさん手紙を書いた。
普段、手紙などほとんど書かなかったわたしだが、寂しさのせいか、それとも時間に余裕があったせいか、頻繁に手紙を出した。旅に出れば、誰もが詩人である。
夕方になって、夏の陽射しが陰り始めると、わたしはいそいそと例の食堂に行き、いつものようにターリーを食べた。食堂のオヤジは、また今夜も来たかという挨拶をして、愛想笑いを作ったが、確実に昨夜の定食より、おかずの量は多くなった。要するに、それなりの心づけなのである。中国では、毎晩同じ食堂に通って贔屓にしても、おかずの量は変わらなかった。けれど、インドでは、そうしたことが度々起きた。だから、わたしは一度決めたら、同じ店に通うことにしていた。
ターリーを食べて支払いを済ませ、外に出ると、今夜もビールなどを売る屋台が出ていた。今夜も買っていくかとビールの値段を確かめると、一本が43ルピーと値札がかけられている。昨日は確か39ルピーだったはずだ。
店員の若い兄ちゃんにそれを尋ねた。すると、彼はこう言い返した。
「毎日、仕入れ価格が変わるんだ」。
ここインドでは、そういうルールらしい。
だが、43ルピーともなると、ちょっと考えてしまう。昨夜との価格差は僅か12円なのだか、40ルピーの大台は気持ち的に負担だった。
店の前で熟考した挙げ句、結局欲に負けて、それを買ってしまった。隣の屋台の揚げ物スナックとともに。
急いで宿に戻り、階段を昇っていると、またしてもクッターがわたしの横をすり抜けていった。屋上に出て、辺りを見回すと、遠くの山の稜線がまだ若干明るい。眼下に目を向けると、隣家の食事風景が今夜も見られた。その家族は女性が多く、彼女らは大声で笑い、楽しそうに夕げを囲んでいる。
わたしは、コンクリートの台座に腰掛けて、瓶ビールをラッパ飲みした。誰にも邪魔されない至福の時間だった。スナックに手をかけ、口に持っていくとクッターが目の前に来て、わたしの顔を見つめる。
そうか、クッターも食べたいのか。
わたしがスナックをひとつ、クッターの鼻先に投げてやると、彼は貪るように、それを食べた。
今夜もいい心持ちだ。一緒に時間を共有するクッターという友人がいることも、わたしの気持ちを高揚させてくれた。
町の商店や飲食店の人達も、強力観光地みたいにやたらすれてたりしないから、(っていうか、外国人目当ての極悪商売人がいないから、過剰な接触がないんだね。)心穏やかだしねえ。
インドに行く旅行者の多くは、観光スポットに行くケースが多いから、多くの人が嫌になっちゃうんだろうね。
田舎町に行けば、インドの良さも分かるだろうに。
でも、それじゃ観光がないからダメか。