今年2回目の訪問である。いや、厳密にいえば3回目。初めて訪問した2月初頭は店の雰囲気に恐れをなして退散した。入店は今回が2回目である。
いいお店である。断然、いいお店である。だから、今回の出張でも仕事が終わってからの一杯は迷うことなく「源氏」を選んだ。
店は16時開店。自分の到着は16時半頃。コの字カウンターのお店には既に7人の客がいた。
女将はこざっぱりとした割烹着と凛とした客あしらいで実に清々しい。着席して、女将に「辛口」(900円)を冷やで注文した。「辛口」は高清水。そろそろ燗をつけてもらってもいい季節だが、女将の慣れた手つきで注ぐ仕草が見たかったので、冷やにした。
酒が断然うまく感じるのは、さっぱりした女将の存在と整然とした店内、そして酒肴か。無駄なことを一切言わず、かといってつんけんしている訳でもない女将はむしろ優しさを湛えている。だからいい。だから、また来たくなる。少し前に京都の立ち飲み屋について書いたが、女将の差は歴然である。
一品目の小鉢がくるまで、ぬか漬けでちびちびと飲る。このぬか漬けも漬かり具合が絶妙だ。
右隣のご仁が気になる。口を抑えることなく微かな咳をしている。右隣といっても真横ではなく、コの字の直角部分で隣になっているので、厳密にいえば斜め横だ。だから、咳の風が少しかかるのである。
ようやく、小鉢が来た。
洋風のおひたしである。洋風と書いたのはコーンが入っていたから。田舎料理を少しアレンジした感じである。これは酒に合う。薄味だがきりっとした出汁でアクセントをつけ、辛口の酒にはよく合う。東北は北も南も塩分が強い。仙台味噌も辛いといわれているが、「源氏」の味付けは女将同様に優しいのである。ちなみに前回訪問時にも書いたが、料理は基本的に全てお通し付き。お酒1杯に料理が付くのだ。もちろん、お店には一品料理もあり、季節に応じた肴がいただけるが、このお通しの小鉢だけでも充分である。
2杯目も「辛口」。
そして小鉢は「冷奴」。
自分、「冷奴」が大好きなので、この素朴なつまみでもう感動なのだ。
時計が17時を過ぎて客が入ってきた。とうとう、カウンターは満員となる。自分の隣にも若いお兄さんが来た。だが、このお兄さんを巡ってハラハラする展開となった。店内は満員となったため、女将はもうかなりの多忙となった。女将はお兄さんの入店に気が付いていたが、うっかり忘れてしまったのだろう。しばらく、彼はほったらかしになった。お兄さんも多忙の女将を見て、静観していた。だが、10分経っても飲み物をオーダーできないお兄さんが業を煮やして、「すみません」と女将を呼んだ。だが、なかなか忙しさが途切れない女将はまたしてもお兄さんの状況に理解が至らなかった。そしてまた5分が経った。お兄さんはまた「すみません」と言った。女将は「はい」と返事をするが、仕事に忙殺され、声の主が誰かを把握できない。お兄さんも、女将が前を向いているときに呼べばいいものを、そうできなかったところに問題点があった。更に5分が経ち、三度お兄さんは「すみませんが」とちょっとトーンを変えて言葉を発した。この頃、すこしずつ店内でもこのお兄さんが待ちぼうけ状態になっていることが分かり、多くの客がそわそわし始めた。自分もなんとか助け船を出したかったが、女将は甲斐甲斐しく動き回り、そこに自分が声をかけても同じことだと思って自重したが、何とも自分も落ち着かなくなった。
だが、ようやく、3回目のコールで女将は気づき、「まぁ、まだ何も聞いてなかったのね」とお兄さんに詫びた。その時、確かに店内は安堵に包まれた。
3杯目の「辛口」をお代わりしたとき、隣のお兄さんに話しかけた。
「何とかしてあげたかったけど、ごめんね」と。
お兄さんは笑顔で「いいですよ。しかたないです」と答えた。
いい子じゃないか。もし、自分ならなかなか来ないオーダーに切れて、店を出ていただろうと思う。この若者、なかなかできた人だ。
きけば、この若者はGO TOキャンペーンで仙台を訪れたといい、評判のいいこの店を訪れたという。そうか、旅の人だったか。
3品目の小鉢はお造り。
さわらとシマアジ、そしてマグロ。実に酒との相性がいい。
そして最後の3杯目は若者とも語らい、本当においしくいただけた。自分は彼を助けられなかったが、そんな彼は確実に自分を助けてくれた。だって、酒場での出会いが酒をうまくさせてくれるのだから。
「また、この店でいつかお会いしましょう」。
そう言って、店を後にした。
会計3,070円。何も言うことのない極上の時間だった。
源氏か一心か迷ったのですが、ジャン妻連れだったので一心にしました。
高かったです!
今だったらひとりで源氏ですね。
「源氏」は太田和彦さんの本に載ってるんですね。今、本棚から引っ張りだして見直してみたらありました。「一心」も。
仙台は好きですね。親戚がいるので、小さい頃からよく行ってます。盛り場が駅から遠いのが、仙台の懐の深さと感じます。