【いくつになってもアン気分】

 大好きなアンのように瑞々しい感性を持ち、心豊かな毎日を送れたら・・。
そんな願いを込めて日々の暮らしを綴ります。

21世紀に読む 「愛と死をみつめて」

2012-03-05 17:05:07 | 心の宝石箱






病院の外に健康な日を3日下さい。
1日目、私は故郷に飛んで帰りましょう。
そしておじいちゃんの肩をたたいて、
それから母と台所に立ちましょう。
(中略)
2日目、私は、貴方の所に飛んで行きたい。
貴方と遊びたいなんて言いません。
お部屋をお掃除してあげて、
ワイシャツにアイロンをかけてあげて、
おいしいお料理を作ってあげたいの。
(中略)
3日目、私は思い出と遊びます。
そして静かに1日が過ぎたら、
3日間の健康ありがとう、
と笑って永遠の眠りにつくでしょう。
                【1963年4月10日の日記より】


   2日連続の雨となりました。引き続き暖かい雨です。
  昨日も今日も、ストーブを消す時間がありましたから。

   そう言えば今日は、24節季の一つ 「啓蟄」 ですね。
  冬眠中の虫も這い出す時期という・・。






   さて、前回の 【わが愛を星に祈りて】
  に続き、こちらも古い本を
  引っ張り出しました。

   それは、一世を風靡(ふうび)した
  「愛と死をみつめて」 の関連本、
  大島みちこ著 「若き命の日記」。

   それと言いますのも・・。
  つい2、3日前、骨肉腫云々の会・・
  のニュースをテレビでやっていて、
  “そう言えば・・”
  と思い出したという訳です。

   確か吉屋信子の本と一緒に
  実家から持ち帰っていた筈と・・。

   こちらも一気に読み上げました。
  と言っても今回は黙読ですけれど。

   「昔とった杵柄(きねづか)」、
  という訳ではありませんが、
  黙読ですと早いのです。

   又々、感動!!
  何と頭が良くて美しい女性なのでしょう。
  容姿も然る事ながら、同時に心も。

   弱冠20歳ながら、遥かに大人の女性です。
  自分が深刻な病気であるにも関わらず、冷静に自分の病気をみつめ、
  常に周りの人の事を考え、彼女の意識の中には、「社会奉仕」 という言葉しかありません。

   社会奉仕(ボランティア)の意識が高まっている “今” ならいざ知らず、
  およそ50年前のあの時代・・昭和30年代ですから、少しは豊かになったとは言え、
  まだまだ自分の生活をするのが精一杯の筈でしょうに。

   日本でも社会奉仕(ボランティア)意識が高まったのは、
  阪神大震災以降と言いますものね。

   病名を本人にきちんと告知している事と言い、本を読んでいて、
  50年という年数の隔たり、違和感は、ほとんど感じられません。
  ページが、セピア色に変色している事を除いては・・。

   「私は幸福にならなくていいんです。
  ただ1人でも他の人を不幸にしたくないんです」


   こんな天使のような女性に、神様って本当に残酷ですね。
  無性に理不尽なものを感じてなりません。

   ところで、ある日の日記に、“武者小路実篤の 『人生論』 を
  もっと前から読まなかった事が悔やまれる・・” との件(くだり)が。

   私なんて、この年になっても読んでいませんのに。
  兎にも角にも彼女が素晴らしい女性だった事は間違いありません。

   レース編みが大好きで、(これは似ています)
  片目になってもせっせと編んでいた彼女。

   さぞかし、編みにくかったでしょうに。
  先に退院して行かれる方にプレゼントされるのです。

   お相手の 「マコ」 とは、本当の意味での純愛。
  お見舞いと電話、そして毎日のように交わされる手紙。
  「事実は小説よりも奇なり」。こんなにも美しい愛があったのですね。