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そういえば…
あの有名人は今なにをしているのだろう…
と思う事がある。長いこと、その名前を聞くことがなかった。
番組表で見つけて録画したのは、偶然だった。
ショパンコンクールで優勝し、
かつて日本で絶大な人気を誇っていたピアニスト、
スタニスラフ・ブーニン…
その近況と9年ぶりのコンサートの様子を取材した番組を観た。
ブランクが長ければ長いほど存在は忘れられてしまうものだが、
本当のファンなら、ブランク中だって当然、住んでいる場所や年齢、家族構成などは知っているものだ。
私の場合、亡命したことは何かで読んだ記憶があるが、
その後の活動について、殆ど知らなかった。
亡命先の西ドイツでコンサート活動をしていたこと、
9年前に病気で活動を休止し、同じ頃
一緒に亡命した母親が亡くなったこと。
奥さんが日本人で音楽専門のジャーナリストだと言うことや、
1人息子が英国の大学院で物理工学を研究していることも初めて知った。
それ以上に驚いたのは、9年間のブランクの理由だ。
病気のため左指が動かなくなり、治療中に左脚を切断しなくてはならないほどの大怪我を負うという苦労の連続…
大手術の結果、切断は免れたものの壊死した患部の骨を切ってつなぎ合わせたため、
左足首の関節がないのだと言う。
演奏時に身体のバランスを取りながら特製ステージ靴で左脚をカバーしながらペダルを踏む、
ピアニストにとって、それがどれだけ不自由な事なのか…と想像する。
恐らく壮絶なリハビリを経て、ステージに立ったに違いない。
…が、
好物の梅干しやタクアンまで妻にオシャレな洋皿に盛り付けさせ、
美しい物をこよなく愛するブーニンの事、そこは見せない。
かつて、ピアノを知らない若い女性たちまで虜にしてキャーキャー言わせた新進気鋭のピアニストだった若い頃の映像を、番組では重ねて映し出す。
それを複雑な思いで観ながら、私は当時を思い出す。
確かにあの頃のブーニンの人気は、本人も言うように異常なほどだった。
今は、本当の意味での日本のファンたち、
彼の演奏を待ち望んでいるファンたちのためにステージに立つ、
そんな強い思いが言葉の端々から感じられた。
あのショパンの《猫のワルツ》をキラキラしながら楽しそうに弾く当時と、
56歳になったブーニンのピアノはどのくらい違うのだろう。
若かりし頃には戻れないが、
年齢や経験を重ねたことが音楽への想いとなって聴衆を惹きつける…
復帰コンサートでは、シューマンを弾いていたが、
機会があれば生の演奏をぜひ聴いてみたい。
番組では、常にブーニンの傍らにいてマネジメントをしている妻の栄子さんの存在にも注目していた。
何より印象深かったシーンがある。
インタビュアから永く一緒に居られるのはなぜかと問われ、迷わず
「ユーモアと忍耐」と答えた場面だ。
その言葉の裏にあるのは、覚悟と強さだ。
有名ピアニストの夫を持つだけでも神経をすり減らすだろうに、
それに加えて病気や怪我でさぞかし大変な思いをされた事だろう。
音楽家同士でないことも、ある意味良かったのではないかしら…
《ユーモアと忍耐》
…素敵な言葉だな。