遠い森 遠い聲 ........語り部・ストーリーテラー lucaのことのは
語り部は いにしえを語り継ぎ いまを読み解き あしたを予言する。騙りかも!?内容はご自身の手で検証してください。
 



 

千葉の高齢者のみなさんは毎年 市役所前に集まってヒロシマナガサキに祈りを捧げていました。少しずつ減っていって今年は20人だったそうです。市役所前で行われているのに鎌ヶ谷市長は姿を見せません。

今年 ひとりのおじいさんが病院で亡くなりました。おじいさんは毎年千羽鶴をもって集会にやってきました。今年も一生懸命つくっていましたが つくりながら亡くなっていたそうです。看護師さんたちがおじいさんの遺志をひきつぎ 千羽鶴はヒロシマナガサキの死者たちに祈りとともに捧げられました。

それから おじいさんおばあさんは 読み上げました。

戦争は、防衛を名目に始まる。
戦争は、兵器産業に富をもたらす。
戦争は、すぐに制御が効かなくなる。
 
戦争は、始めるよりも終えるほうが難しい。
戦争は、兵士だけでなく、老人や子どもにも災いをもたらす。
戦争は、人々の四肢だけでなく、心の中にも深い傷を負わせる。

精神は、操作の対象物ではない。
生命は、誰かの持ち駒ではない。
 
海は、基地に押しつぶされてはならない。
空は、戦闘機の爆音に消されてはならない。
 
血を流すことを貢献と考える普通の国よりは、
知を生み出すことを誇る特殊な国に生きたい。
 
学問は、戦争の武器ではない。
学問は、商売の道具ではない。
学問は、権力の下僕ではない。
 
生きる場所と考える自由を守り、創るために、
私たちはまず、思い上がった権力にくさびを打ちこまなくてはならない。

自由と平和のための京大有志の会「声明書」より)

 



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レイラインについては今まで何度か載せさせていただいた。たいへん興味深くはあるけれど 線は引こうと思えば地図上にどこでも引くことができるし むしろ 中央構造線上に数多ある神社をご参拝し感謝をささげ ご守護を願おうと考えた。縄文のひとびとの移動のみちすじは遺跡が示し そこには必ず水があった。地表に流れる水は深い深い地の底に水脈があることも示している。3.11の前は闇雲に直観に導かれて車を走らせたけれど 今回は事前に調べてうかがうことにした。

ところが 18日 風邪がぶりかえし 頭痛がひどく 友人のHIKOさんと落ち合うことになっているのに申し訳ないが カフェで情報交換してきょうはごめんなさいしようと思った。

....が すっかり HIKOさんに載せられ 車は一路 岩槻に向かったのである。行き先は 中央構造線と綾瀬川断層がまじわるという第六天神社と浅間の大神....第六天神社は千葉でお参りしたことがある。不思議な氣だった。畏れといささかの恐れを感じる氣 でもなにか懐かしい氣。自然や風を感じる氣。

第六天神社は水のそばにあることが多いという。第六天とは仏教の魔王....織田信長が自ら名乗ったことで名高い。関西にはほとんどない。秀吉がつぶしたともいう。明治の廃仏毀釈で関東でも少なくなった。合祀したり ご祭神が変わったりもした。オモダルノミコト タカミムスビノカミになったりした。神社名も高木神社 榊神社 千勝神社もそうではないかという。産土の神さまが千勝神社なのでちょっと驚いた。

ところでこの第六天神社は武蔵第六天神社ではありません。馬込のほうです。⇒ こちら

境内はしんと鎮まっていた。ところどころ強い氣 境内中央に本殿 放射状に摂社.....最後に浅間大神にご参拝。つぎなる目的地はレイラインとおぼしき神社であったがナビがおかしくなってしまい行き着けない。疲れてしまって カフェRでおやすみ...そのとき森が見えた 「HIKOさんわたしあの森気になる」 と言ったら あれは久伊豆神社ですよ とアイパッドの地図をみながらHIKOさんが言った。

もう帰りたくなったが 結局 目標地にむかう。駐車場は17:00までと書いてある。あと30分... だが高台の神社までは遠い。なんだかなんだか周囲の建物がおかしい気がする。ぐるりと大回りして HIKOさんは神社の階段をのぼりきって スタスタと歩いていった。そして戻ってきて ルカさん行かないほうがいいみたい... えっ ここまできてまさか冗談 わたしはかまわず階段を昇り 一歩踏み出そうとして 足が止まった。一瞬 息が止まった。行っちゃいけない。急ぎ足で その地をあとにした。

ふと お参りできない神社がこれから増えるだろうと思った。車に戻ったときは心臓はドキドキするし 熱は出る 咳は出る もう帰りたくて...でもHIKOさんは宜わない。やさしく有無をいわせず 久伊豆神社に向かわせたのである。木の香匂う 久伊豆神社はとてもよい神社だった。この旅は 久伊豆神社にご参拝しなければ成就しなかっただろう。ひとはそれぞれ役目をさずかってこの世にくる。わたしはようやくにして自分の手にあるささやかなでもたいせつなやくわりを知った。そして それを喜びに想い 冒険のように果たしてゆきたいと思う。

久伊豆神社で最後にお参りしたのは道開きの神 サルタヒコサマでした。あぁ そうね 金沢でであって十余年 わたしわかった....HIKOさんはわたしをナビしてくれる方だったのだ。 HIKOさん ありがとう。

ちなみに 第六天さまはときに天神 菅原公ではなくて と呼ばれるようです。(アラハバキと感じる方もいました。愛宕の神の御名が双方ににありました。つまり....そうなんですね。中央構造線上に要の場所があることは確かですが 神々は勧請されることもあり習合もありなので 祀られている神々の御名でご参拝するのではなく その地に感謝をこめて祈ることで細い細い絹の糸で地をくくるように旅を重ねたく思いました。

熊本地震は 中央構造線上で意図的に起こされた地震です。3.11のときのように そのあとの富士山のように この国を守り抜きましょう 気づいたひとの祈りで。

 



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