ウィンザー通信

アメリカ東海岸の小さな町で、米国人鍼灸師の夫&空ちゃん海ちゃんと暮らすピアノ弾き&教師の、日々の思いをつづります。

2009年09月08日 | 家族とわたし
大きなお風呂に入っていた。
どこかの温泉みたいだったけど、でもやっぱりそうじゃない気がする。
だって、もうそろそろお湯から上がろうという時になって、湯の表面にぷかぷか浮かんでいるゴミみたいな物を手ですくってきれいにしようと躍起になっていたから。
そのゴミがまた、どうしてだか父の写真だとか、すごく変なのでは、軍隊の勲章みたいなのとかで、濡れてしまったな~とか思ってて、
それがなんだかとても悲しくて、そのうちにどんどんもっと悲しくなって、お湯の中なのに体がお腹の内側から固まってきて、
フウッと気がつくと目が覚めていて、マットレスの上で乾いたミイラみたいに節々を固くして眠っていた自分に気づいた。

ふうっと息を吐いて体の緊張をほぐしたら、ああ、今日は父の誕生日だと思った。

お風呂に入ると必ず、「こっこは~おっ国ぃを何百里ぃ~、離れて遠~き満州の~」などと軍歌を次々に歌い、タオル風船で遊んでくれた。
兵隊になったわけでもないのに、歌好きの父はよく軍歌を歌っていた。

きっと、明日は父の誕生日だなあと思いながら眠ったわたしに、夢の中で逢いに来てくれたんだろう。
夢の中で父と逢えたような逢えなかったような……父は笑っていたかしらん。

父の二度目の誕生日

2009年09月08日 | 家族とわたし
ブログを始めてから二度目の父の誕生日。去年の記事を読んでみた。
77才を78才に変えて、同じものをここに載せようと思う。
亡くなった父には、新しい話題を作ることができない。
でもいつか、娘のわたしの手で、彼の人生を書いてみたいと思っている。
彼の、ハチャメチャで行き当たりばったりの、それでいて周りの人達に愛された生きっぷりを書けるだけの甲斐性ができたらの話だけど。



生きていれば78才。もう丸9年、わたし達のアメリカ人生と同じ年数が経っていく。

父は好き勝手に生きているように見えて、実は気が弱くて優しい男だった。
人のことが気になって仕方がないのに、すぐに面倒くさくなって、結局は我がままのし放題。
人も自分も傷つけたくないばかりに、加えて頭の回転が早かったので、小さなことでも簡単にウソをつく癖が治らなかった。
けれどもそれなりにチャーミングだったのだろう、
結婚を5回、亡くなる2週間前に発覚した、わたしの母の前の非公式の国際結婚を入れると実に6回、
そこにつなぎのガールフレンドを混ぜると……途切れなかったなあ、あっちの方は。

彼の娘であったが故に、いろんなことを体験させられたのだけど、それでもなぜだか憎めない不思議な人。
わたしの方もやっとこさ生活がまともになり、ちょっとランチデートでもしようかと誘ったら、そりゃもう嬉しそうな顔してやってきた。
大阪と大津の中を取って、新しくなった京都駅で待ち合わせたのだけど、
6人目の奥さんのお尻にしっかり敷かれていたので、デートは極秘、計画するのはなかなか難しかった。
3回目のデートの直前、奥さんから電話がかかってきた。
「あなたのおとうさん、昨日、救急車で病院に運ばれたよ」

スキルス性胃癌、ステージ4、余命2ヶ月。
旦那の生徒に、大阪の成人病センターの外科部長がいて、本人への告知を条件に転院が許された。
告知なんかしたら、それだけでもう死んでしまう。それが家族の心配だったけれど、時間が無かった。
たまたま、カメラ検査で大腸癌の可能性大ありと宣告されていたわたしが、その告知の役を引き受けた。
愛娘が癌?!それがいい?クッションになって、自分の癌をスルッと受け入れてくれた。
癌との闘いが始まった日から終わりの日まで、わたし達は泣いたり笑ったり、くやしがったり喜んだり、苦しんだり安心したり、
ありとあらゆる感情の渦にもまれながら、今日一日を生きて明日を迎えることだけを祈った。

モルヒネが入り、意識が混沌とし始めた頃、父はさかんに「上六に行こ。上六の天ぷら食いに行こ」と言い出した。
夜中にいきなりガバッと起きて、どうしても行くと言って聞かない父を車椅子に乗せ、
薄暗い病棟の廊下をグルグルグルグル、どうか上六に行った気分になっておくれ、と祈りながら回り続けた。
1回目はうまく誤摩化せた。2回目は少しぐずり出し、3回目にはとうとう怒り出した。
怒って暴れる父のすっかり痩せ細った肩を掴んで、車椅子の背に押さえつけながら、わたしはものすごく腹を立てていた。
なんでこんなことになったん、なんで?なんで?なんで?!

亡くなる直前の、下顎呼吸が始まった父を抱きしめて、わたしは約束した。
「お酒いっぱい飲ましたる!天ぷらも思いっきり食べさしたる!」

だから父の命日と誕生日には、遺影の前にお酒と天ぷらをお供えする。

食い道楽で口うるさかった父はきっと、
「この酒、ちょっと深みが足らん。こんなペシャッとした衣の天ぷら食えるかいな」と文句をたらたら言いながら、
まあしゃあないな、という顔をして食べているに違いない。

パパ、誕生日おめでとう。