早起きする。
朝一番から溜まった洗濯を開始する。
いつもよりうんと早めの朝ご飯を食べる。
かぼちゃの種をトースターで軽く焼いて、それをヨーグルトに混ぜて食べる。
そういう、ちっちゃい、ちょいと噛み応えのある物を食べると不自由なことを否応にも思い知らされる。
二週間ほど前に、食事をしている最中に、妙に硬い物が舌の上に残り、なんだろうと出してみると、それは限りなく歯のような小さな欠片だった。
慌てて鏡の前で大口を開け、必死で点検するも、どこにもその欠片大の穴ぼこが見つからない。
貧乏だったから、虫歯の治療をしてもらった後の詰め物は、必ず一番安い金属だったので、詰め物のはずもなく、舌先でチョンチョン突いても見つからなかった。
それでもしつっこく点検していると、ああ、もしかしたらここか?という場所があった。見た所なんの変化も無いのだけれど、なんとなく穴が空いてるっぽい。
それから食事のたびに、その辺りにいろんなものが引っかかったり詰まったりするようになった。
一週間が過ぎた頃、黒豆せんべいを噛み砕いた時、初めて痛みを感じ、慌てて爪楊枝で右側の親知らずの一本前の歯の周りをほじくった。
その後はもう二度とあの痛みを感じたくなかったので、かたい物を噛む時はついつい左側の奥歯を使うようになった。
早起きしたので、いつもより頭が冴えている。
洗濯も二杯目に突入した。
運良くリハーサルが一時間も無い、いきなりの幸福版ブラックホールのような朝だ。
なにより天気がいいから気分もいい。
朝食の片付けをして冷蔵庫にバターを仕舞う。
あれ?なにこのネトネト?
いや、前々から知ってたネトネトだ。知ってたけど、忙しくてどうしようもなかったネトネトだ。
けれども今日は天気がいい。
冷蔵庫の大掃除が始まってしまったのはしょうがない。
中身の点検だけでは済まずに、ガラス棚を一枚一枚外し、丁寧に洗剤で洗い流した。
野菜室の引き出しを取り外したその下に、理解不能な油汚れがかなり広範囲にこびりついていた。
少し気がひけたけど、天気がいいのだからどうしようもない。きちっと終わってやろうじゃないの。
名付けて『そんなことなにも今しなくても病』は、往々にして、こういう天気のいい日に発症する。
洗濯は三杯目に入っていた。
ちょっとついでにパッキングも始めちゃったりして……へへへと思いつき笑いをしながら寝室の洋服ダンスの前に行ったつもりが、衣替えを始めてしまっていた。
日本はなにやら夏みたいな天候らしい……とふと思い出したのがいけなかった。
今日はほんとに天気がいい。
待てよ……日本に行ったら一番の楽しみは食べることじゃないか。
それなのに、こんな片っぽだけでしか満足に噛めないままで行っちゃった日にゃ~……。
Dr.マディのオフィスに電話をかけた。休みみたいだ。もうここ数年行ってない。とりあえずメッセージだけ残した。
洗濯と衣替えが終わりかけていた頃、Dr.マディから電話がかかってきた。
「どうしたのまうみ?あなたが歯医者に電話をかけてくるなんて……そんな珍しいこと……」
「えへへ、すんません、すっかりご無沙汰してしまって……」
「で、どうしたの?」
「歯のどっかに穴が空いちゃったみたいで」
「痛むの?」
「普段は全然だけど、食べる時に刺激するとちょっと……」
「どうしたい?」
「今日は休みじゃないんですか?」
「ええ、休みだけど、書類書きにちょっと事務所に寄ったらあなたのメッセージが入ってたから」
「月曜日の方がいいですよね」(なんて言ってるけど、来週からのわたしにはリハーサルの嵐でもう空き時間が無いっ!)
「もしどうしても今日してほしいのなら、別にわたしはここに居るからしてあげるわよ。アシスタント無しでも良かったら」
「うわ!すごく助かります!行きます!先生独りいてくださったらもう充分です!」
なにしろ今日はとても天気がいい。
「ああ、こりゃ歯が自然に欠けちゃってるわ。虫歯じゃないのにね。ちょっとおっきいから少し削るわよ」
アシスタント代わりに、あの極細の吸い取り機をわたしが持ち、先生がギュインギュインと削った後の掃除を担当する。
「見えないのになかなかうまいじゃない。助手、できるかもね」
いえいえ、いくら天気が良くったって、大の苦手の歯科の世界でお仕事する気にはなれませぬ。
朝一番から溜まった洗濯を開始する。
いつもよりうんと早めの朝ご飯を食べる。
かぼちゃの種をトースターで軽く焼いて、それをヨーグルトに混ぜて食べる。
そういう、ちっちゃい、ちょいと噛み応えのある物を食べると不自由なことを否応にも思い知らされる。
二週間ほど前に、食事をしている最中に、妙に硬い物が舌の上に残り、なんだろうと出してみると、それは限りなく歯のような小さな欠片だった。
慌てて鏡の前で大口を開け、必死で点検するも、どこにもその欠片大の穴ぼこが見つからない。
貧乏だったから、虫歯の治療をしてもらった後の詰め物は、必ず一番安い金属だったので、詰め物のはずもなく、舌先でチョンチョン突いても見つからなかった。
それでもしつっこく点検していると、ああ、もしかしたらここか?という場所があった。見た所なんの変化も無いのだけれど、なんとなく穴が空いてるっぽい。
それから食事のたびに、その辺りにいろんなものが引っかかったり詰まったりするようになった。
一週間が過ぎた頃、黒豆せんべいを噛み砕いた時、初めて痛みを感じ、慌てて爪楊枝で右側の親知らずの一本前の歯の周りをほじくった。
その後はもう二度とあの痛みを感じたくなかったので、かたい物を噛む時はついつい左側の奥歯を使うようになった。
早起きしたので、いつもより頭が冴えている。
洗濯も二杯目に突入した。
運良くリハーサルが一時間も無い、いきなりの幸福版ブラックホールのような朝だ。
なにより天気がいいから気分もいい。
朝食の片付けをして冷蔵庫にバターを仕舞う。
あれ?なにこのネトネト?
いや、前々から知ってたネトネトだ。知ってたけど、忙しくてどうしようもなかったネトネトだ。
けれども今日は天気がいい。
冷蔵庫の大掃除が始まってしまったのはしょうがない。
中身の点検だけでは済まずに、ガラス棚を一枚一枚外し、丁寧に洗剤で洗い流した。
野菜室の引き出しを取り外したその下に、理解不能な油汚れがかなり広範囲にこびりついていた。
少し気がひけたけど、天気がいいのだからどうしようもない。きちっと終わってやろうじゃないの。
名付けて『そんなことなにも今しなくても病』は、往々にして、こういう天気のいい日に発症する。
洗濯は三杯目に入っていた。
ちょっとついでにパッキングも始めちゃったりして……へへへと思いつき笑いをしながら寝室の洋服ダンスの前に行ったつもりが、衣替えを始めてしまっていた。
日本はなにやら夏みたいな天候らしい……とふと思い出したのがいけなかった。
今日はほんとに天気がいい。
待てよ……日本に行ったら一番の楽しみは食べることじゃないか。
それなのに、こんな片っぽだけでしか満足に噛めないままで行っちゃった日にゃ~……。
Dr.マディのオフィスに電話をかけた。休みみたいだ。もうここ数年行ってない。とりあえずメッセージだけ残した。
洗濯と衣替えが終わりかけていた頃、Dr.マディから電話がかかってきた。
「どうしたのまうみ?あなたが歯医者に電話をかけてくるなんて……そんな珍しいこと……」
「えへへ、すんません、すっかりご無沙汰してしまって……」
「で、どうしたの?」
「歯のどっかに穴が空いちゃったみたいで」
「痛むの?」
「普段は全然だけど、食べる時に刺激するとちょっと……」
「どうしたい?」
「今日は休みじゃないんですか?」
「ええ、休みだけど、書類書きにちょっと事務所に寄ったらあなたのメッセージが入ってたから」
「月曜日の方がいいですよね」(なんて言ってるけど、来週からのわたしにはリハーサルの嵐でもう空き時間が無いっ!)
「もしどうしても今日してほしいのなら、別にわたしはここに居るからしてあげるわよ。アシスタント無しでも良かったら」
「うわ!すごく助かります!行きます!先生独りいてくださったらもう充分です!」
なにしろ今日はとても天気がいい。
「ああ、こりゃ歯が自然に欠けちゃってるわ。虫歯じゃないのにね。ちょっとおっきいから少し削るわよ」
アシスタント代わりに、あの極細の吸い取り機をわたしが持ち、先生がギュインギュインと削った後の掃除を担当する。
「見えないのになかなかうまいじゃない。助手、できるかもね」
いえいえ、いくら天気が良くったって、大の苦手の歯科の世界でお仕事する気にはなれませぬ。