乾いた晴天。
時期を同じくして、金とプラチナのネックレスをいただいた。
本日の画像。
金のネックレスは、相方から、プラチナのネックレスは、母から贈られたもの。
ふたつとも、昭和の中頃に製作された重量感のある作りで、今のように、如何に少なく、ボリュームを出すか・・・という技術が確立されていなかった頃のもの。
デザインが古いのだけれど、二つ重ねて使うとコンビネーション・ネックレスのようで、タートルネックのセーターなどに良く合うように思う。
先日、母の友人のご母堂のご葬儀で身につける真珠のネックレスを取りだしたさいに、同じ宝石箱にしまわれていたプラチナのネックレスを、母は、もう使わないから、あげる・・・と言うので、断る理由もないから、貰っておいた。
金のネックレスは、11月にTDR(S)に連れて行っていただいたとき、相方から贈られたもので、これは、相方のご実家が、貴金属・宝飾品を扱っていた関係で、売れ残りの死蔵品を、相方が、貰い受けて、長い間、手許にあったものだけれど、私の宝飾品好きなのを知って、贈って下さったものだ。
・・・同じ時期に同じような異種金属のネックレスが、私の許に来るとは・・・。
不思議なものであるなぁ・・・。
しかも、私の母と相方は、性格的に、良く似ているところがあって、人見知り激しく、引きこもりな私を理解してくれているのも、この二人なのであった。
相方は、ご実家が、取扱っていたので、宝飾品類に関しては、かなり目利きでもある。
私には、判別できないプラチナとホワイトゴールドの違いを瞬時に見分けるし、石落ちを修理して補填したダイヤモンドのグレードの違いも見分けられたようだ。
私が、いつも身につけている超チープな・・・所謂、安価なアクセサリー類についても、価格の見当はついていると思うのに、欠点は言わずに、美点を褒めてくれるのだ。
それは、宝石に限らず、『人』に対してもそうだし、欠点ばかりで、美点のひとつもない私でさえ、褒めてくれたりもする・・・。
金と銀・・・奇しくも同時期、二人のヒトから贈られた不思議なネックレス・・・。