朝方は、くもっていたけれど、日中は晴れ間も。
山桜も散り始めて、地面は、はなびらが一杯。
母は、亡くなる1年くらい前迄は、ひとりで、外出できていて、脊柱管狭窄症で、脚に痺れなどが出ていても、歩行を欠かさなかった。
母が、外出すると、ちょっとほっとしたりした。
暫くは、用事を言いつけられることも無くて、ゆっくり眠ったりできたから・・・。
でも、そんなことも、3時間も過ぎれば、今度は、外出先で、なにかあったのかも・・・という不安に変わった。
近所のドラッグストアの常連で、自転車で行って、転んで、パトカーに送られて帰ってきたこともあったりした(ソレ以来、母は、自転車には、乗らなくなったけれど、ソレまでは、1年に2回?くらいは、転んで、怪我をしたりしていたし、一度、車にぶつかったこともあった)。
母が外出して、数時間経つと、私は、ベランダから、母の戻りを待っていた。
(↓自宅への入り口に至る木立の路。ベランダから、この道を歩いて戻る母の姿をみつけるとほっとしたものでした)
夕方になっても戻ってこないと、不安は、心配を通り越して、絶対、事故にあったんだ!
もうすぐ電話がかかって来る!!!
そんな恐怖に、脅えていた・・・(幸いにも、そんな恐怖は、現実にはならなったけれど)。
心配だから、車で送るよ・・・と言っても、毎回、そういう訳にも行かない。
家に居れば、面倒だし、出かけてしまうと心配だし。
母って、一体何だったんだろう???
ベランダから母の姿を確認できたとき・・・或いは、玄関の戸の開く音を聞いたとき。
私は、本当に安心して、やっとほっとして、
『遅いから心配したよ。』
って声をかけたけれど、耳の殆ど聞こえない母には、届かなかったことだろう。
そして、今度は、母が眠った深夜。
呼吸が止まっていないかどうか、毎晩、確認していた。
私は、キチガイの心配性だったんだ。
今も、別の心配で、いつもいつも、心配のタネを探して歩いていて、本当に、キチガイになってしまった。