友々素敵

人はなぜ生きるのか。それは生きているから。生きていることは素敵なことなのです。

ひとり暮らし

2017年04月10日 17時46分42秒 | Weblog

 マンションの周りの桜は今が満開。このまま、青空の下で桜を眺めないうちに、桜の季節は終わりそうだ。希望通りにならないのが人生などと力んでみてもなぜか寂しい。87歳の先輩が「年寄りでも明るく元気ならいいのよ」と断言されたが、その通りだとは思うけれど、元気なだけでもやはりなぜか寂しい。

 どんな風にでも拡大解釈できる「共謀罪」法案が審議入りしているのに、全国各地で反対デモが渦巻いている報道はなくて寂しい。東京での反対集会とデモ行進がテレビに映し出されたけれど、私たちくらいの年寄りが多い。学生たちはいったい何を考えているのだろう。「なるようにしかならない」とでも思っているのだろうか。

 ひとり暮らしを始めた孫娘から来ると知らせを受けたカミさんは、よほど孫娘のことが気になるようで、「ちゃんと食べているのかしら」と買ってきたイチゴとバナナに加えて、「これ使い勝手がいいから」とサラダ油まで袋に入れて待っている。もう子どもじゃーないのだから、むしろひとり暮らしを楽しんでいるのではないかと私は思う。

 私は一家離散となった時からひとり暮らしとなったが、寂しいと思ったことはなかったような気がする。結婚式の時や子どもが生まれた時、「親が生きていたら」と思ったが、格別に寂しい思いをしたことはなかった。カミさんの両親の配慮が大きかった。よく酒を飲みながら、お父さんが歩いてきた道程を聞かせてもらったが、自分の父親と話すことはなかったのでかえって嬉しかった。

 一方的に話を聞くだけだったが、カミさんたちよりもお父さんの人生を知っているように思う。実の親子となると腹を割って話せないのに、義理の親子だからなのか、不思議と会話が弾み、男の生き様を見させてもらった。上を目指して必死で生きてきたのに、もう出世は出来ないと分かった時、お父さんの中の風流人の血が開花した。陶芸に打ち込み、石集めに走り、書にも没頭した。

 孫娘は家に上がることなく、カミさんからの贈り物を手にすると帰って行った。また、いつか、時間が合ったら顔を見せにおいで。待っているよ。

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