菅首相の性格が、ムキ出たということに尽きる。菅首相は「たたき上げの人」で、合理的と自分が判断すれば突き進むタイプである。「改革派」である菅首相は、しきたりに拘らない。「学問の自由とは関係ない」と言いながら、自分の考えに反対する人を拒否するのは、差別しているという自覚に欠けている。
日本学術会議が推薦した新会員105人のうちの6人の任命を拒否した。首相に任命権があるのだから拒否権もあるという考えだが、なぜ拒否したのかについては、「個別人事に関するコメントは控えたい。総合的、俯瞰的活動を確保する観点から判断した」と言う。
「総合的、俯瞰的」と言われて、なるほどと納得できる人はいないだろう。これでは説明にならないと思ったのか、「会員は公務員で、国の予算が10億円使われている」と言う。税金が投入されているのだから、国の方針に逆らうことは間違っている、拒否は正当であるという論理だ。
日本学術会議が1967年に、「軍事目的のための科学研究は行わない」と声明した。憲法9条で戦争放棄を掲げる国としては当然のことだ。ところが、「学術会議は左翼」と言い出す政治家や評論家がいる。それらの人は、「学術会議が推薦し、首相が任命する」従来のルールを「変更すべき」と主張する。
国会の指名に基いて、「天皇は内閣総理大臣を任命する」は儀式であって、任命できるから拒否もできる訳ではない。学術会議は日本の最高の知識を有する専門家集団である。首相が、自分の考えに賛成しないからと任命を拒否するのは、民主主義に反する行為である。
任命されなかった6人は、政府の方針に反対を表明した。政府の方針に反対する人物は認めない、そんなことがまかり通るなら、政府に逆らえない専制国家になってしまう。最高権力者となった菅首相は、何が何でも自分の意思を通したい危険な政治家である。