南こうせつとかぐや姫が歌ってヒットした『神田川』はとても懐かしい。作詞者が喜多條忠さんとは知らなかったが、今朝の新聞に22日逝去、74歳とあった。歌がヒットしたのは1973年頃で、大学紛争が終息に向かい、若者たちの間に挫折感が漂っていた。
私は1966年の大学4年の時、指導教官の計らいで12月まで東京の教科書出版社で働いていた。会社は品川にあり、池上線の洗足池にあった寮から通っていた。早稲田大学で開かれた大江健三郎氏の講演を聴きに行ったり、上野の美術館を見て回ったりした。
会社には私立美大の4年生が、私と同じようにアルバイトで働いていた。なかなか器用な男で、頼まれればその場で絵を描いて渡していた。学生運動もしていたようで、気が合いすぐに仲良くなった。彼が「日曜日に来い」というので、自由が丘の彼が住むアパートへ行った。
質屋で電気がまを引き出しのにはビックリした。部屋に入ると女性がいて、料理を作っていた。終電近くになり、彼女はどこへ帰るのかと気になったが、「泊まるから」と言う。エッ、同棲していたのか。それに気が付かなかった私は鈍感だった。東京の学生は違うなと感心しながら寮に帰った。
『神田川』を聴く度に、ふたりのことを思い出す。おそらく歌詞の通りの生活だっただろう。彼は絵は上手かったから、彼女の似顔絵はきっと今も部屋に飾られているはずだ。別れた話は聞かなかったから、「ただ貴方の優しさが怖かった」としても、今も「あの頃」と同じように「何も怖くない」生活なのだろう。
優しさにヒビが入るのはどういう時なのか。優しさを受け入れ、信じていれば、「何も怖くない」はずだ。人は神様のように完全ではない。不完全で未熟な存在だと思えば、優しく受け入れることも出来るだろう。
※コメント投稿者のブログIDはブログ作成者のみに通知されます