風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

ウクライナ危機

2022-02-27 19:17:55 | 時事放談
 プーチン大統領は、ウクライナ東部二州にある自治共和国の独立を承認し、その安全確保のために派兵を決めたのに続いて、首都キエフなどの軍事施設への攻撃を始めた。東部二州の停戦を約したミンスク合意だけでなく、核放棄後のウクライナの安全保障を約したブダペスト覚書(1994年)まで破るに至った。そこまでやるか・・・という無力感に囚われてしまう。これはウクライナ危機であるとともに、それを阻止し得ない西側世界の危機でもあるように思う。
 最近、プーチン氏は妙ちくりんな歴史書に執心しているとか、自身も昨夏に歴史論文をものして、ロシアとウクライナとの一体性を強調したとか、なんだか彼の精神状態を危惧する声も聞こえて来るが、一種の陰謀論になりかねないので、とりあえず措いておこう。もともと勢力圏(sphere of influence)の考え方が根強いロシアであるが、それにしても、執念深いまでにNATO不拡大、特に緩衝地帯としてのベラルーシとウクライナへの固執を唱える被害妄想は一体、どこから来るのだろうか。辛うじて察せられるのは、そこで主役を演じるプーチン氏のメンタリティが、冷戦時代のKGBの頃のままなのだろうということだ。ロシア=プーチン=マフィア国家と短絡する人もいるが、分からないではない。中国という国家が中国共産党に乗っ取られているように、ロシアはプーチン氏とその一味(元KGBや犯罪組織などの取り巻き)に乗っ取られているかのようだ。
 確かに、ロシアと言い、中国と言い、権威主義国はこんなものかと、思い知らされる。自作自演の動画まで用意し、偽情報をばら撒いて、自らの行為を正当化するのに余念がない。かねてソ連解体は「20世紀最悪の地政学的惨事」と語ったように、プーチン氏は旧ソ連という帝国復活を夢見ているのだろう。このあたりは、帝国主義列強に簒奪された19世紀中国の復讐を決意し、「中華民族の夢」を語る習近平氏に通じるものがある。私たちは言わば歴史の報復に直面しているのだ。
 そしてロシアにしても中国にしても、西側・民主主義諸国において、行き過ぎたグローバル化のもとで格差が拡大し、イデオロギー的に社会が分断され、追い討ちをかけるようにパンデミックで混乱する様子を見て、「『西側の衰退』という物語を信じている」(前フィナンシャルタイムズ編集長ライオネル・バーバー氏)のは間違いない。バーバー氏は、「プーチン氏は、西側の民主主義諸国が長期間の対峙に備えた胆力を持ち合わせていないことに賭けている」とも指摘される。その行動が予測不可能だったトランプ氏はもういないし、その暴れ馬トランプ氏をよく調教した安倍氏も、調整に長けたメルケル氏もいない。バイデン大統領は、早々に派兵することはないと言い切ってしまったし、アフガニスタンから慌てて撤退したように、もはや中東やヨーロッパではなく東アジア(対中抑止)に注力したがっている(すなわち二正面も三正面も同時に対応できない)のは明らかだし、長引いたイラク・アフガニスタン戦争後の厭戦気分が横溢するアメリカ社会では、直接の影響が及ばない地域の出来事に対して、世論は冷淡だ。もとより国際連合、とりわけロシアという当事者を含む安全保障理事会が機能不全に陥って何も決められないのは言うまでもない。そんな国際社会を、プーチン氏は見切っている(はずだ)。
 その国連・安保理の緊急会合(2/21)で、ケニアのキマニ国連大使が行った演説が注目された(*)。帝国主義の時代に、恣意的に国境線が(例えば直線で)引かれたアフリカの立場から、「民族や人種、宗教の同質性に基づく国家を追求していれば、何十年も血にまみれた戦争を続けることになっていただろう」「その代わりに、私たちは(列強によって引かれた)国境を受け入れ、アフリカ大陸の政治的、経済的、法的な統合を目指すことにしたのだ。危険なノスタルジアで過去を振り返り続ける国家をつくるのではなく」と皮肉った上で、「同胞と一緒になりたいと思わない人はいないし、同胞と共通の目的を持ちたいと思わない人はいない」「しかし、そのような願望を力ずくで追い求めることをケニアは拒否する。私たちは、二度と支配や抑圧の道に陥ることなく、今は亡き帝国の残り火から、回復を遂げなければならない」と語ったという。こうした声は、非常によく分かるが、残念ながら権威主義国の独裁者の心には響かないのだろう。
 国家は「力(=軍事力)の体系」「利益(=経済)の体系」「価値の体系」の三つのレベルの複合物だと言われる。とりわけ「価値」については、冷戦時代には資本主義と共産主義とで妥協できなかったし、今なお民主主義と権威主義とでソリが合わないように、国家主権を至高の権力と見做す、絶望的にアナーキーな国際社会にあっては、何が「正しい」のではなく、国の数だけ「常識」があり「正義」があると言わざるを得ない。こうして私が敬愛する高坂正堯氏は、50年以上前の著書の中で、「対立の真の原因を求め、除去しようとしても、それは果てしない議論を生むだけで、肝心の対立を解決することにはならない」「それよりは対立の現象を力の闘争として、敢えて極めて皮相的に捉えて、それに対処していく方が賢明なのである」として、混乱状態を間接に直すことが、現実主義の立場だと喝破された。西側諸国は経済制裁を発動することで結束するが、クリミア併合以来、既に経済制裁慣れし、そのためにドルへの依存を抑え、外貨準備を積み上げて来たロシアに、どこまで実効性があるのか疑問だ。残念ながらポリコレ全盛の時代に、力で力に対抗する胆力はもはや失われたことによる限界は明らかだが、それでもなお諦めることなく、現状を凍結する(棚上げする)現実的な知恵をなんとか活かして欲しいものだと思う。

(*)「ウクライナは『私たちの歴史と重なる』 ケニア大使の演説に高評価」(2/23付 毎日新聞)
   https://mainichi.jp/articles/20220223/k00/00m/030/052000c
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米露の情報戦

2022-02-18 20:20:21 | 時事放談
 ウクライナ情勢が相変わらず緊迫している。アメリカ政府は、オオカミ少年!?のように、「オオカミが来た」ならぬ「ロシア軍が今にも動く」かのような発言を繰り返し、情勢を煽っているのではないかと疑っていたが、どうもそうではなく、ロシアが偽情報を含めた情報戦を(私たちに届いているか否かは別にして)仕掛けるのに対抗して、機密情報を積極的に機密解除して開示するようにしているようだ。このように、現代の戦争にあっては、情報戦が前哨戦として行われることになるのだろう。
 プーチン氏は大風呂敷を広げて、その実、何が真の狙いなのか、よく分からなかったが、どうやらウクライナを取り戻すことそのものよりも、欧州の安全保障のあり方を見直そうとしていることが明らかになりつつある。最近、ネットで拾い読みした中では、ちょっと古くなるが、ダイヤモンド・オンラインに掲載された下斗米伸夫教授のインタビュー記事が最も説得力があるように思えた(*)。
 下斗米教授は、今の情勢を、「米露間の新しい戦略的予測可能な関係の再構築」「米国とロシアによる、グローバルな核管理や欧州安全保障を含めた国際秩序の作り直し」と見ておられる。
 振返れば昨年6月、バイデン・プーチン両大統領による初の米露首脳会談がジュネーブで開催され、「戦略的安定に関する共同声明」が発表された。この声明の冒頭に、「米露間の緊張が高まる状況でも、戦略的領域における予見可能性の確保、武力紛争のリスクや核戦争の脅威を低減するという共通の目標に関して前進することができる」と記された。8月にはアフガニスタンからの米軍撤退があり、バイデン氏の対中抑止にフォーカスしたい思惑がより明確になった。プーチン氏としては、米中対立が激化する今こそ、(バイデン氏の足元を見透かすように)欧州方面で冷戦崩壊後30年の間に積もった問題を精算しようではないかと提案したとしても不思議ではない。
 感心したのは、下斗米教授によると、昨年10月末、プーチン大統領と世界のロシア専門家との会合(バンダイ会議)があった(下斗米教授も参加された)ということだ。主要なテーマは、今後の米ロ関係を含むロシアと欧米の最悪の関係をどうリセットするか、ということだったそうで、この場でのプーチン氏の思いは、ロシア専門家の口を通して間接的に世界に拡散され、議論の環境をつくり、当然のことながらバイデン氏の耳にも入るだろう。プーチン氏はコワモテに見えて、なかなか芸が細かいと思う(そういう意味では、下斗米教授のお話も、かなりプーチン氏の核心に迫っているはず、とも読める)。
 結論として、下斗米教授は、現実的で望ましいと思うのは「ウクライナのNATO加盟については20年間のモラトリアム期間を置くこと」だと言われる。これは、私も前々回のブログで触れたことだが、ウクライナが自制できるかどうかが決め手だろう(ちょうど台湾が「独立」を言い出さないで「現状維持」を受け入れて自制しているように)。
 情報戦はいつまで続くのか・・・

(*)前編:「ウクライナ緊迫、ロシア研究の第一人者が「軍事侵攻は起こり得る」と考える理由」
       https://diamond.jp/articles/-/295537
   後編:「ウクライナは中国、トルコも絡む「多極ゲーム」?ロシア研究の第一人者が考える“現実解”」
       https://diamond.jp/articles/-/295680
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北京五輪:沙羅の涙

2022-02-11 13:11:55 | スポーツ・芸能好き
 北京五輪が開幕した。昼夜を問わず氷点下10~20度で、身体の動きが鈍くなってもウェアの下着を一枚多くしたり、パサパサの人工雪は勝手が違って、直前の練習で負傷して欠場を余儀なくされたりと、いろいろ不都合が漏れ聞こえて来る。そんな中、実力を発揮した小林陵侑選手や平野歩夢選手は見事だった。三連覇を逃した羽生結弦選手は残念だった。不都合なことばかりに目を向けていても虚しくなるばかりなのだが・・・
 開会式は、東京五輪より洗練されていたとする評がある。まあ、日本は直前にああいうドタバタがあったから仕方ないかも知れない(日本では誰かが足を引っ張ろうとする!?かも知れないが(笑)、中国は統制されて邪魔は入らないだろう)。ところが、聖火ランナーの最終・聖火台点灯役にウイグル人の女子選手を起用するという「毒」が仕込まれていた。米・欧・日の先進国に向けた当てつけで、新彊ウイグルの人権侵害疑惑にはシラを切り通すつもりのようだ。また、神聖なる「イマジン」の曲に合わせて、「ともに未来へ」と一糸乱れぬ行進をして見せた。もはや世界のことは眼中になく、中国式「天下」を治める孤高の「帝国」として、その威信を中国人民に見せつけたかったようだ。ジョン・レノンは想像もしなかっただろうが、「天国も地獄もなく、国も宗教もなく、飢えることなく平和に暮らせる一つの世界・・・」は、皮肉なことに中国で実現できているのかも知れない(溜息)。
 競技に入ってからは、かねて懸念されていたことだが、不可解な判定が続いているようだ。外国の有力選手が失格になって中国に金メダルが転がり込んだスピードスケート・ショートトラックの混合団体リレーや男子1000メートルは露骨だった。気になるのは、高木菜那選手が中国人選手に邪魔されて8位に甘んじたスピードスケート女子1500メートルや、竹内智香選手が進路妨害と判定されて途中棄権となったスノーボード女子パラレル大回転や、高梨沙羅選手ら4ヶ国の有力選手5人がスーツの規定違反で失格になったノルディックスキー・ジャンプ団体女子のいかがわしさであろう。
 中でも、このノルディックスキー・ジャンプ団体女子では、通常ならマテリアル・コントロール(道具チェック)は男子種目には男性、女子種目には女性が担当するところ、女子の測定に男性コントローラーが突然、介入し、数日前の個人戦で女性コントローラーがOKを出していたスーツと同じものだったにも係わらず、通常とは異なる検査方法で測定し、違反と判定していたことをドイツ紙が伝えているらしい(東スポによる)。本来、検査方法は予測可能で透明性が求められるものだ。一気に5人もの大量の規定違反者が出るのは珍しいそうだ。少しでも浮力を稼ごうと、ぎりぎりのところでベストフィットの勝負服で競い合う中で、言い訳のように、環境が異なる五輪という大舞台で緊張を強いられて体重の変化もあり得る結果、スーツの許容差が規定を超えてしまうこともあり得ると言われるのは、分からないではない。しかし、失格となった4ヶ国(日本、ドイツ、オーストリア、ノルウェー)は、「外交的ボイコット」とは呼ばなかったものの(ノルウェーはコロナ対策理由)、いずれも政府要人を派遣しなかったと指摘されるのを聞くと、K点を越える103.00mのビッグ・ジャンプの後だっただけに、一種の嫌がらせだったのではないかと疑ってしまう。まあ、政府要人を派遣しなかった国は多いのだが・・・
 その当否はともかくとして、規定違反で失格となった高梨沙羅選手の落ち込みようは涙を誘った。気丈にも「最後まで飛びます」と2本目のジャンプ台に上がり、98.50mのビッグ・ジャンプを見せたあと、泣き崩れた。伊藤有希選手に抱きしめられ、小林陵侑選手に肩を支えられて辛うじて立つ。そして、インスタグラムに彼女の心象風景そのままのような真っ黒な画像を投稿し、「今回、私の男女混合団体戦での失格で日本チーム皆んなのメダルのチャンスを奪ってしまった」、「私の失格のせいで皆んなの人生を変えてしまったことは変わりようのない事実です」、「深く反省しております」と切々と綴った。本来であれば本人よりも彼女を支えるスタッフの責任であろう。ロイター通信は、彼女が謝罪したのは他国の人々が物議を醸した失格に怒っているのに対して余りに対照的だと、驚きをもって伝えるほどだった(中日スポーツによる)。
 ここで私の経験を持ち出すのはおこがましいが・・・高校時代、最後のレースは高校二年の冬の駅伝大会だった。体育系クラブの同級生の多くは夏の大会を最後に引退して既に受験体制に入っており、年明けの校内模試で成績が振るわず妙に焦った私は、練習をサボりがちで、結果として本番で思うような走りが出来ず、一人悔し涙した。自らの不甲斐なさが、団体競技で仲間に迷惑をかけてしまったことで増幅されて、耐え難かったのを思い出す。彼女の場合、団体だけでなく、個人でもメダルに届かず、さぞ悔しい思いをしたことだろう。オリンピックの女神は、幼い頃からワールドカップで圧倒的な強さを見せて来た彼女に嫉妬するのか、終始、冷たい。そんな積年の思いが込められた涙は、疑惑に寄せる不埒な私の思いを、日頃の曇った私の心を、ひととき浄化してくれたのだった。
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プーチン大統領の一人芝居

2022-02-05 13:21:20 | 時事放談
 ウクライナ国境で軍事的緊張が高まっている。
 またぞろバイデン大統領の失策を批判する声が上がるが、傍目にはプーチン大統領が軍事力をチラつかせ勝手にハードルを上げてゴネ得を狙っているようにしか見えない。勿論、バイデン大統領にはそのような環境を許してしまった責任の一端はあるかも知れない。かつてオバマ大統領は、シリア情勢に関して化学兵器使用を介入のレッドラインと公言しながら、忘れもしない2013年8月、アサド政権が反体制派地域に化学兵器を使用したにも関わらず、軍事介入を回避し、その弱腰を見透かされたロシアに半年後、クリミアに攻め込まれてしまった。アジア・シフトをわざわざ公言してアフガニスタンから撤退したバイデン大統領は、その過程で欧・米の足並みの乱れを露呈し、ヨーロッパ方面で言わば「隙」を見せて、プーチン大統領にその「隙」を衝かれた側面はありそうだ。そしてヨーロッパには折からのエネルギー危機がある。ヨーロッパ諸国はロシアからの天然ガス輸入に頼っているから、ロシアは言わば天然ガスを人質にとった形だ。勿論、ロシアにとって天然ガスはヨーロッパに輸出できる殆ど唯一のものと言ってよく、ロシア自身の首を絞めることにもなるが、短期よりも中長期の利害得失を選んだのだろう。
 学生時代のローマ法の講義で、ローマ法のことはすっかり忘れたが、比較法的に、ヨーロッパ世界ではお互いに100を主張し合った末に50対50で妥協するのに対し、日本は0対0から始まって50対50で妥協するという譬え話を聞いて、興味深く思ったことを思い出す。
 ロシア政府は、ウクライナを侵攻する計画はないと主張している(その懸念は拭えないが)。確かに本気で軍事侵攻するなら、クリミアでやったように人知れずハイブリッド戦争を仕掛けるだろうという議論がある。わざわざ緊張を高めて世界の耳目を集めておいて、ウクライナがいくらヨーロッパで二番目に貧しいとは言えヨーロッパで三番目(ロシア、フランスに次ぐ)の軍隊を持ち(Wikipediaによる)、正面衝突して消耗するような体力と覚悟が今のロシアにあるようには思えない。すると、交渉ごと、ということになる。プーチン大統領は、東欧諸国に配備されたNATO軍がロシアの安全保障を脅かしていると主張し、ヨーロッパの勢力図を1997年以前に戻すよう要求したことがあった(まさに100を主張したようなものだ)。かつてそのように口頭では話し合われたようだが、公式の合意があったわけではなく、風呂敷を広げたものだと思ったが、結局、プーチン大統領は1日のハンガリー首相との会談の後で、「NATOがこれ以上東方拡大しないという約束を含め、法的拘束力のある安全保障を要求したのに対し、アメリカはロシア側の懸念を無視した」(2日付BBCニュースによる)と不満を述べた。そこだけ読むと、それでもなんだか無理筋だと思ってしまうが、同BBCニュースは、続けて以下のように伝えた。

(引用はじめ)
 もしウクライナのNATO加盟が認められれば、他の加盟国がロシアとの戦争に引きずりこまれる可能性があると示唆した。
「ウクライナがNATO加盟国となり、(クリミア奪還の)軍事作戦が始まったとしよう」
「その場合、我々はNATOと戦うことになるのだろうか。この展開を考えた者はいるのか。どうやらそこまで考えが及んでいないようだ」
(引用おわり)

 中国風に言えば、プーチン大統領の核心的利益はクリミアにあって、もしウクライナがNATOに加盟した上で、クリミア奪回に動いてロシアと交戦することになれば、集団的自衛権が行使されて、NATO対ロシアの軍事衝突に発展しかねないと脅しているのだ。ロシアがウクライナのNATO加盟を許さないという、ウクライナの国家主権を無視した何とも横暴な話で、中国が台湾の独立を認めない話に似ている。片やれっきとした国家で、片や国家とは認めらない地域扱いの台湾だが、ロシアにとってウクライナは同じスラブ民族で、何より祖国発祥の地でもある、独特の親近感(中国が台湾を領土の一部と思うほどではないにせよ)がありそうだ。
 ローマ法の講義の話に戻ると、ウクライナがNATO加盟の意向を見せてロシアが阻止する行動に出てウクライナと交渉するなら分かるが、ロシアが相手にするのはNATO(とりわけアメリカ)だ。そのNATOは100を主張するわけでもないのに、ロシアは「NATO対ロシア」で言わば「0対100」のところ「0対50」を認めろと要求する、おかしな話である。そこで、プーチン氏がさも「100対100」から「50対50」に見せかけようとして持ち出したのが、「ロシアは騙された」というロジックだ。NATOへの東欧諸国加盟による東方拡大や、米国によるABM(弾道弾迎撃ミサイル)制限条約脱退などを挙げて、NATOにこそ非(=100)があってロシアは「騙された」と、被害者ぶって見せたのだ。役者であるプーチン大統領の一人芝居と呼ばずして何と呼ぼう(笑)。阿漕なものである。
 もとよりNATOは、ウクライナの意向を無視してロシアにコミットできるはずはない。振り返れば、1938年のミュンヘン会議で、英・仏などがチェコスロバキアの意向を無視して、ヒトラーのズデーテン地方割譲要求を認めた(そしてヒトラーを図に乗らせてしまった)悪しき記憶が蘇るようだ。
 日本は高みの見物ではいられない。ロシアの動きは中国の動きと連動するからだ。元はと言えば、ロシアがクリミアで冒険し、成功したからこそ、中国は東シナ海や南シナ海、さらに香港や台湾でアメリカを試すような強気の行動に出るようになったと思われる。習近平主席が香港に国家安全維持法を突き付けて、民主化の息の根を止めてしまったのは、トランプ大統領が香港の人権問題に関心がないこと(さらには大統領選での協力を期待することまで)を晒してしまったことと無縁ではないだろう(そしてパンデミックの混乱に乗じたものだった)。
 一人芝居を誰に見せるのかと言うと、きっとプーチン大統領はロシア国民にロシアの威信として見せつけたいのだろう(クリミア併合で沸き立たせたように)。まともな選挙で国民(人民)の負託を受けることのない権威主義国・ロシア(や中国)の、まさに力に頼った一人芝居と言ってよい。それに振り回されるNATOはたまったものではないが、もとより原則論として受け入れることなど出来ず、条件闘争で折り合えるのか、持久戦に持ち込むのか、それとも本来の当事者であるウクライナが、理不尽だけれども緩衝地帯という地政学的な立場を自覚し、自制するのか(台湾が「独立」を避けて「現状維持」に甘んじているように・・・もっとも、そのときにウクライナ国民は納得するのか)、かつての秘密外交の時代とは違って、それなりに世間の目に晒される時代に、お互いのエゴがぶつかり合い、身勝手とはいえロシアがいったん振り上げた拳をおさめるのは簡単ではなさそうだ。
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