風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

TPPおばけ

2011-10-31 23:35:23 | 時事放談
 TPP交渉への参加の是非を巡る議論が盛んです。TPP参加を巡って、国会前でデモするなら分かりますが、その前段階の交渉への参加だというのに、とりわけ民主党内で、まるで国論を二分するかのような騒ぎになっているのは、ひとえに原発の賛否に似て、立場の議論にとどまるからに他なりません。
 勿論、立場の議論自体は否定しません。農業に従事する方は生活を守りたいと思うのは当然のことでしょう(しかし、一方で、高関税を維持して高い農産物価格に支えられた零細農家を守り続ける農業政策は、そう長くは続かないだろうという、時代の変化に備える必要はあります)。TPP論議は農業だけではありませんが、多かれ少なかれ同じ問題を抱えています。問題は、立場の議論はさておき、省益を守らんとする官僚、票田を守らんとする政治家しかいないのではないかと思わざるを得ないような、国益の視点が欠落した議論の貧しさにあります。政治家の間の議論なのに、事実に基づくものではなく、恣意的に虚像を作り上げ、日本の農業や医療がさも壊滅しかねないと危機感を煽るばかりの過剰な拒絶反応であったり、FTAを進める韓国を引き合いに、貿易立国として、今後も経済成長を遂げるためには、アジア太平洋地域の活力を取り込むことが肝要といった、過剰な楽観論であったりします。前原さんは、こうした実態がない「おばけ」に怯えることになぞらえて、「TPPおばけ」と呼びましたが、それは楽観論も同じことで、実態がない「おばけ」を喜んでいるヒマはないはずです。
 いずれの陣営も、事実に基づく理性的な将来展望をしっかり描いて見せて欲しい。象徴的なのが、取らぬ狸の皮算用です。農水省は、TPPに参加すると農業が壊滅してGDPが1.6%減少すると発表し、経産省はTPPに参加しないと2020年にはGDPが1.5%下がると発表し、内閣府はTPP参加でGDPが最大0.65%上がると発表しました。一体、何をどのように推計したのか、それぞれ前提を詳らかにして、将来展望を正確に共有させて欲しいものです。日経新聞は経団連のお先棒を担いでTPP推進に邁進するばかりではなく、それぞれの議論のどこが問題かをしっかり解説して欲しい。
 私には日本の農業がそれほどヤワで簡単に壊滅するとは思えません。有名な話ですが、かつてバナナを自由化しようとした時、青森のリンゴ農家は大反対しましたが、いざ自由化に踏み切ると、品種改良が進んで多種類のリンゴが供給されるようになり、国内消費が盛り上がっただけでなく、台湾や中国に輸出されるまでになりました。アメリカン・チェリーを自由化しようとした時も同じで、山形を中心とする産地は大反対しましたが、その後、山形産サクランボは「高級品」化し、日本のサクランボ生産額は増えたそうです。そもそもアメリカは小麦やトウモロコシ、オーストラリアは畜産、日本は米主体と、TPPに参加する主要国の農業の産品は異なりますし、海外生活の間、日本にはとても入って来ないような質の高いカリフォルニア米にお世話になった我が家でも、日本の米の品質がそれ以上に高いことに異論はありません。果物や野菜も同様です。日本の産業界と同様、日本の農業の潜在的な実力を侮るべきではないのに、減反や零細農家を維持してきたばかりに、却って日本のこれまでの農業政策は日本の「農家」を守るばかりに「農業」を弱めて来たのではないかと思います。
 また、日本の国際収支を見ると、もはや所得収支が貿易収支を上回っており、輸出立国ではなく最適地生産に移行しています。未曾有の円高がそれほど日本企業を傷めていないのもそのためだと思われます。TPPの狙いは、日本の輸出競争力を強化しようとするものではなく、アジア諸国の保護貿易を改め、規制を共通化して、EUほどではないにせよ環太平洋地域の経済を統合すること、少なくとも活性化することにあるはずです。そうした中で、日本の経済をどうやって成長させるかということについては、必ずしも楽観的ではあり得ないと思います。
 グローバル化はもはや押しとどめられない世界の趨勢です。そんな時代の流れの中で、徳川時代に舞い戻らんとするかのような内向き志向とか、1960年代の古き良き時代を懐かしむかのようなバラ色の高度成長を夢見るのではなく、日本が世界と共存しつつ繁栄するための方策を、冷静に考えるべき時だと思います。
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準国産機B787の凄さ

2011-10-29 11:31:43 | ビジネスパーソンとして
 三日前、ANAの香港行きチャーター便で、中型旅客機B787(ドリームライナー)が世界で初めて営業運航しました。エンジンはロールスロイス製ながら、日本企業が機体部品の35%を手掛け(B777では20%、B767では15%、なお35%という数字はボーイング社自身の負担割合に等しい)、ANAがローンチ・カスタマーとして深く関わってエアライン側のニーズを多く反映したこともあって、準国産機と呼ばれています。ニュースや新聞で見た方も多いと思いますので、繰り返しになりますが、その「凄さ」を私なりに再確認したいと思います。
 ポイントは、東レの炭素繊維複合材が多用されていることで、重量ベースで機体の50%を構成します。先ずはその軽くて強い素材が、主翼の設計(三菱重工)変更と相俟って、燃費を20%向上して航続距離を伸ばし、これまでLCCに見られるように中型機は中・短距離主体という常識を覆し、NY便などのアメリカ東海岸路線や欧州路線の直行便など長距離運行を可能にしました(航続距離が延びただけで、全ての長距離路線をカバーできるわけではない)。そして、これまでの主力素材だったアルミなどに比べて軽量で強度が高いために可能になった設計上の余裕を、機内の気圧や湿度を快適にするなどの居住性を上げることに活かしているのが最大の特徴です。例えば、目・・・その強度により、これまでより天井を20cm高くして閉塞感を和らげ、客室窓を広く取って(高さ39cm→47cm)視界も広くなりました。耳・・・客室内の気圧は高度6000フィート(ANAによれば富士山の三合目、しかし実際には五合目くらい?)に保つことができ(在来機では高度8000フィート、ANAによれば富士山の五合目、しかし実際には六合目強くらい?)、酒にも酔いにくいし、耳鳴りも緩和されたようです。またエンジン音が伝わりにくい設計で客室内は以前よりも静かになりました。肌・・・これまで金属疲労や腐食を防ぐために機内の湿度は下げざるを得ませんでしたが(0~5%)、B787では気にすることなく湿度を25%まで上げて、肌のカサカサ感も少なくなったと好評のようです。そのほか、ここまでやるのかという工夫が随所に見られます。TOTOの洗浄機能付き便座ウォシュレットが標準装備されているほか、窓がついたバリアフリー仕様のトイレも機内に一ヶ所ですが装備され、窓の日除けは、透明度を電動で5段階に調整できるエレクトロクロミズムを使った電子カーテンに代わり、室内照明は、レインボーカラーを含めて14種類のLED光を客室乗務員が調整できるそうです。
 ご覧の通り、準国産機と呼ばれる所以は、日本企業のかかわりが、単に量ではなく質としての工夫にあらわれていることで、エコであることと、居住空間としての快適さにあります。トヨタやホンダや日産が自動車業界で仕掛けてきたことと似た変化が航空業界でもようやく起こりつつあるのを見るような既視感(デジャヴ)があります。これまで飛行機と言えば、安全性第一であることは別格として、機能性が重視されてきました。一度になるべく多くの人をなるべく早く目的地に送り届ける。狭い機内に閉じ込められて、まるでブロイラーのように、時間が来ると飯を食わされ、用がなくなると灯りを消して寝かしつけられるだけの、アメリカ的な効率を追求した、およそ人間性には程遠い設計でした。所詮は移動時間なのだから、座席は狭くても仕方ない、窮屈に本を読むか寝るしかない、飯は不味くても仕方ない(機体の問題ではなく、航空会社の方針ですが)と、誰もが諦めてきましたが、B787を見ると、さすがにこんなトイレが必要なのかと、馴染みがないアメリカ人からは反発が多かったようですが、日本人が設計するとこうなるという、きめ細かな心配りが感じられ、飛行機だから・・・と思考停止していたのを、飛行機でも・・・と発想転換する、ごく当たり前の感動が湧いてきました。これが世界標準になるかというと、そういうわけでもないでしょうが、一定の支持を集める世界として厳然としてある、これがニッポン(日本という漢字よりもカタカナ表記したくなる)の面目でしょう。
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狐狸庵VSマンボウ

2011-10-27 02:43:26 | 日々の生活
 一昨日、作家の北杜夫さんが逝去されました。享年84歳。
 同時代の作家として存在感があり、「どくとるマンボウ」という一種の雅号(と呼んでもいいのでしょう)を知らない人はいなくて、その名を轟かしたのは(なんて大袈裟ですが)ネスカフェのテレビCM「違いが分かる男の、ゴールドブレンド」で、子供心にも、悠然と珈琲を啜る大作家然としたお姿が目に焼きついています。ところが何故か氏の本は一冊も読んだことがありません。あれだけの知名度がありながら奇妙なことです。高校時代の陸上部でいつも一緒に走っていた仲の良い友人は北杜夫が大好きで、本人はふざけて「モリ キタオ」を称し、同じ医者の道を選んだのですが、こうして身近に「北杜夫」または「モリ キタオ」などと連呼され、親しみがありながら、氏の本は一冊も読んだことがありません。
 このあたりは遠藤周作さんの影響ではないかと思います。
 同じ頃(Wikipediaによると北杜夫さんが登場するより2年前の1972年)、同じ「ネスカフェ・ゴールドブレンド」のテレビCMに「狐狸庵先生」として登場し、書斎らしき部屋で湯気の立つ珈琲を悠然と啜る大作家然としたお姿を披露しました。どこで何を聞きつけたか、「ぐうたらシリーズ」のエッセイを書いていることを知り、本来であれば夏目漱石をはじめとする純文学の世界を知るべき若いミソラでしたが、狐狸庵先生の「ぐうたらシリーズ」にすっかりはまってしまい、「ぐうたら」を人生の至上の目標にするほどの影響力を与えた罪深き人です。当時、星新一かコナン・ドイルか狐狸庵先生かという、私の中での存在感の大きさが、同じジャンルでの存在をそれ以上許容しなかったのだろうと、今となっては勝手に想像します。
 報道によると、またWikipediaでも、北杜夫さんの終生の知人のまっさきに遠藤周作氏が挙げられています。性格的には対照的なのかも知れませんが、純文学とともにユーモラスなエッセイをものすることでは共通し、マスコミも囃し立てた「狐狸庵VSマンボウ」の波に翻弄された私にとって、全く不運な存在でしかない北杜夫さんですが、同じように珈琲を啜るお姿は永遠であり、今、人生の巡りあわせに思いを馳せます。いつか氏の著作を読んでみようかと。
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リビアとギリシャ

2011-10-25 02:17:45 | 時事放談
 週末のニュース解説番組を見ていると、先週一週間もいろいろな出来事があって、中でもカダフィ大佐殺害は衝撃的でしたし、古代ギリシャの血をひくはずの現代ギリシャの民衆デモと社会的騒乱にもまた驚かされました。私自身の反省として、中東やラテン系の国のことを知らな過ぎるとつくづく思ったものです。
 実際、私たちは、中東やEUにおいて、まさに歴史の一頁を飾るような事象を目の当たりにしています。これら二つの事件は、場所も違えば歴史的背景も状況も違い、何の脈略もないように思われますが、私には、ある一つの事象を思わせます。それは、国家統治の不思議さです。
 アラブの狂犬と呼ばれ、奇抜な言動で、国際社会からは一種の鼻つまみ者だったカダフィ大佐は、それでも42年もの長きにわたってリビアに君臨しました。その内実は、資本主義とも社会主義とも違う「第3の道」を標榜しながら、周囲を一族や出身部族で固めた典型的な独裁国家で、それを評価するのは私には難しく、狂犬ならぬただの強権政治だっただけかも知れませんが、42年という歴史的事実は重く、外形的には安定した社会だったと言わざるを得ないかも知れません(だからと言ってカダフィ大佐を肯定するつもりはなく、飽くまで評価は保留しますが)。ところが、アラブの春あるいは民主化と呼ばれる政治の季節に突入し、ここしばらくは政情不安が続きそうです。
 他方のギリシャは、学生時代に歴史の教科書で学んだように、紀元前の時代に民主主義の原点として歴史に登場したことを知らない人はいませんし、東ローマ帝国までは「ギリシャ化したローマ帝国」と捉えることも出来るものの、15世紀半ばから400年間はオスマン帝国に支配され、さらに戦後も1974年までは軍事独裁政権に支配されていたという史実を、私は初めて知りました。長い歴史の中で、古代ギリシャの民主主義の伝統は忘れ去られてしまった・・・と言うよりも、民主主義は本質的に不安定な政体であり、権力は腐敗するがために、市民または国民が主体的に向き合い監視し続けなければ機能し得ないものなのだろうと思います。
 私が学生時代の頃は、冷戦たけなわで、共産主義に対抗するに、「自由」が絶対的な価値をもつものとして尊ばれていました。政治体制は、誰が政治の担い手になるかによって「王制」や「貴族制」や「民主制」などいろいろあり、私たちは絶対王政の歴史を知るが故に「王制」に対してネガティブなイメージしかもちませんが、「自由」を担保するのに相応しい統治機構は、実は「王制」であると「貴族制」であると「民主制」であるとを問いません。「共産主義」だって「民主的」であり得るように、「民主制」そのものに絶対的な価値があるわけではなく、守るべき価値は「自由主義」であって、それを実現するに、古代中国の堯のような賢帝がいれば「王制」もまた可なりということを、当時、学んだことを思い出しました。もっとも最近は、「自由」だけでは済まなくなって、政治が実現するべき価値として「公平性」が重要になりつつありますが、それでもそれを担保する政体についての議論に変わりはありません。
 チャーチルが言った言葉を思い出しました。上の文脈で理解するべきでしょう。「これまでも多くの政治体制が試みられてきたし、またこれからも過ちと悲哀にみちたこの世界中で試みられていくだろう。民主主義が完全で賢明であると見せかけることは誰にも出来ない。実際のところ、民主主義は最悪の政治形態と言うことが出来る。これまでに試みられてきた民主主義以外のあらゆる政治形態を除けば、だが。」
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福島のいま

2011-10-22 22:43:02 | 時事放談
 福島第一原発事故に関連して、原発作業員、消防士、自衛官をはじめとして、「自分の生命を顧みず他人につくす模範的な行為に感銘を受けた」スペインのフェリペ皇太子から、「フクシマの英雄たち」がアストゥリアス皇太子賞が授与されたそうです。対象は、個人を特定せず、「自身の生命を危険にさらしながら、被害を最小限に抑えるために献身的に働いた」人たち全般を指すそうです。なんだか心温まる話です。
 しかし、原発事故があった福島に目を移すと、今なお厳しい現実が横たわります。
 今朝、「NNNドキュメント」スペシャル「在住カメラマンが見つめ続けたFUKUSHIMA」(新聞のテレビ欄では「ウルトラクイズのカメラマン撮影の原発福島」)という番組を見ました。金子二三夫という方が、一年ほど前に都心を離れ、第二の人生を農業をしながらのんびり過ごそうと、福島県田村市都路町に移り住んだところで、原発事故に遭い、事故の現状を伝えるためにカメラを回し続けているそうです。報道カメラマンが伝えるニュース性のある映像であれば、そのようなものとして、どこか一回性の特殊なものと構えるところがありますが、あくまでそこに住む人の目線で切り取られ映し出されるごく当たり前の日常が、はっと胸を打ちます。
 例えば、「犬猫みなしご救援隊」というNPO法人があって、避難した住民の依頼を受けて、動物を引取りに行くというので、金子さんはそれに付き添ってその様子を追います。私の家でも子供の頃に犬を飼っていて、初めは(犬なのに)猫っ可愛がりして、その後はたまに気紛れに可愛がるだけで、結局、日頃の面倒を見るのは親の役目になって、それが今では原罪のように重く心にのしかかって、動物のテレビ番組を見ると心が痛むので、愛するペットを手放さざるを得ない家族が見せる別れの悲しみは、涙なくして見ることは出来ません。こうしたNPOの存在を知らない場合、ペットの犬や猫は福島の避難区域内にただ独り取り残されて、野良犬や野良猫として野生化する例が増えているようです。恐らく飼われている間はおとなしく首輪に繋がれていたでしょうに、さる政治家が呼んで話題になった所謂ゴーストタウンに取り残されて、生きるか死ぬかの瀬戸際で野生を取り戻したのか、革製や布製の首輪や紐を引きちぎって街をうろついて餌をあさっているのが、犬が置かれた環境の壮絶さを物語って痛々しい。中には、取り残された犬が交配して、人間というものを知らないまま育った子犬が増えて、ペットとしての性を呼び覚ますことなく、人間を恐れて、件のNPOが捕まえるのが難しくなっているというのもまた、痛々しい。
 また、文部科学省が発表する放射線量に疑問があり、金子さんは国の測定地点傍で同じように測定し始めたところ、25%くらい高い値が出たそうです。一般には誤差の範囲とは言えないレベルですが、放射線量の世界で、中国製の安い測定器が低品質でアテにならないと報道されていたのを見たことがあるので、その範疇のことなのか。まさか測定値をその都度低く報告するほど役所はマメではないでしょうが、測定器を選定する際、低い数値を出す測定器を選ぶくらいの器用さはあるかも知れない。金子さんは、実情を知らせるため、GPS地図と放射線量測定器をつけて車を走らせて、その映像をユーチューブにアップしているそうです。
 「フクシマの英雄たち」が表彰される一方で、先に触れたペットが置かれた惨状は、地元社会の混乱を反映します。番組では、地元住民の一人が、緊急時避難準備区域が解除されても、「除染されていないから帰ってくる人がいない」と国のやり方を批判し、福島第二原発で作業していたという人は、「狭い日本は住むところがなくなって、放射能で死んでしまう」と訴えていました。これらは、アテにならない放射線測定値に象徴されるように、政治の無策や不作為によることを連想させ、やりきれない思いに囚われます。
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スポーツの秋

2011-10-17 00:20:30 | スポーツ・芸能好き
 今日は、都心で気温が30度近くまで上がり、10月の観測史上最高を記録するところがあったり、荒川河川敷のハーフマラソン大会では23人もの熱中症が出たりしたほど、スポーツの秋にはちょっと暑かったかも知れません。そう言えれば良かったのですが、金曜日夜から土曜日朝にかけて降った雨によって、小学校の運動場がぬかるみ、秘かに楽しみにしていた町内会対抗運動会が中止になってしまいました。もっとも、それに向けて準備していたわけではなく、私が出場できるとしても、もはや体格を活かせる綱引きか、せいぜい要領でごまかせる障害物リレーくらいのものですが、ちょっとはまた運動をしなければと反省を迫るような雰囲気を惜しみます。
 運動会がなくなったから、スポーツの秋だから、というわけではありませんが、この週末は、久しぶりにテレビでスポーツ観戦を堪能しました。
 一つは、巨人が遅ればせながら、ここに来てようやく戦力が充実して来たことで、長いペナントレースでなんとも言えない欲求不満に苛まれてきたところを晴らすかのように、マジックが出た中日に三連勝し、残り1試合にしてようやくクライマックス・シリーズ出場も決めて、ちょっと先行きが楽しみになりました。
 もう一つは、折しも開催中の体操の世界選手権で、これほど体操競技に見入ったのは、子供の頃に暇にまかせて見るとはなしに見たミュンヘン・オリンピック以来のことでした。当時、体操ニッポンは絶頂を極めた時代で、Wikipediaで調べたら、団体総合で金メダル、個人総合で金・銀・銅を独占したのをはじめ、種目別の鉄棒と平行棒でも金・銀・銅、つり輪で金・銅、床とあん馬で銀・銅、メダルを取れなかったのは跳馬だけと、今となっては俄かに信じられない圧倒的な強さを誇ったようです。そして今また、団体総合では惜しくも銀に終わりましたが、個人総合で金・銅を取り、種目別のスペシャリストの世界でも世界に伍するほどの選手が出てきたのは誠に喜ばしいところです。特に、内村選手は、床で審判員が見逃すほどのG難度の技を決めたのをはじめ、オールラウンダーにして、ここまでやるのか!?というほどの(うっちーとしては、してやったりと、ほくそ笑んでいることでしょう)難度の高い技を織り込み、その大胆不敵さは小気味よいほどで、来年のロンドン・オリンピックが楽しみになりました。
 なんとなく、うっちーに触発されたように、家内がドン・キホーテでブラックサンダー・ミニバー詰め合わせを見つけて買ってきました。単品で22g・30円(昨日の近所のマツキヨ値段)に対して、180g・298円(今日の近所のドン・キホーテ値段)と、お得感はありません。
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うっちーとブラックサンダー

2011-10-15 12:30:15 | スポーツ・芸能好き
 ブラックサンダーってなんや!?と思ったら、このバタ臭い名前は、プロレスラーでもプロレスの技でもなく、ブラックココアのほろにがクッキーとミルク風味チョコレートの絶妙なバランスがクセになるイナズマ級のクッキーチョコバー(有楽製菓株式会社HPより)で、内村航平選手のご贔屓だそうです。
 ところで、昨晩、その内村航平選手が世界選手権の個人総合で優勝し、なんと100年以上の歴史で誰も成し得なかった世界選手権三連覇という偉業を、いともたやすく(と見ている方には間違いなく見えた)達成しました。二位に3点以上の差をつける圧勝で、本人としても会心の演技だったことでしょう。見る方の私たちだって、結果が出ていて安心して見ていられたのはともかく、その勢いのある動きと伸びやかな肢体が、しなやかな強さを織りなして、つい見とれてしまうほどでした。先ずはその快挙を祝福したいと思います。
 彼を見ていると、全く緊張することもなく、むしろ人々の前で演技を披露できることが嬉しくてたまらないように見えます。まるで子供が、ほら、僕ってこんなに上手に出来るようになったんだよ、見て見てって、はにかみながらも鼻をぴくぴくっと自慢げに動かすような、そんな子供っぽい誇りのようなものを感じとったのは、多分、錯覚ではなかったと思います。現に彼は、金もうれしいが、それ以上に「エレガンス賞」が嬉しいと言い、3連覇と言うより、いい演技が出来てそれが嬉しい、とも述べたそうです。イチローが、野球がうまくなりたい、と言うのと通底していて、二人とも、それが結果として出ただけのことのようであり、単に勝つことが目的ではないから、泰然自若としていられるのでしょう。なんだか普通の選手とは違うレベルの凄さを感じます。
 産経新聞の記事を読んで知ったのですが、「オールラウンダー」受難の時代と言われるそうです。もともと日本の男子体操界には1つの価値観が根付いていて、全6種目をこなす「オールラウンダー」こそ尊敬を集め、現に日本では多くの名選手を輩出してきて、内村もまたその伝統をしっかり受け継ぎ、「6種目やってこその体操」というのが彼の口癖だそうです。ところが2006年に、採点法をそれまでの10点満点法から変更し、技の難度に応じて得点が決まるDスコア(演技価値点)と、10点満点から演技の出来ばえで減点するEスコア(実施点)の合計点で競うというように、高難度の内容をどれだけ完璧に出来るかが問われる採点法になって、6種目を高いレベルで揃えることは極めて難しいというわけです。中国などでは1種目に特化した「スペシャリスト」を育成する潮流が生まれ、各種目のレベルは日々高まる傾向にあるのだそうで、そんな中、今回の個人総合の全6種目中、跳馬と鉄棒以外の4種目で最高点をマークするなど、ほぼ完璧な演技だった内村の、頭抜けた実力のほどが知れます。
 TV解説者が、極端な野菜嫌いで、甘いもの好きと言っていましたが(Wikipediaでも、好物はバナナとチョコレートで、冒頭の「ブラックサンダー」が贔屓と言っていました)、ちょっとスポーツ選手の枠におさまらないような、演技と同様の伸びやかさが、彼の魅力です。こういう選手を見るのは、本当に気持ちが良いものです(老成し過ぎ?)。

(追記)
Wikipediaでブラックサンダーを調べてみると、既に、内村航平選手が好物と知られたことで、認知度、売上が上昇したとあります。子供も既にその存在を知っていました。早速、近所のマツモトキヨシで買ってきました。標準小売価格30円。クッキーをチョコでコーティングし棒状にしたもので、ウエハースをチョコでコーティングし棒状にしたキットカットに似て、チョコレートを好まない私でも、結構、食べられます。
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イタリアン

2011-10-13 01:03:27 | グルメとして
 今日、出張で上京した高校時代の知人と、久しぶりに食事をしました。宿泊先がシェラトン都ホテル白金高輪だというので、ホテル・ロビーで待ち合わせにしたのは、高校時代から遅刻常習犯のルーズな私には(と言うより、待たされる知人にとって)良かったのですが、彼の地には、手ごろなレストランが少ない。田舎者の大阪人の私にも、そこが高級住宅街であるのは分かっていましたが、歩いていると、外国人の家族連れがごく当たり前に散歩しているのに出食わしたりして、都心にありながら、ちょっと特別な、高級な生活空間であることが知れます。ぐるなびで「Per Regalo」というイタリアン・レストランを選びました。
 私がイタリアンに目覚めたのは、アメリカ西海岸でのことでした。東海岸のボストンは、ハーバード大学やMITなど日本人には馴染みの街ですが、伝統的なエスタブリッシュメントの街並みがそのまま温存され、クラムチャウダー以外に食事に見るべきものはありません。ところが西海岸まで来ると、地理的な距離以上に、アジアがぐっと近くなり、和食だけでなく中華やタイやベトナムやイタリアンなど、食生活が格段に豊かになります。更にマレーシア・ペナン島のジョージタウンにあるイタリアン・レストランBella Italiaは抜群に美味かった。チリ(唐辛子)をうまくあしらって、アジア風イタリアンと言っても良いほど、日本人出張者の舌をも満足させ、我が家は毎月のように通いつめたほどでした。
 そんな特別な思い入れがあることは秘めながら、テラス席に陣取ると、夜風が実に心地よい。値段は白金台相場!?で、料理の味は特別と言うほどではないにせよ、ごく当たり前に美味しい。晴天続きで乾燥した空気が、ワインの味を引き立てたようでした。食後のカブチーノには思わず美味いと唸ってしまいましたが、結局、何が一番印象に残ったかと言うと・・・金を惜しまなければいくらでも美味しいものを食べられる、そういった食事そのものよりも、また白金台のハイソな雰囲気よりも、一年の内でそれほど多くはない、テラスでの食事が気持ち良い季節を満喫した夜だった、というところです。
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天災は忘れたころに・・・(後編)

2011-10-10 23:21:48 | たまに文学・歴史・芸術も
 寺田寅彦氏「天災と日本人」(角川ソフィア文庫)から、以前、科学者の視点で天災と国防について語ったエッセイから印象に残った言葉を抜き書きしました。実は氏には、もう一つ、天災をはじめとする日本の気象や地理が日本人の民族性を形作っているとする視点でのエッセイもあります。この時期に、講談社学術文庫が「天災と国防」と題し、また角川ソフィア文庫が「天災と日本人」と題する、エッセイのアンソロジーを相次いで出版した所以でもあります。今日は日本の自然と日本人観について、印象に残った言葉を抜き書きします。
 日本の自然、先ずは気候の特異性を説明されます。日本は温帯にあって、「最も寒い地方から最も暖かい地方までのあらゆる段階を細かく具備し包含している」こと、「そうした温帯の特徴は季節の年周期」にあること、熱帯も寒帯も、昼夜はあるが季節も天気もないことから、いろいろと予測しがたい変化をする『天気』という言葉自体も温帯でこそ意味を持つ言葉だと述べられます。さらに温帯の中でも、日本は他国と比べて特異性を持つ原因は、「日本が大陸の周縁であると同時にまた環海の島嶼であるという事実に帰することが出来る」と言います。一般に「大陸の西側と東側とでは大気並びに海流の循環の影響で色々の相違がある」ことが知られますが、とりわけ日本のように、「大陸の東側、大洋の西側の国は気候的に不利な条件にある」ということです。
 気候に続いて重要なのは、土地の起伏水陸の交錯による地形的・地理的要素であるとして、先ず、「日本の土地が云わば大陸の辺境の揉み砕かれた破片である」こと、このことは「日本の地質構造、従ってそれに支配され影響された地形的構造の複雑多様なこと、錯雑の規模の細かいことと密接に連関」しており、「極めて複雑な地形の分布、水陸の交錯を生み出し」、それが「居住者の集落の分布やその相互間の交通網の発達に特別な影響を及ぼさないではおかない」のであり、このような地形は「漂泊的な民族的習性には適さず、むしろ民族を土着させる傾向をもつ」と述べられます。
 こうした土地に固有な火山現象の頻出が更に一層その変化に特有な異彩を添え、「動かぬものの譬えに引かれる吾々の足下の大地が時として大いに震え動く、そういう体験を持ち伝えて来た国民と、そうでない国民とが自然というものに対する観念においてかなりに大きな懸隔を示しても不思議はない」ということになります。その一つの典型が、「人間の力で自然を克服せんとする努力が西洋における科学の発達を促した」のに対して、「東洋の文化国日本にそれと同じような科学が同じ歩調で進歩しなかった問題」に表れており、日本では、“母なる大地”に象徴されるように「自然の慈母の慈愛が深くてその慈愛に対する欲求が満たされやすいために住民は安んじてその懐に抱かれることが出来る」と同時に「我々のとかく遊惰に流れやすい心を引き締める『厳父』としての役割を勤める」結果として、「自然の十分な恩恵を甘受すると同時に自然に対する反逆を断念し、自然に順応するための経験的知識を収集し蓄積する」ことに勤めて来たというわけです。こうして、以前、このブログの別の稿で触れたように、日本人は「科学」と言うより「技術」を発達させ、今もなお「科学」はさることながら「思想」で処理することすらも「技術」で克服する民族性が育まれたのだろうと、私は思います。
 こうした「特異な環境に適応するように育て上げられてきて、何らかの固有の印銘を残していること」の一つに、かつてテレビCMで日本語で「風」を表現する言葉が多いことに触れたものがありましたが、寺田寅彦氏は、「春雨」「五月雨」「時雨」のように、雨の降り方も実に色々様々の降り方があり、それらを区別する名称がそれに応じて分化している点でも日本は恐らく世界随一ではないかと述べています。同じように、「花曇り」「霞」「稲妻」なども他国では見られない表現だと言います。
 そのほか、衣食住をはじめとする日本の文化が、こうした日本の特異な自然環境に規定されるとして、いくつか事例が紹介されます。
 先ずは日本人の常食に関して、新鮮なものが手に入りやすいことから、余計な調味で味付けするのではなく、新鮮な材料本来の美味を、それに含まれる貴重なビタミンとともに、自然のままで摂取するほうが快適有効であることを知っていること、そして、食物の季節性に関しても、「はしり」を喜び「しゅん」を尊ぶ日本人は、「年中同じように貯蔵した馬鈴薯や玉葱をかじり、干物塩物や、季節にかまわず豚や牛ばかり食っている西洋人や支那人、あるいはほとんど年中同じような果実を食っている熱帯の住民」とは対照的だと述べます。
 日本の家屋で木造が発達したのは良材が得やすいからに相違ありませんが、床下の通風を良くして土台の腐敗を防ぎ、庇(ひさし)と縁側を設けて日射と雨雪を遠ざけるというように、日本の気候に適応した設計を施していますし、障子は、光を弱めずに拡散する効果があり、風の力を弱めてしかも適宜な空気の流通を調節する効果をもち、「存外巧妙な発明だ」と述べています。
 住居に付属する庭園もまた、西洋人と日本人とで格好の対照をなし、「西洋人は自然を勝手に手製の鋳型にはめて幾何学的な庭を造って喜んでいるのが多いのに対して、日本人はなるべく山水の自然を害うことなしに住居の傍に誘致し自分はその自然の中に抱かれ、その自然と同化した気持ちになることを楽しみとする」と言います。盆栽・活け花のごときも、また花見遊山も、月見や星祭までも、日本人にとっては庭園の延長(圧縮あるいは庭を山野にまで拡張するもの)であり、床の間に山水花鳥の掛け軸をかけるのもまたそのバリエーションと考えられなくもない、と言います。
 最後に、話は日本人の精神生活に及びます。「単調で荒涼な砂漠の国には一神教が生まれ」、「日本のような多彩にして変幻きわまりなき自然をもつ国で八百万の神々が生まれ崇拝され続けて来たのは当然」であろう、「山も川も樹も一つ一つが神であり人でもある」のである、と。また、「仏教が遠い土地から移植されてそれが土着し発育し持続したのはやはりその教義の含有する色々の因子が日本の風土に適応したためでなければなるまい」、「思うに仏教の根底にある無常観が日本人のおのずからな自然観と相調和するところのあるのもその一つの因子ではないかと思う」と述べていて、慧眼だと思います。本書の解説の中で、山折哲雄氏は、和辻哲郎氏の「風土―人間学的考察」が、寺田寅彦氏の「日本人と自然観」と同じ年にまとめられながら、和辻氏が、西欧の牧場的風土、中東やアフリカの砂漠的風土に対して、日本のモンスーン的風土を対比して論じているだけで、地震的性格について何一つ触れられていないのが不思議だとしつつ、台風的契機を重視して「慈悲の道徳」に着目したのに対し、寺田寅彦氏は地震的契機を取り出して「天然の無常」という認識に到達した、その対照性に無類の知的好奇心を覚える、と結んでいます。
 寺田寅彦氏の論考の一つひとつが、今となっては私たち日本人には既に馴染みのことと思います。それを敢えて引用したのは、環境問題やエネルギー政策を考える時に、日本の風土が世界でも類まれな存在であること、こうした私たち日本人の置かれた環境をあらためて振り返ることも、無駄ではないだろうと思ったからです。

(追記)2011/10/23
 和辻哲郎氏の「風土」は、学生時代に本を買ったまま後生大事にしまいこんで、いまだに読んでいなかったなあと思いだしたところへ、「梅棹忠夫 語る」(日経プレミアシリーズ)を読むと、和辻哲郎氏のことを批判する言葉がぽろぽろ出てくるので、ますます読みたくなりました。「和辻さんという人は大学者にはちがいない。ただ『風土』は間違いだらけの本だと思う。(中略)自分の眼で見とらんからです。(ヨーロッパが)何かもう非常に清潔で、整然たるものだと思い込んでいる。(中略)見せかけに騙されるのならまだいい。それと違うな。あれは思い込みや。」このあたりは、同じ書で「私は自分で見たものしか信用しないし、他人の繰り返しは出来ないのや。」と言い放つ、フィールドワークを生涯をかけてベースとされてきた氏のあるいは京都学派の面目でしょうか。梅棹氏には「文明の生態史観」という名著があり、これも氏は「足で発想した」と言い、「日本はヨーロッパと同じや」「インドが東洋なら日本は東洋ではない」などと過激なことを言われ、こちらの本もまた再読したくなりました。
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FOR STEVE・続

2011-10-09 15:42:51 | ビジネスパーソンとして
 スティーブ・ジョッブズが亡くなる前の晩、たまたま、明石家さんまの「超ほんまでっか!?」という番組に澤穂希が出ているのを見つけて、つい、チャネルを変える手を止めて見入りました。悩み相談のような形で、リズム感がとびっきり悪くて、チームでリズム運動をしていても周囲に付いていけないのだと、それほど深刻に悩む風もなく、自棄になっているわけでもなく、他人事のように淡々と話すのを聞いた会場には、世界の澤が!?と衝撃が走り、お茶の間でも、えっ!?ほんまかいな・・・!と、さんまではなくても、その意外性に驚いたことでしょう。これに対して、様々な分野の”評論家”を自称する人たちが、好き勝手に自論を述べていくのですが、最初の内は、そりゃ大変!とばかりに、澤のリズム感を試すテストをやったり、どうやったらリズム感が良くなるかという雰囲気に包まれて番組は進行するのですが、ある人が別のことを言ってから完全に潮目が変わりました。他人と違う澤独自のリズム感でやっているからこそ、周囲を圧倒するパフォーマンスを発揮しているのかも知れないのだから、わざわざ矯正する必要などない、澤は澤のままでいい、というような骨子で、いつの間にか議論は現状容認に収斂し、むしろ積極支持で落着しました。
 澤は、澤のリズムでサッカーをやっている・・・そこまでは良いとして、実は澤は普通の人のリズム感にはついて行けない、他人とは明らかに違う(一見、劣った)動きをする、というところが驚きなわけですが、更に一般には劣っていると見えることが知らず知らずに強みに転じているかも知れないところが、面白い。勿論、リズム感が抜群に良いサッカー選手がいて、それで他を圧倒していることもあるでしょう。要は、それぞれに持ち味があるということなのだろうと思います。アメリカなどは、まさに徹底したエリート教育、悪いところには大して注目しないで放ったらかし、むしろ強いところを徹底して追求させるのだろうと想像されるのは、大リーグなどのように、とんがった才能を磨いて勝負している世界を見ていて思います。選手それぞれに個性があって、実にユニーク。コツコツ悪いところを矯正しているヒマはないのでしょう。月並みな言い方ですが、和を尊び、出る杭を嫌う、潔癖症の日本人にはなかなか出来ない教育(むしろ放任)だと思います。そのお蔭で日本では国民全般の民度が高くなっているわけで、一概にどれが良いとも悪いとも言えませんが、個性がやや乏しくなるのはやむを得ないのかも知れません(澤のような例が、さんまの番組で注目を浴びる所以です)。
 話はタイトルに戻りますが、スティーブ・ジョッブズはアメリカという土地柄のそういった大らかさを体現していたのだろうと思います。幸せかどうかなどまるで関心がなく、自らの心のままに、自らが愛することに打ち込み、長くない人生を駆け抜けて行った。彼が6年前にスタンフォード大学で行ったスピーチは、”Stay Hungry. Stay Foolish.”と言ったことで有名ですが、全体を通して、彼の人生と重ね合わせて味わい深く、恐らく歴史に残る名スピーチに数えられるでしょう(日本にはありませんが、欧米では名演説を集めた本をよく見かけます)。是非、原文を読んで頂きたいと思います(Stanford大学のサイトにある文章は彼自身が語った言葉と微妙に違うと言われていますが)。その中に次のような一節があります。

 Remembering that I'll be dead soon is the most important tool I've ever encountered to help me make the big choices in life. Because almost everything — all external expectations, all pride, all fear of embarrassment or failure — these things just fall away in the face of death, leaving only what is truly important. Remembering that you are going to die is the best way I know to avoid the trap of thinking you have something to lose. You are already naked. There is no reason not to follow your heart.

 彼がすい臓がんで余命三~六ヶ月と診断され、その後、手術して復帰して間もなくの頃のことだったので、死を巡る考えが色濃く反映されていますが(もともと禅に傾倒した仏教徒で、ベジタリアンでもあるらしい)、スピーチの中で何度か出てくる、自分の内なる声、心、直観に忠実であれ、という言葉が心に染みます。
 Stanford大学URL: http://news.stanford.edu/news/2005/june15/jobs-061505.html
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