風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

米中露の三角関係

2021-06-29 02:06:21 | 時事放談
 中国の習近平国家主席とロシアのプーチン大統領は今日、オンラインで協議し、「両国の協力を深めることで一致した」(毎日新聞)そうだ。両首脳は先月中旬にもオンラインで協議している。その間、米露首脳会談が実施された。なかなか微妙な三首脳の三角関係ではなかろうか(笑)。7月1日に中国共産党創建100年を迎える習氏には、欧米・民主主義国から包囲されつつある中、国際的に孤立するのを避けたい一心で、不安を覚える様子が透けて見える。片やプーチン氏には、米中の間でバランスを取るだけの余裕があるのではないだろうか。
 そんな中、「冷戦終結後で最低」とお互いが関係悪化を認めていた米露首脳の会談は圧巻だった(皮肉を込めて)。
 バイデン大統領が初の外遊でヨーロッパに旅立ったのは6月9日のことで、その三日前にワシントン・ポスト紙に論説を寄せていた。”My trip to Europe is about America rallying the world’s democracies”(ヨーロッパ行きは世界の民主主義国を再結集するもの)というタイトルで、意気込みを語っている: In this moment of global uncertainty, as the world still grapples with a once-in-a-century pandemic, this trip is about realizing America’s renewed commitment to our allies and partners, and demonstrating the capacity of democracies to both meet the challenges and deter the threats of this new age. 同盟国重視のコミットメントを示すとともに、新たな時代の挑戦に立ち向かい、かつその脅威を抑止することを示すことにあると、(その後で)中露を名指し、対抗して行くことを言明している。他方、ロシアについては、同盟国との結束を固めた上で会談するスケジュールにした上で、The United States does not seek conflict. We want a stable and predictable relationship where we can work with Russia on issues like strategic stability and arms control. 戦略的安定性と軍備管理のような課題について、安定した予測可能な関係を望むことを表明した。同時に、When we meet, I will again underscore the commitment of the United States, Europe and like-minded democracies to stand up for human rights and dignity. 人権などの民主主義的な価値については妥協しない姿勢を明確にしていた。
 米露会談に向けたバイデン氏の「期待値」は敢えて高くしなかったようだ。実際に、軍備管理やサイバーセキュリティについては新たな対話の枠組みを設けることで合意したが、その他の問題(反体制派指導者の人権問題、ウクライナ情勢、中東情勢など)ではお互いに譲らず、さしたる成果はなかったようだ。クリントン政権の元高官だった某大学教授はNY Times紙で、会談は予定より早く終わり、会談後の記者会見は別々に行われ、プーチン氏をホワイトハウスに招待することもなかったと、その低調ぶりを解説している。
 そうは言っても、事前に事務レベルで遅刻魔のプーチン大統領が遅刻しないよう調整し、実際に遅刻しなかったことからすると、プーチン氏にバイデン氏の機嫌を損ねまいとするくらいの配慮はあったようだ(笑)。何より、これまでの米露関係からすれば、合意し得る限られた領域であっても、建設的な対話を行い得る糸口を見出したことの意味は小さくない。会談後に別々に行われた記者会見では、日経によると、バイデン氏は会談を「とても良かった。前向きだった」と振り返り、プーチン氏はバイデン氏のことを「プロフェッショナルで、建設的で、バランスの取れた人だ」と評し、「彼とは2時間2人で話した。すべての首脳とそれほど詳細に会話するわけではない」と印象を語ったらしい。バイデン氏にしてみれば、米国内で警戒心が高い以上にロシアを最大の脅威と見做すヨーロッパの同盟国が背後にいて、しかし今後、長く続く米中対立にフォーカスするためには、ロシアまで敵に回したくないのが本心だろう(以前のブログ「キッシンジャーのリアリズム」に書いたように)。プーチン氏にしてみれば、アメリカ嫌いの国民を抱え、同じ敵(=アメリカ)を持つ者同士で歩み寄る(しかし経済力では圧倒されて安保上も警戒しないわけには行かない)中国が隣人として控えて、そう易々と気を許す様子は見せられない。そんな微妙な米露関係をこれ以上悪化させず、「安定」した「予測可能」なものにする、すなわち関係を「管理する」というバイデン氏の目論見はどうやら達成されたようであり、おべんちゃらの中にも、信頼構築とまでは言えないまでも、ひとまず首脳同士の個人的関係にはお互いにそれなりに手応えを感じていそうなことは読み取ってもよいのだろう。
 今後の米露関係に注目して行きたい。
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日本選手権・男子100m決勝

2021-06-26 21:01:25 | スポーツ・芸能好き
 陸上の日本選手権・男子100メートル決勝で、多田修平選手が10秒15で優勝し、五輪代表に内定した。3位の山県亮太と4位の小池祐貴との差は僅か1000分の1秒で、明暗を分け、山縣が二人目の五輪代表に内定した。
 五輪参加標準記録を突破した5人が顔を揃え、自己ベスト9秒台の4人を含む史上最高の舞台は、3位から6位までの4人が100分の2秒差の中に並ぶ大混戦で、見ごたえがあった。結果として、今、最も調子がよさげな二人が五輪代表を勝ち得た形で、一発勝負の怖さを感じる。
 気の毒だったのは桐生祥秀で、どうもいつもの彼らしい切れがなかった。「歩いていても痛い」という右アキレスけんに不安を抱え、前日のレース後には足を引きずるような仕草も見せていたという。ケガを防ぎながら如何に体調をピークに合わせるかも勝負の内とは言え、2013年秋に東京五輪開催が決定したとき、京都・洛南高校3年生だった彼は、「(年齢的に)自分の一番いい時。陸上をする中で最高峰の大会が日本で行われたらどうなるのか」と夢を語り、その後、日本人初の9秒台を出して日本の短距離界を牽引して来ただけに、代表漏れの悔しさは如何ばかりかと慮る。4x100mリレー(所謂4継)に選ばれる可能性は残るが、本番まで一ヶ月を切る中で、この体調で大丈夫だろうか。
 もう一人、アメリカで練習に専念してきたサニブラウン・ハキームは、結局、レース勘を取り戻すことが出来なかったのか、本人曰く、準備不足がたたって、敗退した。彼にも、小池祐貴ともども4x100mリレーに期待したい。
 意外だったのは、そんな歴戦のツワモノどもに交じって2位に食い込んだデーデー・ブルーノだ。現在、東海大学4年生の21歳、もともとサッカー少年で、高校2年から陸上を始めて、6月上旬の日本学生陸上競技個人選手権では優勝を果たしたという。五輪参加標準記録には及ばなかったが、これからが楽しみな選手だ。
 なお、どうでもいいことだが・・・会場となった大阪・ヤンマースタジアム長居は、大阪国際女子マラソン開催で知られ、かれこれ40年前、私が高校生のみぎりに、インターハイ予選の大阪大会が開催された競技場でもある。1964年にオープンし、1997年の「なみはや国体」開催に向けて全面改修工事が行われて、すっかり近代的な佇まいに衣替えしたので、もはや私が走った頃の素朴な競技場の面影はないが、「長居」と聞くたびに、胸がきゅんとなる(笑)。私は決勝に残れないような凡百の競技者に過ぎなかったが、若いエネルギーを持て余し、後先のことは考えず、ひたすら練習に明け暮れていたあの頃が、無性に懐かしい。
 多田・山県両選手(+もう一人は小池?)には、敗れた桐生などの一流選手ばかりでなく、現在、また過去の名もない陸上少年たちの夢を乗せて、五輪の晴れ舞台で活躍されることをお祈りしたい。
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G7の宴のあと

2021-06-20 19:40:02 | 時事放談
 G7首脳会議、NATO首脳会議、米露首脳会談と、バイデン大統領には本格的な外交デビューとなり、高齢で認知症の疑いがあるとは言え、さすが経験豊富な政治家なだけに、無難な滑り出しを見せたと言えそうだ。そして、トランプ前大統領の頃のドタキャンなどを思えば、所謂「外交」が機能することが示されたことには、ある種の感動を覚える(笑)。
 それと言うのも、議長国のジョンソン英首相は記者会見で「G7がすべきなのは民主主義と自由と人権の利点を世界に示すことだ」と総括し、日本の報道を見る限り、うまく行ったように受け止められているが、参加国の間で「中国」を巡って温度差が見られたのは否定しようがないからだ。マクロン仏大統領は記者会見でわざわざ「G7は中国を敵視する集まりではない」と語ったし、Voice of America(6月12日付)は“G-7 Split on Biden’s Anti-China Push”との見出しで、「イタリア、ドイツやEU代表は反中推進に消極的で、むしろ中国に協力的な傾向にあるが、(中略) 日本は最もどっちつかずで躊躇している(アンビヴァレントだ)」と解説した。それでも首脳宣言としてカタチが整えられた。
 もっとも、G7サミットの共同宣言で初めて「台湾海峡」に言及されたと報じられたが、5月の日EU首脳会議の共同声明で既に言及されていた。また、冷戦時代に旧・ソ連に対抗する軍事同盟だったNATOの首脳宣言で中国が「体制上の挑戦」と明記されたのは画期的なことだと報じられたが、昨年11月に出された『NATO 2030』で既にそのように明記されていた。その意味では、全く目新しいわけではなかったことになるが、日米や日韓の2プラス2会合、日米首脳会談、日EU首脳会議などを通して、着実に合意が積み上げられた上での「集大成」だったことは、やはり評価されてもよいのだろう。
 とりわけ日米両首脳にはそれなりのご苦労があったようだ。巷(同行記者団の間)では、G7サミット期間中に日米首脳の会談や立ち話を行う準備が進められていたにも係わらず、なかなかそれがセットされず、疑問に思われていたようだ。公式発表によると、スガ総理とバイデン大統領が協議を行ったのは、中国について討議する会議の合間のおよそ10分間だけで、しかも断続的に行われたということだった。この時間についてスガ総理は後に「作戦会議のようだった」と表現された。つまり、日米二人の会談よりも、各国首脳(特に親中派と目されるイタリアやドイツ)を説得するための根回しやその擦り合わせを優先して行っていたと見られている。
 こうした宴のあとで、折角の成果に自らミソをつける輩がいる(笑)。G7首脳宣言の第5項「開かれた社会の価値と役割に関する共通の声明で一致した豪州、インド、大韓民国及び南アフリカの首脳の参加を得た」と記された韓国で、毎度の無粋なハチャメチャ振りには、鼻白むと言うよりも、なんだか不憫で同情してしまう(笑)。
 先ず、韓国青瓦台の国民疎通首席秘書官は、テレビ番組に出演したとき、文在寅大統領がG7首脳会議に出席したことについて、「今回のG7首脳会議に招待された4カ国のうち、インド、オーストラリア、南アフリカ共和国は議長国の英国と関係がある英連邦諸国のため、韓国が事実上唯一の招待国であり、2年連続でG7首脳会議に招待された」 「韓国が事実上、G8に位置付けられたとの国際的な評価が出ている」と自画自賛したそうだ。国民疎通首席秘書官なるものを名乗る以上、飽くまで国民に向けて、支持率低迷する文政権の成果を誇示したかったのだろうが、日本でも報じられて疑問視されることまでは考えが及ばないのだろう。
 また、G7サミットの団体写真で文在寅大統領が最前列に立ったことについて、「韓国の地位が最上位ランクに位置づけられた」と(無邪気に)広報されたらしい。そこで、ご丁寧にも一部メディアが英国のG7主催側に問い合せたところ、「大統領を前列に、総理は後列に配置した」、すなわち「大統領制」と「議院内閣制」に区分して配列したに過ぎないことが判明した。因みに、G7サミットに出席した大統領は米・仏およびゲスト国家の韓・南アの4人で、主催国・首脳のジョンソン英首相を囲むように写真に収まったという次第だ。
 さらに、日本の対応にも難癖をつけた。韓国の外交当局者が、「日本側が(韓国軍の)恒例の東海領土守護訓練を理由に、実務レベルで暫定合意していた略式会談に応じなかったのは残念に思う」とチクったことが報道されたのである。そのような事実はないと、加藤官房長官は即座に否定した。察するに、ちゃぶ台返しの徴用工判決や慰安婦判決をきっかけに、安倍政権末期からスガ政権にかけて、日韓首脳の接触を避けられていることに対して、残り一年の任期を切った文政権は、宿願の南北融和を進めるためには、アメリカ大統領の歓心を買わなければならず、そのアメリカ大統領は日米間の結束のために日韓の反目を苦々しく思っているから、仕方なしに日本に擦り寄って対話しようとしているフリを演じているのだろうが、日本から相手にされないために、イラついているのだろう。日本も、せめて国際会議の場くらいは、出会いがしらの略式会談に応じるくらいは大人の対応として認めてもよいように思うが、まあ、文政権が日本にしでかしたことの重大さが腹に据えかねるスガ総理の気持ちは国民として分からないではない。
 さらに付け加えると、政権末期にはこうしたハチャメチャ振りが酷くなる。残り任期一年を切った文大統領は、南北和解の悲願を達成したいのであろうが、それはレガシーを残して、歴代大統領のように悲惨な末路を辿るのをなんとか避けようとしているとする解説がある。そういう側面もあるのかも知れない。しかし、日本政府は、今の文政権については見切りをつけているのだろう。と言うのも、事情通によると、日本はアメリカに対して水面下で、「韓国の主張を認めれば、日韓請求権協定が破壊される。それは戦後秩序の破壊にもつながる。この問題で、米国が仲介するというなら、日本の立場を支持すること以外にない。折衷案を出すというなら、仲裁しないでほしい」と働きかけ、アメリカも理解を示しているらしいからだ。文大統領としては身から出た錆びと言えようか。
 もはや日本人の想像を絶するような、こうした韓国のウソ・ハッタリは、何も今に始まったことではなく、過去、一貫している。徴用工も慰安婦も竹島も、今では歴史認識問題として一括されるが、そこでの論理は、自ら「正義」を体現することが何よりも重要であって、個々の事実は捨象してでも正当性を主張し続ける儒教的な考え方に起因する。そういう意味で、韓国は中国と同じ儒教圏に属し、思考も近くて、それを称して私は、中国のプロパガンダ(中国共産党の宣伝)であり、韓国のファンタジー(お花畑の自己満足)と揶揄してきた。さらに、韓国には歴史的・地理的に(時代によって)中国・日本・ロシアといった大国に囲まれて苦労した結果、生き残りの術として培われて来た「事大主義」(大につかえる)が作用している。逆に言うと、それなりに経済的には大きくなった韓国ではあるが、抜け切らない「小国意識」がイタズラしているのである。極東の片隅の貧国が発信する韓国語の新聞記事であれば、誰も気にしなかったであろうが、今やロシア並みの経済規模を誇り、情報はネットで縦横無尽に駆け巡る。韓国にしても、また中国にしても、その体格に相応しい責任ある発言と行動を期待したいものだと思う。
 韓国は、G7首脳宣言の第5項「開かれた社会」声明で「中国」を明示しているわけではないので、G7の結果に中国牽制の性格はないと強弁しているようだ。韓国は、安全保障を依存するアメリカと、経済を依存する中国との間で、バランスを取る綱渡り外交を自慢するが、これではアメリカからは信頼されないだろうし、中国からは、自由・民主主義国の輪の中の弱い鎖として、揺さぶることができると足元を見られていることだろう。日本人は、もはや呆れて接ぐ言葉はないが、決して韓国自身のためにはならないことだと、また、これでは自称「G8」の名が廃ると、お節介ながらも付言しておきたい。
 こうした韓国の微妙な心情を、文政権に最も近いハンギョレ紙の記者コラムが余すことなく伝えている(下記※)。韓国を扱う日本メディアの態度には、常に「上から目線」・・・道徳性と実力で優位な立場に立つ者が自分より劣った者に教えようとするような態度・・・があると痛感する、という文章から始まるものだが、おいおい、そりゃ逆で韓国自身のことではないのかと、ツッコミを入れたくなる(笑)。これまで何度か本ブログでも紹介したことだが、我が家がマレーシア・ペナンに駐在した時、子供が通うインターナショナル・スクールで知り合った韓国人のお母さんと親しくなった私の家内は、「日本人って野蛮で残酷じゃないのね」と、実に2000年代後半の現代に、「真顔で」言われたのである。韓国における歴史教育のなんと罪深いことだろうか。日本に常に虐げられて来た、という意味では、日本人として大いに反省しなければならないのは事実だが、その反動で、実力では勝てなくても道徳的には上だと自負するのを唯一の頼りとして来たのは、韓国ではなかったか。このハンギョレ記事は日本語サイトなので日本人に向けたメッセージであろうが、なんと卑屈を装った(ご自身では気づかない)居丈高な論考であろうか。韓国の方々には、もう少し客観的に現実を直視せよと伝えたい。

(※)「日本は『感情に流される国』になりたいのか」(Hankyoreh紙2021年6月16日付)
   http://japan.hani.co.kr/arti/politics/40289.html
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キッシンジャーのリアリズム

2021-06-11 00:19:04 | 時事放談
 二週間近く前のことになるが、日経の記事でキッシンジャー氏が俄かに話題になった。
 数年前に遡るが、来日されたシカゴ大学のジョン・ミアシャイマー教授の講演を聞きに行ったとき、国際政治上の(キッシンジャーのような)リアリストはイデオロギーなんぞは気にしないのだと言い放ったのを、些か衝撃をもって受け止めた。確かに、かつて冷戦時代に、いくら宿敵の旧・ソ連に対抗するためとは言え、保守派のニクソン政権が共産主義・中国を取り込んだのは、イデオロギーを気にしていては出来ない離れ技だった。一般論としてリアリズムはイデオロギーに縛られないと言われると、ロジックとしては分かるが、現実に、例えば当時、保守派の安倍政権の価値観外交を目の当たりにしていただけに、容易に肚落ちせず、小骨として喉の奥に引っ掛かり続けた。
 これから紹介する日経記事は、トランプ政権発足時にトランプ氏と会い、密使として習近平氏とも会うなどして、御年90を軽く超えてなお矍鑠としていたキッシンジャー氏(1923年生まれ)の影響力が、さすがに現政権内で衰えていることと並行して、現象として、キッシンジャー氏が仲介した中国との対立の先鋭化と、当時、断交した台湾への支援の拡大が進行する現状を報じるものである。
 一つ目の記事①は、日経記者による「キッシンジャー路線との決別」と題するコラムで、アメリカ政権内でのキッシンジャー氏の影響力の低下を、「キッシンジャー路線」=「中国への関与政策」からの決別、と伝えた。
 恐らくそれに触発されたのであろう、翌日(記事②)、慶應大学の細谷雄一教授は「キッシンジャーが創った時代の黄昏」と題して、アカデミックな観点から解説を加えられた。「キッシンジャー路線」から外れてアメリカが台湾防衛に乗り出すかどうかが焦点になっている。かつて、「自由」という規範を重視した十字軍的な軍事関与がアメリカの国益を利するわけでもなく、アメリカに有利となる勢力均衡を形成するわけでもないと喝破したキッシンジャー路線だったが、職業外交官による合理的な「国家理性」の実現を目指す「旧外交」の時代とは違って、SNSが拡散し、世論の影響力が拡大した第一次大戦以降の「新・外交」の現代にあって、「キッシンジャー路線は自ずとよりいっそうの限界に直面するであろう」と予想され、それが東アジアの秩序に不可避的な影響を及ぼしかねないとも予想される。
 ちょっと補足すると、そもそもアメリカは国柄として、権力政治のヨーロッパの延長上に、しかしヨーロッパの権力政治を否定する新天地として、自由・民主主義(当時は共和主義)を奉じる「理念の国」である。貴族だったアレクシ・ド・トクヴィルは、古代ギリシアのポリスじゃあるまいし、国家レベルで王政・貴族制ではなく民主制で政治を実践できるわけがなかろうと、1831~32年にかけて、アメリカを実地検分し、帰国後に『アメリカのデモクラシー』を書いて、アメリカを「例外主義」と呼んだ。そのちょっと前、保守の元祖と言われるエドマンド・バークは『フランス革命の省察』を書いて、フランス革命の急進性を危うんだように、「諸国民の春」を経て、国民国家体制が西欧で当たり前になるのは、ずっと後年のことである。そんな生い立ちの後、アメリカは19世紀を通して経済大国化し、二度の大戦で世界に関わらざるを得なくなるが、基本はモンロー宣言のまま、トランプじゃなくても「アメリカ・ファースト」で、子ブッシュじゃなくても「単独行動主義」で、国際社会に関与するときには「理念」や「大義」を掲げて十字軍的に介入する(朝鮮戦争、ベトナム戦争だけでなく、湾岸戦争、イラク・アフガン戦争も)、我が儘でお節介な「理念の国」である。そして国際社会のあり方として、現実的な権力政治の一つの典型である勢力均衡ではなく、国際連盟や国際連合といった共同体、すなわち力の均衡ではなく力の共同体を構想したほどである。そのアメリカの歴史から見れば、キッシンジャー(あるいはニクソン政権)やセオドア・ルーズベルトのようなリアリズムは例外に属すると言ってよい。それでもアメリカは多様な国であって、ウォルター・ラッセル・ミード教授が活写したように、アメリカ外交は、孤立主義だけでなく国際主義(介入主義)という両極端の間を、また理想主義だけでなく現実主義という両極端の間を、振り子のように揺れ動くという、多様性あるいはバランス感覚を持った国である。
 これら二つの記事①②の前に、日経は「バイデン氏、独ロに歩み寄り」と題して、ノルドストリーム2への制裁見送りを伝える記事③を伝えた。(トランプ氏が散々関係を悪化させたメルケルさんの)ドイツもさることながら、(プーチン氏のことを、記者の質問に促されたとは言え「殺人者」と呼び、サイバー攻撃を非難し続ける)ロシアとの関係がどうなるのか、気になるところだ。この記事で「キッシンジャー」の名前は出て来なかったが、かつてのキッシンジャー氏の中国接近になぞらえて、今、アメリカのロシア接近はあり得ないものかと、つい妄想してしまった。
 勿論、細谷教授がご指摘されるように、これまで50年間続いた中国への関与というキッシンジャー路線のように、イデオロギーに囚われないリアリズムは、昨今、世間ウケはしまい。その意味で、米露接近などもってのほかと受け止められるに違いない。かつての冷戦時代に遡る旧・ソ連の悪しき記憶が残るだけでなく、その後も民主化を期待されながら権威主義を強めてきたプーチン体制に対する反発は、クリミア併合やサイバー攻撃を通した大統領選挙介入などを持ち出すまでもなく、根強いだろうからだ。しかし、イデオロギー的に受け入れ難いとは言え、対中包囲網を形成する上で、西側諸国の結束と並んで、米露接近ほど有効な策はないのもまた事実である。中国への関与という旧・キッシンジャー路線を外れて、ロシアへの接近・取り込みという新たな“キッシンジャー的”路線・・・とは言っても、かつての米中接近ほどの鮮やかさまでは行かないにしても、ロシアに対して中国から一定の距離を置かせるような、新たなロシアとの関係を実現出来ないものかどうか、ちょっと期待してしまう。
 バイデン大統領は、(記事③によれば)今なお習近平氏との対面での会談を提案していない中で、G7サミットに続いて、6月16日にジュネーブで米露首脳会談を予定している。そこでは、米露関係をどのように「管理」するかがテーマになると伝えられる。これに先立って、楊潔篪氏がロシアを訪問するというのもまた中国の反応として面白いところだ。果たして優柔不断なバイデン大統領は、G7の(期待される)結束を盾に、米露首脳会談でプーチン氏にどこまで迫れるのか、結果として米・中・露でどのような三角形が描かれることになるのか、注目される。

①「キッシンジャー路線との決別 オバマ広島訪問から5年」(2021年5月27日付、日経Angle) 
  https://www.nikkei.com/article/DGXZQOUA249XB0U1A520C2000000/
②「キッシンジャーが創った時代の黄昏」(2021年5月28日付、日経COMEMO)
  https://comemo.nikkei.com/n/na8eb75327568
③「バイデン氏、独ロに歩み寄り ガス管計画を容認」(2021年5月26日付、日本経済新聞)
  https://www.nikkei.com/article/DGXZQOGN2605R0W1A520C2000000/
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山縣亮太・悲願の9秒95

2021-06-09 00:33:18 | スポーツ・芸能好き
 週末は、体操の内村航平選手がオリンピック代表に内定したり、全米女子オープンで笹生優花選手が優勝したりと、スポーツ・ニュースに湧いたが、へなちょこ高校陸上部出身の私としては、敢えて山縣亮太選手が100m9秒95の日本新記録を叩き出したことを取り上げたい。日本男子で9秒台は4人目となり、もはや驚くことではなくなったが、これまでの彼を振り返ると感慨もひとしおで、健闘を称えたい。
 かつて山縣選手は桐生祥秀選手と並び9秒台に最も近い男と言われた。実際に10秒00を二度出している(2017年の全日本実業団(追い風0.2m)と2018年のアジア大会(追い風0.8m))。中でもアジア大会では9秒997だったが、1000分の1秒を切り上げるルールに従い、記録上は10秒00になってしまった。どうもどの大会でも風や天候などのコンディションに恵まれなかった。ここ2年はケガに苦しみ、この冬には膝を痛めた。本人も、肉離れなら待てば治るが、膝は治っても同じ動きをしたらまたやる(けがをする)と、もう続けられないかもと諦めかけたこともあったようだ。そこで、セルフコーチングを諦め、高野大樹コーチの指導を仰いだ(といったあたりは、マスターズで優勝した松山英樹選手のケースに似ている)。そして、明後日には29歳の誕生日を迎える。年齢的にも、もう難しいかもしれないと、外野の私は早々に諦めかけていたのだが(苦笑)、4月末に彼の地元・広島で行われた織田記念国際陸上・男子100mで優勝するのを、たまたまテレビで見て、大舞台にはめっぽう強い彼のこと、オリンピックイヤーの今年は何かやってくれるかも知れないと、密かに期待したのだった。
 今回は珍しく好条件が揃ったようだ。日本海に近い布勢陸上競技場は地理的に追い風が吹きやすく、公認記録(追い風2.0m以内)が出にくい(その対策として防風フェンスが設置されている)。予選では、他の組が2.6mの追い風参考記録にとどまったが、彼の組だけは追い風1.7mで、10秒01を出し、オリンピック参加標準記録を突破した。これで肩の荷がおりたことだろう。決勝は追い風2.0mジャストで、文字通り追い風になった。また、国内ではこの布勢と新国立競技場のトラックだけに、オリンピックなどの国際大会で使われる最高品質の素材「スーパーエックス」が使われていて、反発力が高いのが特徴だそうだ。さらに、レース前半、先行する隣のレーンの多田修平選手を追いかける展開は、桐生選手が日本人初の9秒台を出したときと同じだった。陸上の女神が微笑んでくれたのだろう。
 今月末(6/24~27)に行われる東京オリンピックの日本代表選考会・日本選手権で3位以内に入ると晴れて代表となる。大舞台に強い彼の活躍に期待したい。
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台湾への恩返し

2021-06-05 10:46:34 | 時事放談
 台湾の要請を受けて日本が無償提供することを決めていた英アストラゼネカ製ワクチン124万回分が昨日の午後、無事、台湾・桃園国際空港に到着した。日本の関与が報道されるようになって僅か一週間でのスピード決着は見事だったが、漏れ伝わる範囲ながらその経緯を辿るとなかなか興味深い。
 台湾は、新型コロナ禍への対応で優等生と絶賛されるように、感染が広がらない安心感があって台湾人の多くはワクチン接種を望まず、夏には国内製造が始まることもあり、台湾政府もワクチン調達を急いでいなかったと言われる。ところが5月に入って俄かに感染が拡大し、ワクチン調達に動き出すも、中国の妨害があって難航していると、蔡英文総統が不快感を示したことを共同通信が伝えたのは、先月26日のことだった。
 翌27~28日にかけて、日本政府によるワクチン提供案が浮上しているとの報道があったのは、世論の反応をみる観測気球だったようだ。当の日本ですらワクチン接種が進まず、世間では東京オリパラ開催への反対の声が高まる折から、いくら接種後に血栓が生じる事例が僅かながらも報告されて当面は公的接種の対象外とするアストラゼネカ製ワクチンであっても、国民世論がどう受け止めるかは懸念されたようだ。また、日本で余っているからと台湾に融通するのを、台湾が素直に受け取れるかと疑問視する否定的な報道も見られたが、台湾ではアストラゼネカ製ワクチンが他社製に先駆けて承認されていた。結局、茂木外相が3日に台湾へのワクチン提供を発表した際、「台湾は東日本大震災の際、いちはやく義援金を送ってくれた。困ったときは助け合うことが必要だ」と強調したことに表れるように、世論は冷静に好意的に受け止めた。これには、中国がワクチン提供を申し出たのを、台湾が「中国のワクチンは怖くて使えない」などと拒否したことが報じられていたことも大いに影響していそうだ。
 面白くないのは中国である。5月31日の記者会見では、「我々は台湾の同胞のために(ワクチン提供などで)最善を尽くす意思を繰り返し表明してきた。だが(台湾与党の)民主進歩党が善意を踏みにじり、中国から台湾へのワクチン輸入を妨害している」と恨みつらみを述べ、日本に対しても、「新型コロナ対策を政治的なショーに利用しており、中国への内政干渉に断固反対する」などと批判して牽制した。ワクチン外交を進める中国には言われたくないのだが・・・。
 その間、安倍さん(前首相)の意向が強く働いていたことを産経が伝えた(*)。台湾とは正式の外交関係にないし、中国が反発するであろうことは明らかなだけに、まさに政治判断である。この産経の記事にも、外務省は当初、COVAX(コバックス)を通じた提供を検討したが、台湾側からは「数量はともかく、スピード重視で対応してもらいたい」との意向が伝えられており、安倍さんらから「それでは時間がかかりすぎる」との声が上がったとある。まさに政治判断である。
 その際、ポイントとなるのは、アメリカと連携し、日本が発表するのと同時に、アメリカも台湾などアジアに700万回分を提供すると発表したことであろう(但し、COVAXを通じてのためか時期は6月末となる見込み)。中国の神経を逆撫でするようなことは、単独でやるよりは他国と協調して衝撃を分散するのがよい。最近、中国の人権侵害の疑いに対して欧米諸国が制裁で足並みを揃える、あれである。
 台湾が昨日時点で確保できたワクチンは累計で約210万回分にとどまり、全人口(2360万人)の一割に満たない。そのため日本は今後も複数回にわたり台湾にワクチン提供するとみられているが、もはや遠慮することなく、粛々と進めるであろう。以前、日米首脳会談に関するブログで、日本は米中対立の時代に是々非々で(旗幟鮮明に)対応していくことになるだろうと書いたが、着々と日本の外交を進めているようである。

(*)「ワクチンの台湾提供、安倍前首相ら動く 中国妨害警戒 日米台が水面下で調整」(6月3日付、産経新聞)
   https://www.sankei.com/article/20210603-DGRVHC3KZZKGLAFS6RSYO3ULMU/
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