風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

参院選(1)政局やぶにらみ

2013-06-28 22:31:47 | 時事放談
 一昨日の参議院本会議は、電気事業法改正案(発送電分離に向けた電気システム改革を進める)、生活保護法改正案(不正受給を防ぐ)、海賊対策法案などの重要法案を採決することなく会期切れになりました。その理由は、安倍首相に対する問責決議案が先行して採決され、野党の賛成多数で可決されたため、問責後は政府提出法案の審議はしないとの慣例に従ったものだそうです(以上、昨日の日経・社説から)。この社説のタイトルは「こんな体たらくの参院ならいらない」というもので、道理で、一昨日の夜のニュースで、安倍首相が「ねじれを解消しなければならない」と力説していたわけです。しかし、重要法案だからと言って問責に反対すれば政権を信任したことになるから賛成に回った民主党も民主党なら、法案廃案の可能性もでてくる問責決議案の先行採決を容認してしまった自民党も自民党です。まるで民主党に踏み絵を迫ったようで、なんとなく後味が悪い。
 さりながら、民主党でしょう。二大政党制の夢はあっけなく潰えてしまいました。昨年暮れの衆院選で大敗したのに続いて先週の東京都議選でも惨敗し、今はもう見る影もありません。党首(投手)の海江田さんは、先発(ハトポッポおじさん)と中継ぎ二人(ヒステリック菅さんと、どぜうの“のだ”さん)が次々に打ち込まれた挙句、仕方なしに登板させられ、盛り返そうといった覇気はまるで感じられず、どう見ても敗戦処理の投手にしか見えないしょぼくれた姿は、民主党の退潮を象徴するようで、なんだか気の毒ですらあります。結局、民主党政権の三年間は何だったのかと言うと、国家観と歴史観のない政党に政治は任せられないという、ごく当たり前の教訓を、わざわざ学ぶために回り道した時間だったと言えます。その間、国民は、自民党にお灸をすえるという軽い気持ち(に私には見えました)で、かりそめにも民主党を政権与党として選択したばかりに、日米安保体制を戦後最大の危機に陥れ、東アジアの勢力バランスを崩して、中国や韓国やロシアの好き放題にさせた結果、日本の安全保障を著しく貶め、国力の低下を招くという、手痛いしっぺ返しを食らったのでした。
 それにしても、当時の民主党のリーダーだった人たちの不見識ぶりと言ったらありません。リリーフとして登板しながら、東日本大震災という戦後最大の国難をうまく処理できず総理の座を降ろされて、東北の人々に寄り添うのかと思ったら、さっさと四国霊場八十八ヶ所巡りに旅だって、似非市民運動家面を晒し、「結局、国民や被災者よりも、自分探しの旅の方が大切なのだろう」(阿比留瑠比氏)と蔑まれた菅さんがかわいく見えるくらい(因みに彼は5月に開催された民主党の「公開大反省会」では、驚くなかれ「私は自分のことを割と常識人だと思っている」と語り、他の面々も含め、官僚批判、自民党批判、自己弁護ばかりが目立ったようです)、先発登板した鳩山さんのその後の宇宙人ぶりは際立っています。昨年4月に突然イランを訪問した際、国際原子力機関(IAEA)のことを「ダブルスタンダードを適用して不公平」と語ったことがイラン側に発表されたのは記憶に新しい。次いで、この1月に国会内で講演した際、「私(が首相)のときは、日中、日韓の間で領土問題は起きなかった。私が辞めた直後から起き始めたことは大変残念だ」とぬけぬけと述べ、ほどなく中国当局の招きで個人の資格で訪中し、中国側の要人と会談した際、「尖閣諸島は係争地」と政府見解と反対のことを表明しました。数日前にも、香港・フェニックステレビの取材に応じた際、尖閣諸島をめぐる歴史的経緯に言及し、「中国側から『日本が盗んだ』と思われても仕方がない」と述べて、その発言は同日中に中国内外に向けて報道されてしまいましたし、その後、中国を訪問し、清華大主催の世界平和フォーラムで講演した際には、「領土問題に関してはそれぞれの国の言い分がある。中国側としては当然、カイロ宣言(の中の日本が盗んだ島)に入ると考えることはあるだろう」などと、あろうことか中国政府にあらためて理解を示したほか、訪問先の北京では記者団に対し、尖閣問題に関し「40年前に棚上げすると(日中両国で)決めたのだから、メディアも理解しないといけない」と述べ、棚上げの合意があったとの認識を示すなど、元首相という重みをどこまで理解しているのか、ことごとく「売国奴」と罵られても仕方ない発言を繰り返し、世間の顰蹙を買ったのでした。
 「日本人として知っておきたい近代史」(中西輝政著)を読むと、長い太平の眠りから覚めて、いきなり帝国主義の峻烈な世界に引き摺りだされ、不平等条約を余儀なくされた日本が、万国と対峙して真の独立を勝ち取るべく、天皇を中心とした世界に恥じない近代立憲国家を実現するために、私心を捨てて奔走した伊藤博文や桂太郎の雄姿が活写されています。勿論、当時にあっても藩閥政治に安住しようとする一大抵抗勢力がありましたが、それを上回る青雲の志と情熱が、日本を五大国へと押し上げたのでした。その当時の人々の目に、今の政治のなんと退廃したと映ることでしょう。そんな政治家を選ぶ国民の責任も大きい。明治という時代の国づくりの精神に、我々は今こそ学ぶべきではないでしょうか。
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サザンオールスターズ

2013-06-26 01:33:30 | スポーツ・芸能好き
 35年前の今日、6月25日のデビューだそうです。そしてデビュー35周年の今日、5年の活動休止期間を経て復活することを発表しました。
 同じタイトルで別のブログに書いたはず・・・と思って探してみると、まさに5年前、当時、私はシドニーにいて、北京オリンピックの閉幕式たけなわの頃、横浜では、サザンオールスターズがデビュー30周年記念公演を行っていたという報道を目にしたこと、また、翌年から無期限に活動休止することを発表したことにも触れていました。私の世代にとって、サザンはユーミンと並ぶ音楽界の二大アイコンであり、桑田佳祐(もはやブランドとして敢えて呼び捨てにします)について、その時のブログで次のように説明していました。
(前略)彼の天才は、作曲の素晴らしさもさることながら、魅力的な自らのハスキー・ボイスを、歌声ではなく、音として捉えたことでしょうか。(中略)パワフルでやんちゃで、でも根底はとても繊細で、エロチックでしなやかで、粋な不良中年ぶりは、いつまでも変わりません。(後略) http://blog.goo.ne.jp/sydneywind/e/f62f2d9ef725e0ce9e535f1f4d617ccd
 35年前、たまたま見ていた「ザ・ベストテン」の「今週のスポットライト」にランニングシャツとジョギングパンツで登場した時の衝撃は忘れられません。当時、大阪にいて、関東のことには疎い私の青山学院大学に対するイメージがそれでほぼ固まってしまいました(笑)。9ヶ月後の翌年3月25日、三枚目のシングル「いとしのエリー」で不動の地位を築いたことはよく知られる通りです。そして、当時、陸上部だった私は、修学旅行のとき、(今もって経緯は謎に包まれていますが)軽音の友人の誘いに応じてコンビを組み、彼の演奏で「酒と泪と男と女」と「帰らざる日々」と「いとしのエリー」を歌って、クラスの芸能大賞を獲得したのでした(なんだか時代を感じるなあ)。
 私たちは、人生の多感な頃に聞いた音楽に、一生引き摺られます。数年前、銀座にゴーゴー喫茶が復活した時に集まったのは、昭和40年頃に青春時代を過ごしたおじさん・おばさんたちでした。私の世代は、車を持つことがステータスであり、ドライブする時には決まってユーミンやサザンや聖子ちゃんが流れていて、当時の様々な出来事は、その時々に流行った音楽と結びついて記憶されています。共に歳を重ねつつ、新たな音楽を模索するサザンオールスターズの復活は、なんとなく嬉しい。
 余談ですが、聖子ちゃんは、昨年夏、米ジャズ界の大御所ボブ・ジェームス率いる4人組ユニット「フォープレイ」の最新アルバム「エスプリ・ドゥ・フォー」にゲストボーカルとして参加することが明らかになり、学生時代にボブ・ジェームスをよく聴いた私としては、夢の共演にひとしきり感動したものでした。聖子ちゃんが歌う「プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー」は、ボブ・ジェームスがその前年9月に岩手で行われた「いわてジャズフェスティヴァル」に出演するにあたり、被災地のミュージシャンと共演するために書き下ろした曲で、日本にもファンが多いボブ・ジェームスは、東北への継続的な支援を行うため、復興チャリティー曲として日本人歌手による「プット・アワ・ハーツ・トゥゲザー」のボーカル・バージョンを制作し、聖子ちゃんを指名したもののようです。彼女のアンチ・エイジングはやや不気味ではありますが、彼女の活躍もまた、なんとなく嬉しい。
 もう一つ余談ですが、ほんの数日前、歌姫・中森明菜の復帰が実現しないウラ事情、というタイトルでメンズサイゾーが解説していました。明菜自身は復帰に意欲を見せているそうですが、現在の恋人でもあるマネジャーが反対している話とともに、かつてマッチとの交際を巡ってジャニーズ事務所に潰されたこと、そのため重度のうつ病に陥っていた過去が、切々と綴られていました。ニューミュージックの二大巨頭がサザンとユーミンなら、歌謡界の二大巨頭は聖子ちゃんと明菜であり、伸びやかな歌声で多くのファンを魅了した明菜の末路がなんとも痛ましい。
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富士山

2013-06-24 22:46:35 | 日々の生活
 週末、富士山が世界文化遺産に登録されることが決定しました。なるほど、自然遺産としての要件には欠けるのかも知れないと、今さらながら思いますが、女人禁制が解禁されたのは僅か明治5年だったというように、古くから山岳「信仰の対象」であり、西洋芸術に多大な影響を与えた北斎の「冨嶽三十六景」などの浮世絵をはじめ多くの絵画や小説に描かれて日本人に親しまれてきた「芸術の源泉」でもあり、文化遺産に相応しいことには誰も異論はないでしょう。そのように見るならば、物理的な距離は大した問題にならないはずであり、実際に、ユネスコの諮問機関から除外することを求められていた三保松原も含まれたとのことで、先ずはおめでたい限りです。この点に関し、日本側はやきもきしましたが、先ずはドイツが「三保松原は最も優れた富士山の景観地だ。含めるべき明確な価値がある」と除外反対を明言し、マレーシアも「砂浜と松林も富士山の一部であり、無形の文化的な価値を持つ。富士山との距離は関係ない」と主張(産経新聞)するなど掩護射撃してくれ、日本人の価値観を支持してくれたのが嬉しいですね。
 大阪から京都に入って更に中央高速か東名で富士山を経由し東京に至るというように、既に海外からのツアーにしっかり組み込まれているメジャーな富士山に、世界遺産という箔がついて、どう変わるか知りませんが、地元では経済効果に期待し、地元自治体は、これまで国内で世界遺産登録された地域で観光客が増加し交通渋滞や環境破壊など“負の遺産”をもたらしたことから、環境保護や安全対策に追われ、入山料徴収を検討し始めています。しかし、経済効果にせよ、環境保護や安全対策のための入山料徴収にせよ、世界遺産の力を借りなければ出来なかったとすれば、ちょっと情けない話ではあります。
 富士山を初めて見たのはいつのことだったろうかと考えます。恐らく大学受験か学生時代に一度上京した新幹線の中から見たのが初めてだったはずですが、その時の富士山は記憶にありません。関西人にとって、富士山は必ずしも身近なものではありません。そんな私が、東京で就職し、一時期、湘南海岸の辻堂に住んでいたことがあり、富士山の美しい稜線を眺められることから、毎週末、夕日に向かって海岸線をジョギングするようになって、いつの間にか富士山が身近な存在になりましたが、それでもかけがえのない美しさに気づいたわけではありません。本当の意味で「日本一の山」の美しさに目覚めたのは、海外駐在していた頃、一時帰国する機内からたまたま眺めた、雲海から顔を出す富士山だったように思います。日本を離れて、却って日本の美しさや素晴らしさに気が付く、あれです。
 太宰治は「富嶽百景」で「富士には、月見草がよく似合う」と言ったそうです。決して派手さはなくとも、日本人の心を捉えて離さない、世界遺産になろうがなるまいが、「日本一の山」の面目とは言えないでしょうか。
 上の写真は、清里から見た富士山。
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辛坊さんの挑戦

2013-06-22 11:41:28 | 日々の生活
 ヨットで太平洋横断中だったニュースキャスター辛坊治郎さんと全盲のヨットマン岩本光弘さんが、昨日、海上自衛隊の救難飛行艇US2(武器輸出三原則等の運用緩和でインドに輸出されようとしているもの?ですね)によって無事救助されました。辛坊さんの挑戦については、いつかこのブログでも取り上げようと思っていましたが、今月8日に大阪・北港のヨットハーバーを出港し、さらに16日にいわき市の小名浜港を出港して大洋に漕ぎ?出してから、僅か5日間のあっけない幕切れでした。
 辛坊さんは、土曜朝の「ウェークアップ」でお馴染み、ソフトな語り口ながらも、しっかりとした主張をもって言いたいことは言う芯の強さに、また、主張そのものも、やや保守的で浮ついたところのない正義派ぶりに、好感をもっておりました。この歳(御年57)になって、ちょっと思いつきのような無謀とも思える挙に出たことには、実は私も共感をもって見守っておりました。
 そもそも視覚障害者が健常者(目の見える人ということで正確には「晴眼者」と言うそうです)と一緒にヨットを操る「ブラインドセーリング」なるスポーツを初めて知りましたが(1980年代後半にニュージーランドで生まれ、92年から世界選手権が開かれているそうです)、ハンディのある人を助けたい、あるいはハンディのあるなしに関わりなく誰かのためにすることへの思い入れは、人生50年を過ぎると自然に芽生えて来る感情です。それが挑戦し甲斐のある困難なことへの挑戦であるだけに、しかも太平洋横断という、海のロマンを想起させ、大自然の懐に抱かれる心地よさがあり、さらに今回のように全盲の方と健常者のペアが太平洋横断に挑戦するのは「世界で初めて」という、その言葉の響きには限りない男のロマンすら感じさせます。こうした私の身勝手な想像がそれほど独りよがりでもないことは、辛坊さんが、3月の記者会見で、「人生はイベント。今回の主役はヒロ(岩本)さんで、ぼくは海の盲導犬として、機器を直すのが仕事」と話していたことからも分かります。そして、この企画のため人間ドックをしたところ、十二指腸がんが見つかって、昨年12月に摘出手術を受けていたという話も、中年のおじさんが夢に挑むドラマを少し盛り上げました。
 聞くところにによると、岩本さんは、2006年の世界選手権に日本代表として参加し、現在はヨット競技が盛んな米サンディエゴ在住で、鍼灸師をしながら多くの過酷なレースを経験しているベテランだそうですし、辛坊さんも全くの素人ではなく、大学在学中からヨットに親しんでいたそうです。そんな二人の挫折はさぞ無念だったろうと、察するに余りありますが、そのあたりの感情を押し殺して、救命ボートに逃れて10時間余り、「二人で体を寄せていたが、体温が下がって、明日までもつかどうか、わからなかった」「二人の命を救うため、海上自衛隊の方が命を懸けて助けに来てくれた」「本当にご迷惑をおかけしました。救助していただいて心から感謝している」と声を詰まらせ、「結果的にこうなった以上、問題はたくさんあった。無謀と言われれば無謀。これだけ多くの人に迷惑かけて、再チャレンジとは口が裂けても言えない」と厳しい表情を見せ、いつもの明るい辛坊さんはすっかり影をひそめ、肩を落としてしょげた姿が涙を誘いました。「救助にたくさんの人手や税金を使うことになり・・・」と反省したり、「普通のパイロットだったら、あの海には降りない。(テレビの映像では、「こんなことを言っては・・・」と断りつつ)僕は本当にすばらしい国に生まれたと思った」と語ったりするなど、辛坊さんらしさも出たところには、ちょっとホッとしました(発言は産経新聞や朝日新聞などより。但し順不同)。
 使用されたヨットは、2008年暮れに間寛平さんがアースマラソンに挑戦した時にも使用した「エオラス号」だそうで、どうやら海の藻屑と消えたようですが、辛坊さんの夢まで海の藻屑と消すことはないことを祈ります。
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エネルギー消費の話

2013-06-17 02:23:58 | 日々の生活
 先日、近所の大学が実施する市民公開講座なるものに顔を出してみました。所謂、大学の社会貢献活動、地元に開かれた大学の実践で、結構なことですが、若い人の姿はまばらで、おじいちゃん、おばあちゃんで賑わっていました。なんとなく今の日本を象徴するようですが、町そのものの年齢構成(昔からある古い町であること)も影響しているでしょうし、年齢による関心の違い(若い人は子育てや未来のパートナー探しなど生活に直結することの方が大事)もあるでしょう。それはともかくとして、その日は、エネルギー消費に関する面白い見方がありました。
 一般的な成人の摂取カロリーの目安は、だいたい1800~2200キロ・カロリー前後、平均2000 キロ・カロリーとして、エネルギー量に換算すると、約8000キロ・ジュール、これで一日の日本のエネルギー消費量を割って、人の労働に置き換えると、実に50億人が日本列島で働いている計算になるそうです。教授は、いわば日本人一人ひとりが39人もの奴隷を雇っていることになるという譬え方をされましたが、なるほどユニークな形容です。これをどう見るか。
 ひとつは、工場を動かし、昼夜を問わず輸送用の飛行機・船・電車・車を走らせ、夏でも冬でも快適な室温を保ち、夜でも明るく照らし、風呂を沸かし・・・現代文明という名の豊かさを実現するためには、これだけの労力を要することに驚かされます。原発反対派の人や自然環境に優しい生活を求める人だけでなくとも、もう少し文明の進歩のペースを緩めてもよいのではないかと思うでしょう。あらためて考えさせられる数字です。
 誰もが楽をしたい、豊かな生活を送りたい、そんな時、他人より財力のある人は、かつては他人より多くの奴隷を雇い、現代では他人より数多の家電製品や家具や高級車を所有し、場合によっては自家用機で移動し、多くの家と土地を管理するわけで、文明社会が技術革新によって支えられていることはもとより明らかです、人類の歴史において、奴隷解放したのは、人類が賢くなったからではなくて、技術革新によって、人力による単純作業を機械に置き換えた結果に過ぎないとも言えます。それでもなお置き換えられない労働が多数残っています。そこには一つの仕掛けがあって、近代国民国家という仕組みが、税金を徴収することに代えて、かつて奴隷が提供した労力を、国家(あるいは地方公共団体)が人々を組織化することによって、公共サービスという形で提供し、最低限の生活水準を確保している(それ以上の生活水準を企業社会が財と引き換えにサービスとして提供する)側面が浮かび上がります。
 ・・・と、ここまでは古代ギリシャやローマ、さらに近代になってスペインやポルトガルやイギリスが中南米や北米大陸で行った植民地経営を念頭に想像を巡らせましたがが、実は日本では奴隷制自体がどうも古代から存在していなかったと考えられます。その違いには、民族的優劣意識や侵略性が関係しそうに思います。
 一週間くらい前のブログで、慰安婦問題は、女性の人権問題へと収斂し、極端な議論ですが、アメリカにはかつて奴隷制があって、その当時はそれで仕方なかった、などとは今や言えない状況にあるのと、似たような状況にあるらしいことを書きましたが、そこには、絶対的な人権意識の陰に、欧米の歴史に潜むこうした民族的優劣意識や侵略性を抹殺せんとする、宗教的な原罪意識と、勝者の歴史の驕りが、見え隠れします。橋下さんが「戦場の性」を日本だけではない普遍的なものと主張しようとしたのは、テーマ自体が白日の下で議論するに相応しくないという問題はあるものの、欧米人の人権意識を慮り自制しようとするのは、恥ずべき歴史的事実を隠蔽しようとする歴史の勝者におもねる胡散臭さを感じてしまいます。
(参考)http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130611
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カニ三昧

2013-06-13 21:38:09 | グルメとして
 人を食ったような季節外れのタイトルですが、食ったのはカニです。まさに季節を問わずカニで腹一杯にさせると豪語する居酒屋が会社の近所にあって、海外駐在が決まった知人を送り出す宴で、その店に行きました。
 もとより美味しいものを食べようとして訪れたわけではありませんので、いつもなら無言で無心で身をこさぐカニ料理で、こんなに身は取り易かったっけ・・・っと驚くほど身が痩せて殻から離れていようが、大した問題ではありません。とにかく送り出す知人を囲んで楽しく飲めたので、さほどの不満はありません。ただ一つだけ、美味いか美味くないか、本物の味をわきまえておくことは、特に子供たちの長い人生にとって、無駄ではなかろう(むしろ早いうちに学んでおくべきだろう)と思いました。
 私にとって、本物のカニとの出会いは、大学の卒業旅行に遡ります。卒業旅行で海外に出る学生が出始めていた当時、金がない私たち仲が良い四人組は、レンタカーを借りて、試験が終わった2月末、京都から日本海沿いを鳥取砂丘や今年が旬の出雲大社や温泉街が点在する雪深い山陰路を、のんびり巡ったのでした。。
 そんな時間が止まったような贅沢な旅の道すがら、京都のある温泉宿は、カニ尽くしで出迎えてくれました。折しもカニは旬。中でも一番印象に残る美味は、食べ終えたカニの甲羅を盃に見立て、日本酒を注いで火鉢で炙って飲んだもので、カニ尽くしの満腹感とも相俟って、至福のひとときを堪能したものでした。
 何も目利きや味利きになれとまでは言いません。ただ、親心として、最後に子供たちに仕込むのは、本物はこういうものだという相場観でしょうか。食もそう。絵や、焼き物もそう。吉野家の牛丼は美味いし、リンガーハットの長崎ちゃんぽんも美味い。しかし、懐石料理のえも言われぬ繊細さは、値段並みに別世界の経験と言わなければなりません。北斎の青や、ミュシャのパステルカラーは、写真集で見るのっぺりとした青のインクや印刷のパステルカラーとは見違えるほど、鮮やかで深くて淡くて美しくて、作者の息づかいが聞こえて来そうです。若い頃にこそ、こうした本物を知り、人生にわたって、本物を味わって欲しいと、もはや人生の大半を過ぎた私はそれが出来なかったことを悔やみつつ、思います。
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泥仕合で評価を下げること

2013-06-12 00:15:07 | 時事放談
 昨日のブログは中途半端な終わり方でしたが、それは、正当に(保守派の方々が発表した米国紙での意見広告や、橋下氏の失言のように)歴史的事実を主張しても、もはや世論はなびかない・・・と言うときの「世論」は、果たして真の意味で世論(国際世論またはアメリカ世論)と言って良いのかどうか、それとも単に中国や韓国に影響を受けたメディアの意見なのか、よくよく検証する必要があると思ったからです。勿論、東郷和彦さんは、メディアの報道を拾うだけではなく、世論の一部であるアメリカ人の知人のナマの声にも耳を傾けた上で、元・外交官らしく誠実に対処することを勧められるわけですが、ここで世論の一部と言ったのは、もしかしたら本当にごく一部であって、東郷さんのお友達であれば有識者に違いなく、その方はメディア報道にも明るくて、ある意味でメディアの影響を多分に受けている、一種のインナーサークルと言えなくもないと想像されるわけです。そしてアメリカのメディアはユダヤ人に支配され、さらに中国や韓国の策略により、それこそ慰安婦問題がホロコーストと同列に、むしろ一緒くたに人権問題として極めて雑に理解されて、非難の声を強めている可能性だって否定できないわけです。それが果たして国際世論(またはアメリカ世論)と言えるのかどうか。
 実は、一般市民のレベルで中国は評判を落としているというデータがあります。
 産経新聞が報じたところによると、英BBCが世界25カ国、約2万6千人を対象にしたアンケート(昨年12月~今年4月実施)で、中国は前年の5位から9位に低下し、否定的評価は39%と、肯定的評価(42%)にほぼ並び、過去8年で最悪となったそうです。そして、それは海洋覇権拡大の動きが近隣諸国の反発を強めると同時に、貿易摩擦などで欧米諸国でのイメージも急速に悪化しているためだと分析しています(産経新聞6月10日)。中国の国際情報紙「参考消息(5日付)」も、中面1ページを割いてBBC調査内容を詳しく報じ、「中国の国際イメージはなぜ落ち込んだか」について解説を試みているそうです。
 面白いのは、中国に対して否定的なのはフランス(68%)、ドイツ(67%)、スペイン(同)、米国(同)など欧米諸国で、領土・領海摩擦が激化している日本(64%)や韓国(61%)を上回っているのだそうです。根本には、太平洋戦争と同じでアジア人蔑視の白人感情がありそうですが、欧米各国の中国に対する否定的評価が、僅か1年で2割前後も増えていると言いますから、そうとばかりとは言えないでしょう。先の中国紙は、経済不振の欧米先進国で、(急成長する)中国へのイメージが悪化するのは何ら不思議ではないと強がっているそうですが、これまで肯定的評価が7~8割の高さを誇っていたアフリカ諸国でも約10ポイント評価を落としたり、否定的評価を増やしたりしているところを見ると、経済力にモノを言わせた「自国本位」「自分勝手」な否定的イメージは、高まりこそすれ弱まることはなさそうです。
 このBBC調査で長年首位をキープしてきた日本もまた、首位をドイツに譲り渡し、4位に転落したそうです。肯定的評価は51%と、依然アジアではトップを維持していますが、昨年の中国・韓国との泥仕合でイメージ・ダウンしたであろうことは想像に難くありません。
 こうして見ると、中国・韓国は、大陸において度重なる侵略を受け、宣伝戦や情報戦の重要性が身に染みており、今、それを実践する・・・というように、国際社会とりわけ東アジアは油断も隙もあったものではないことが分かります。ところが日本は小さい島国の中に一つの大和民族が仲良く棲みなして来て、スタンドプレーを嫌い、助け合って、善意を信じて暮らしてきた国柄です。しかし、憲法前文に述べられているような諸国民への無邪気な信頼は仇となるだけであることは、三年間の民主党政権で、しかも、折悪しく、中国が経済的のみならず軍事的にも台頭する期間が重なる中で、誰の目にも明白となり、とりわけ2012年は、2010年の漁船衝突事件に続く外交敗北とでも呼べるような屈辱まで味わいました。無駄と知りつつも、中・韓の主張の根拠なき誤謬を正し、歴史的事実を訴えることが重要であるのは言うまでもありませんが、今後の日本の在り方として、中国・韓国と同じ土俵で戦うのではなく、彼らが足元にも及ばないような高度な次元で、それこそ産業界の技術力や、アニメをはじめとする文化的な発信力を含むソフトパワーで、中・韓のみならず世界を圧倒したいものだと、切に思います。
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史実を世界に発信すること

2013-06-11 00:56:36 | 時事放談
 カリフォルニア州グレンデール市が韓国人の要求を受け入れて慰安婦の碑を建てることを決めたそうで、これに反対する日本在住のドイツ系アメリカ人歴史家、マックス・フォン・シュラー・小林(元・在日米軍海兵隊、「日出処から 日米関係の哲学」代表講師)という方が、抗議の公開書簡を送ったそうです(4月3日付)。この話は、「史実を世界に発信する会」のサイトで知りました。
 このサイトは、兵頭二十八さんってどんな人?と思ってWikipediaを調べていて、たまたま発見したものです。保守派の論客が集まって、外務省がやるべきことをやらないからと、日本語の論文を地道に英語に翻訳して、史実を世界に向けて発信し、中・韓の誤った論説に対抗しようとされていて、その志は素晴らしい。
 さて、先のドイツ系アメリカ人歴史家の方の書簡(以下にURLを貼っておきます)を見ると、正論であり、かつて日本の保守派の方々がアメリカの名だたる新聞に意見広告したのと似ていて、さらには先日の橋下さんの発言とも似ていて、史実を質したい気持ちが伝わってきます。日本の行いだけが何故非難されるのか!?との理不尽な想いがあり、日本だけが例外じゃないと反論したくなるのは、なにも橋下さんだけではありません。
 しかし、こうした発想で国際世論(?アメリカ世論?)が動くような状況ではもはやないと主張される方もいます。慰安婦問題は、女性の人権問題へと昇華し、一つの象徴ともなっており、極端な議論ですが、アメリカにはかつて奴隷制があって、その当時はそれで仕方なかった、などとは今や言えない状況にあるのと、実は同じことなのだ・・・というようなことを、元・外交官の東郷和彦さんが言われていました。そんな歴史を現代から裁くような不遜を、堂々とやって恥じることがないのかと、私はつい思ってしまいますが、それがアメリカの極端なところなのでしょうか。このあたりの論考の当否は、もう少し調べてみたいと思います。

http://hassin.org/01/wp-content/uploads/Glendale.pdf
http://www.sdh-fact.com/CL02_3/27_S1.pdf
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橋下発言その後(下)

2013-06-08 17:01:11 | 時事放談
 橋下氏の発言を巡る騒動を見ていると、人は自分が聞きたいと思うことしか聞かないものだと思います。それは私自身もそうで、橋下発言で問題視された一つのテーマ、歴史認識と従軍慰安婦の問題に関連して、彼自身の発言そのものというよりマスコミの対応にむしろ疑義を呈しましたが(http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130521)、もう一つのテーマだった、在日米軍に風俗業活用を勧めた発言は、TPOを弁えない彼自身の不適切さに問題があり、彼自身も納得の上で撤回し謝罪したことで、私の関心の埒外に据え置かれておりました。ところが、ノンフィクションライターの降旗学さんは、決して手を緩めることなく、こちらの論点に関連して、ある雑誌で、アメリカ兵による犯罪、とりわけ多発する性犯罪を追及したかった橋下さんの問題意識を、どのメディアも、福島某などのフェミニスト政治家も、誰も真摯に受け止めることはなかったと批判しておられました。
 降旗さんによると、橋下さんがジェイムス・フリン司令官と面談した際、同席した下地幹郎前衆議院議員が週刊文春の取材に応えて、次のように語っているそうです。「橋下さんが、米兵による事件、事故が多く起こるのは問題だ。綱紀粛正はどうしているか、と問うと、司令官は、フィットネスとジョギングだと二回、小ばかにした感じで応えた。それで橋下さんは業を煮やして、風俗に行けばいいと発言したのです。」そして、この風俗活用発言は、日本側の出席者三十人全員で口外しないことを申しあわせていたそうですが、橋下さんは、そのオフレコの禁を破ってしまった、と維新の会関係者が匿名で証言しているそうです。
 戦場の性の問題はそれほど簡単ではないと思いますが、アメリカだって・・・と言うべきところ、口が滑ってしまったのは、橋下さんのサービス精神もさることながら、恐らく、面談のときの司令官の対応を快く思っていなかった記憶が拍車をかけた可能性があります。
 いずれにしても、降旗さんの問題提起は、私自身の自戒をこめて、この問題を過小評価すべきではありませんし、日本人みなが真剣に考えなければならないものだと思います。
 さて、こうした2つの問題発言、慰安婦問題と風俗活用発言について、橋下さんは、27日、日本外国特派員協会で記者会見に臨みました。アメリカのメディアは、後者について橋下さんが発言を撤回し謝罪したため、肯定的に受け止めたようで、そのせいか前者に対しても、AP通信はやや冷静に「日本だけを非難することで終わってはならない」との橋下氏の見解を紹介したそうですし、橋下氏が「慰安婦にはお詫びしなければならない」と言った点を捉えて、ニューズウィーク紙の記者は「恥と認め謝罪、反省すべきだとしたのは素晴らしい。米国にいい印象を与えたと思う」と評価したそうです(産経新聞による)。ところが、中国や韓国のメディアは、前者について、橋下さんは釈明しても発言撤回することはなかったため、非難轟々、と対照的な反応が見られたようです。ここでも、人は自分が聞きたいと思うことしか聞かないものだと思います。
 この記者会見に関して、ニューズウィーク日本版(6・11)は異例の状況を伝えています。「300人を超える記者が集まった。会見時間も異例の約2時間半に及んだが、異例だったのは会見の長さだけではない」として、「会場を後にした橋下を追った記者は、なぜか全体の半分だけ。日本人記者の多くは橋下ではなく、会場に残った外国人記者たちのコメントを取ろうと我先に争い、帰りのエレベーターに乗せるまいと必死の形相で食い下がった」そうです。そして日本人記者が外国人記者のコメントに拘った奇妙な行動を分析して、「彼らの読者や視聴者である日本人が抱える「不安感」を反映しているのかも知れない。慰安婦問題で外国が日本をどう見ているのか、そして日本は世界に向けてどう行動すればこの泥沼から抜け出せるのかさっぱり分からない、という感情だ」と述べています。
 私は、日本人が抱えているのは、「不安感」ではなく「戸惑い」ではないかと思います。何故、韓国は事実を直視することなく、ここまで慰安婦問題に拘り、世界に向かって喧伝するのか。何故、中国もまた事実を直視することなく、ここまで歴史認識問題に拘るのか。逆に日本人は、慰安婦問題にしても歴史認識にしても、特定の方(右派)を除けば、いずれどちらが正しいかは分かるとでも達観しているのか、拘りが無さ過ぎるのではないか。不当な訴えに対して、その場でいちいち反論しない曖昧な事勿れの態度を取り続けたからこそ、問題を大きくしてしまったのではないか。そして、その根底には、日本人が自信をもって語ることが出来る自身のための歴史認識が定まっていないことが挙げられます。前々回に続いて、もう一度言います。戦争の勝者だった米・英が裁いた極東軍事裁判やGHQの戦後統治は、たとえ茶番にしても敗者として受入れざるを得なかったのはやむを得ないとして、日本人自身の問題として、戦後65年以上もの間、戦争を、また国の基本法である憲法や歴史認識(あるいは歴史教育)を含めて、総括することなく曖昧に放置して来たことの罪は重いと言わざるを得ません。
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W杯一番乗り

2013-06-05 01:13:58 | スポーツ・芸能好き
 今宵、埼玉スタジアムで行われたオーストラリアとのアジア最終予選で、日本はドローに持ち込み、最終戦を残して、5大会連続5度目のW杯出場を決めました。W杯と言われれば俄かサッカーファンを自認する私としては、ちょっと遠慮がちに実況します。
 良い試合だったと思います。日本は、終始、優位に試合を進め、日本、オーストラリアともに、惜しいところまで行きながら、決定打に欠けました。もたついていたと言えなくもありません。試合が動いたのは、81分、オーストラリアのトミー・オアーに左からクロスを上げられると、ボールは無情にもあれよあれよと言う間にゴールに吸い込まれ、先制を許してしまいます。GK川島を責めるのは酷でしょう。彼は、今日、よく守りました。そして、半ば諦めかけていたロスタイムに、相手のハンドで絶好のPKを獲得し、最高の盛り上がりが訪れます。今日の本田は、故障明けで帰国したばかりのせいか、なんとなく動きに精彩を欠き、二度のFKは不発で、誰もが祈るような気持ちでPKを見守ったことでしょう。「結構、緊張していた。ど真ん中で、止められたらしようがない」というボールは、豪快にど真ん中へ。勿論、大舞台を何度も経験した彼の、高度な駆け引きの結果だと思いますが、見事なシュートでした。
 ホームでのW杯出場決定は日本サッカー史上初めてだそうです。さぞ埼玉スタジアムは盛り上がったことでしょう。まずは、最低限の義務を果たして、おめでとう!
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