風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

自民党惨敗

2024-10-30 01:00:58 | 時事放談

 此度の衆議院議員選挙は、下馬評通り、「政治とカネ」の問題で与党に逆風が吹き、2009年以来15年振りに過半数を割る結果となった。自民党支持層や無党派層が自民党に入れるのを躊躇う(つまりお灸を据える)という自民党の一人負けだった。小選挙区では立憲民主が票を拾ったが、政党支持という観点から比例代表の得票数を2021年の前回衆院選と比べると、自民党は実に533万票減らして1458万票に、維新が295万票減らして510万票に落ち込み、これら800万票の受け皿となったのは国民民主とれいわと新参者(参政と日本保守)で、それぞれ358万票増の617万票、159万票増の380万票、そして新参者が301万票獲得と圧倒的だった。他方、立憲民主は7万票増の1156万票にとどまっている。

 こうした状況は投票率からも裏付けられる。民主党が政権交代を実現した2009年には(小泉郵政解散67.51%を上回る)69.28%まで盛り上がったが、安倍政権下では50%台前半を低空飛行し、今回は前回55.93%を下回る53.85%と、戦後三番目に低調だった。野田佳彦氏は立憲民主代表に就任した時、「本来は自民支持だが(裏金事件に)失望した保守層の心をつかむことだ」と述べ、実際に小選挙区では政権批判票の受け皿になることに成功したが、前回の衆院選で日本共産党と(政権交代の暁には)「限定的な閣外からの協力」で合意した立憲民主という政党が期待されるはずもなく、投票率は盛り上がらなかったと言うべきだろう。

こうしてみると、民意は移ろい易いものだと思う。多くのメディアが「政治とカネの問題」ではなく「裏金問題」などとレッテルを貼り、立憲民主は「裏金隠し解散」だと攻撃して、政治不信が深まった。正確には政治資金の収支報告書不記載は透明性の問題であって裏金とは違うように思うが、見事に印象操作された。それにしても、そのような移ろい易い民意を自民党は汲み取ることなく、石破茂氏が言う通り自民党には「緩み」や「驕り」があった。投票直前に、非公認候補が代表を務める政党支部に2000万円が支給されたことが「しんぶん赤旗」にすっぱ抜かれると、野党から「また裏金か」とダメ押しのように批判され、石破氏は「法的には全く問題はない」と弁解したが、この期に及んで法律云々はない。もっと別の言い方があっただろう。1993年に政権交代が起こってから次の政権交代が起こった2009年まで16年、更に今年まで15年と、15年前後でタガが緩む、懲りない自民党である。

 同時に、民意は実によく出来たもので、侮れないものだとも思う。与党に過半数を許さなかったが、政権交代までは求めなかった。石破氏は、安倍元首相が好んで使ったフレーズを引用して、「『悪夢のような民主党政権』と言うが、あのときほど野党で申し訳ないと思ったことはない」、「『あんな人たち』にこの国を任せるわけにはいかない」などと街頭演説で野党批判したのは、単に危機感のあらわれであって、印象操作の効果があったかどうか・・・。

 国民民主の躍進が際立つが、所詮はどこかに入れなければならないときに消去法で残っただけという冷めた見方がある。その通りだろう。しかし国民民主は、自公と立憲民主との間で、キャスティング・ボートを握る立場に至った。玉木雄一郎代表は、自公連立政権への参画を否定し、部分連合の可能性に言及するが、連立参画だろうが部分連合だろうが、慶應の土居丈朗教授が言われるように「(連立政権で加わる政党が増えると)歳出増圧力が高まり、財政赤字が増えるとの先進国に関する経済学の先行研究がある」そうで、どの党も有権者の歓心を買うためにバラマキを公約するご時世に財政規律が緩むこと、決められない政治に陥りかねないこと、が気がかりだ。

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北朝鮮の不穏な動き

2024-10-26 07:01:28 | 時事放談

 北朝鮮がロシアへの派兵を始めたのが話題になっている。当初、ウクライナ政府と韓国の情報機関が公表し、つい最近、アメリカの政府高官も認めた。ロシアは「偽情報」として否定してきたが、つい最近、プーチンは、北朝鮮とのパートナーシップ条約をどう履行するかはロシアの問題だと述べて、北朝鮮兵士がロシアに駐留していることを肯定も否定もしなかった。

 これを初めて聞いたとき、いやな時代になったものだと溜息をつくとともに、北朝鮮はロシアから対価として何を手に入れるのか、まさかロシアの虎の子の軍事技術(衛星打上げとか核開発とか)が供与されはしないかと懸念した。かつて中国は、ハンガリー動乱を巡る旧・ソ連内部の政治的混乱に乗じて、ソ連から原爆製造技術の供与を受けることに成功したことがあった。今回、ロシアの弱みは明らかだ。ウクライナ戦争でロシア兵の損耗が著しく、ウクライナによる想定外のロシア・クルスク州侵攻をロシア側には食い止めるだけの余力がどうやらなさそうだという驚くべき惨状が示されているからだ。その意味で、金正恩はプーチンに迫った(おねだりした)のではないかと思った。

 しかし、バーター取引として考えたときに、喉から手が出るほど欲しい軍事技術以前に、金正恩が望むものは他にもあって、プーチンがぶら下げた餌に金正恩が食いついた可能性もありそうだ。巷で言われるのは、先ずは外貨であり、次いで実戦経験だ。アメリカのように、定期的に紛争に首を突っ込んで旧式兵器の在庫を費消したり、軍人に給与を支払いながら実践経験を積ませたりするだけの余裕があればよいが、たとえ休戦中(ということは戦時)であっても、北朝鮮のような貧乏国家が主体的に出来ることは限られている。そうだとすれば、兵器在庫を売却して外貨を稼ぎながら(実際には新型兵器に置き換えるのだろうが)売却し実践投入された弾薬や兵器システムの機能・性能を分析し、軍人を派遣して給与相当を貰いながら(ロシア兵の月給2千ドル、入隊時の一時金1~2万ドルとされるのが本当だとすれば、その二分の一でも三分の一でも北朝鮮にとっては大金だろう)実践経験を積ませることが出来るという、ロシアと対等の契約も、北朝鮮にとってまたとない機会だろう。私の願望でしかないのかもしれないが。

 同じく休戦中の韓国は、NATO型兵器を供給できても、ウクライナ戦域への殺傷兵器の供与を自粛してきただけに、反発した。国際社会、とりわけプーチンが気にするグローバル・サウスの目も光る(欧米の目は今さら気にしても仕方ない)。プーチン流レトリックとすれば、北朝鮮の傭兵を、あくまで自国防衛のためと称してロシア領クルスク州に差し向けるだけかもしれないし(勿論、ドンバスも自国防衛だと主張するだろうが)、特別身分証かパスポートを発給したとの報道もあるから、北朝鮮人をロシア人だと強弁するかもしれない。

 北朝鮮にはリスクもある。かつて毛沢東は、「核戦争になっても別に構わない。(略)中国の人口は6億だが半分が消えてもなお3億がいる。我々は一体何を恐れるのだろうか」と、平和共存を説く当時のソ連共産党フルシチョフ第一書記に豪語したとされる。日頃、人民のことを第一に思う元首様と宣伝するが、人民をコマのように使って痛みを感じないのは、金正恩も独裁者として変わらなくて、戦時のプロパガンダの常として戦争被害があっても徹底的に情報統制するだろうが、遺族の慟哭を完全に抑え切れるものではない。他国の豊かな文化に触れさせないよう、実質的に鎖国政策を執る北朝鮮にとって、兵士の外国への派遣は、労働者の外国への派遣と同様、管理が難しく、ウクライナに寝返る兵士が出て来ないとも限らないし、海外生活に触れれば体制不満に繋がりかねない。それでも兵士を派遣するのは、南朝鮮(韓国)を統一対象ではなく敵対国に認定した金正恩は、南やアメリカとの対決を煽り危機を過剰演出することで社会的な困窮を覆い隠すしか能がなく、案外、切羽詰まっているのかもしれない。

 不安定な時代・・・というのは、言うまでもなく米中間の緊張の高まりや、ロシア対NATOの代理戦争、中東での絶えることのないイスラエル・パレスチナ紛争、さらに中・露・朝・イランの権威主義国(またはBRICSやSCO)に対する自由・民主主義連合(またはOECD)の分断が表面化した時代だからではあるが、そればかりではない。

 杞憂という言葉がある。古代中国の杞の国の人が、天地が崩れ落ちるのではないかと心配して、夜も眠れず食事も喉を通らなかったという「列子」天瑞の故事から、心配する必要のないことをあれこれ心配することを言う。最近の中国や北朝鮮を見ていると、このネット時代に権威主義体制を維持するのは相当キツイだろうし、崩壊するんじゃないかと、つい取り越し苦労をしてしまう(笑)。南海トラフのような大地震と同様、早晩起こることは間違いなく、いつ起こってもおかしくないが、いつ起こるとは言えない感覚である。

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プロ野球シーズンの終わり

2024-10-23 21:55:48 | スポーツ・芸能好き

 海の向こうのメジャーではオータニサンが、高校生以来の夢だったというワールドシリーズ出場を決めて、辛うじて望みを繋いでくれているが、巨人ファンの私には、一昨日で日本のプロ野球シーズンは終わり、ほぼ失意の日々だ(笑)。今年は巨人創設90周年の記念の年だったし、お得意様とするDeNAが相手だったし、アドバンテージの一勝があった。岡本をあそこまで徹底して故意四球するものかと不思議に思うが、何はともあれ、下克上とやらで日本シリーズ進出を決めたDeNAの執念だけは(皮肉でも何でもなく真面目に)祝福したい。最後はその差だったように思う。

 このシリーズでいきなり三連敗したときにはどん底の淵に沈んだが(爆)、第四戦の戦いぶりだけは見事だった。35歳のベテラン・坂本のヘッドスライディング二連発は語り草になるだろうと思われた(もし日本シリーズに進んでいたならば)。代わりにスポニチに語ってもらう。

(引用はじめ)

 1-1で迎えた7回、一死から坂本が左前打を放って出塁。続く中山がしぶとく一、二塁間を抜いてCS通算12打席目で待望の初安打を放つと、ベテランの坂本が一塁から激走を見せて三塁ベースに頭から飛び込んだ。そして、岸田が初球でセーフティースクイズ。これに坂本が再び激走し、本塁にヘッドスライディングで勝ち越しホームイン。激走に次ぐ激走、そして魂のヘッスラ2連発で1点をもぎ取ったベテランが手でグラウンドを何度も叩いて珍しく感情を爆発させ最高の笑顔を見せると、苦楽をともにしてきたベンチの阿部慎之助監督も拍手して喜んだ。

(引用おわり)

 あの時の感動が目に浮かぶ。この坂本のプレーで悪い流れを断ち切り、さらに2点を追加して、8回はバルドナード、9回は大勢という盤石の継投で逃げ切った。

 次の第五戦も、その余韻を残して痺れるような緊張感ある試合で、1-0で勝利をもぎ取ったが、第六戦は肝心のエース戸郷と菅野の二枚看板が打たれたのではどうしようもない。結果、安打数でDeNAを上回ったのは先の第四戦だけで、それ以外はDeNAの後塵を拝し、その意味でも、投手陣はなんとか踏ん張って、守備も手堅かったが、あと一本が出ないという、今年の巨人を象徴するような欲求不満のシリーズだった。6試合を通して五番打者(大城、坂本、ヘルナンデス)が無安打では、四番・岡本へのマークが厳しくなるのは避けがたく、岡本は不甲斐ないと言うよりも同情したくなる。

 最後に、クライマックス・シリーズについて。もう何年も前から言っていることだが、海の向こうのメジャーを真似る、いかにもアメリカ的な商業主義も甚だしい。それを日本シリーズと呼ぶのはおこがましい(勿論、あちらでワールド・シリーズと呼ぶのもオカシイが、それはあちらの勝手)。日本シリーズの名がつく以上、長いペナントレースを勝ち抜いたチーム同士の対決であるべきで、そうでなければ、オマケのような、ただの短期決戦のエキシビション・マッチと呼び習わすべきだろう。

 まあ、負け犬の遠吠えに過ぎないのだが。

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もう一度聞きたい「ぼく、ドラえもん」

2024-10-21 00:02:54 | スポーツ・芸能好き

 テレビで馴染みの人(特に高齢の人)が亡くなるのは寂しいし、複雑な思いがよぎる。つい我が身を振り返ってしまうから。

 17日に、俳優の西田敏行さんが東京都内の自宅で亡くなっていたことが報じられた。享年76(まだ若い!じゃない)。西田さんと言えば『釣りバカ日誌』や『ドクターX~外科医・大門未知子~』が代表作なのだろうが、私は残念ながら見ていない。大昔に『池中玄太80キロ』を見て、なんとも温かみのある俳優さんだと印象深かったが、SmartFLASHによれば、仕事終わりにも若手スタッフを誘って飲みに行き、店にいた客とも気さくに言葉を交わすようなお人柄で、いつも楽しく愉快な宴席だったという。

 幅広い役柄をこなされた役者さんで、大昔に見たNHK大河ドラマ『おんな太閤記』の秀吉役も印象に残る。三谷幸喜氏によれば、大河ドラマ『功名が辻』では家康役を演じたので、「あと信長をやったら『三英傑』完全制覇」だと言って、信長役を志願されたそうだが、「そう言われたんですけど、ちょっと難しいんじゃないですかねって。ちょっとキャラクターがね。あと、年齢的にもね…。お断りしました」と明かされた。確かに、サルとタヌキ親父は似合うが(微笑)、冷酷で奇才の信長のイメージは余り合わないかもしれない。『もしもピアノが弾けたなら』も彼らしい温かさに溢れた曲・・・というより彼が歌ったからこそ、そう感じるところがある。東日本大震災のときは、復興CMへの出演や東日本大震災・原子力災害伝承館のナレーションを務めるなど、地元の復興のために奔走されたそうだ。言葉は福島(郡山市出身)訛りなのだろう。私には判別できないが、そこがまた彼の独特のキャラクターをほんわかと温かく包んでいたように思う。稀有な役者さんだった。

 ちょっと遡るが11日には、声優の大山のぶ代さんが9月29日に老衰のため亡くなっていたことが分かった。享年90。言わずと知れたドラえもん役で、間延びして、やや拍子抜したような独特の口調は、未来から来たネコ型ロボットらしい突き放した冷たさの中にも、えも言われぬ愛らしさを感じさせたものだ。1979年4月の開始から2005年3月に降板するまで、実に26年間にわたって大役を務めてこられたそうだ。2005年4月以降は『ドラえもん』を見ていないので、私の中では大山のぶ代さん=ドラえもんのイメージが定着している。

 島田裕巳氏によれば、「特殊な能力(=ドラえもん)を与えられた人間(=のび太)がそれを乱用し、最後にそのむくいを受けるというパターンは世界の伝統的なおとぎ話のパターンであり、それを取り入れることで長い間人気を保ってきた」と分析されている(Wikipedia)。なるほど、そういうことか。大山のぶ代さんが登場するとき、「ぼく、ドラえもん」と喋る(喋らせられる)と盛り上がるそうだ。ドラえもんは、マレーシアやオーストラリアに駐在したときにも、本屋で漫画を入手することができた、日本が世界に誇る国民的漫画・アニメの代表作で、自分の子供(や孫)にも安心して見せられるものとして親子(孫)で楽しむという意味では、この26年間に大山のぶ代さん=ドラえもんに馴染んだ人は日本の人口のかなりの割合にのぼるだろう。国民的声優なのだ。

 不思議なもので、音の記憶はいつまで経っても鮮明である。「ぼく、ドラえもん」という声とともに、ドラえもんの笑顔が目に焼き付いている。親子(孫)の目の前に現代のお伽噺を紡いでくれたことに、感謝の気持ちしかない。

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祝・ノーベル平和賞

2024-10-12 18:54:49 | 時事放談

 今年のノーベル平和賞は日本原水爆被害者団体協議会(被団協、東京)に授与されることが発表された。ノーベル賞委員会は「核使用がもたらす人道面の破局的結果」を知らしめる上で被団協が大きな役割を果たしたと称賛し、その活動を通じて「核の使用は道徳的に許されない」との「強力な国際標準」が形成されたと、授賞理由で説明した(産経新聞より)。結成以来68年を経ての快挙だが、ようやく、とか、今さらの感がある、などと嘆くより、かねてノーベル平和賞や文学賞には政治性があると言われてきたように、授賞理由で「現在進行中の戦争で核兵器が使用される脅威もある」と述べられていること(現実の危機)に衝き動かされた状況であることににも留意すべきだろう。

 ロシアはウクライナ戦争で核使用をチラつかせて米国をはじめとするNATO諸国を牽制し、東アジアでは、北朝鮮がとうとう同胞の南朝鮮(韓国)を統一の対象ではなく敵国呼ばわりして核開発をギア・アップし、中国は核保有国として核軍縮のために「誠実に核軍縮交渉を行う義務」(NPT第6条)が求められるにも関わらず(米軍の報道によれば)保有する約500発の核弾頭を2030年までに約1千発に増強する見通しが強まっている。冷戦時代には「恐怖の均衡」と呼ばれ、その危機をコントロールするために大量報復戦略、柔軟対応戦略、相互確証破壊などの抑止論を展開し、いわば「感情」を抑えるための「理性」を働かせる努力をして来たが、戦後79年を経て、その「理性」のタガが外れてしまったかのようだ。

 核廃絶を願う気持ちは尊い。私は、そんな道徳的な活動に寄り添うよりも、どちらかと言うと、歴史においていわゆる暴力が幅を利かせ、現代においてなお市井の声がなかなか届かない、人類の歴史の歪んだメカニズムに反発するがゆえに、その謎解きに惹かれて政治学や法哲学に興味を示すひねくれ者だからこそ、余計にそう思う。なぜなぜ分析をすると、結局、ロシアや中国の統治の脆弱性、ひいては国家(海洋国家と対比した大陸国家)とは何か、権力とは何か・・・という根源的な問いに繋がる(ような気がする)。

 アメリカン大学核問題研究所長のピーター・カズニック教授は時事通信の取材に、「被団協は『世界の良心』であり続けている」と称賛し、平和賞に被団協を推薦してきたと明かした上で、「被爆者が生きているうちにこの賞を授与する緊急性があった」と強調した。ただ、既に被爆者の多くが他界したのは「ほろ苦い」と語ったそうだ(時事通信より)。広島出身の政治家として岸田さんは広島サミットを成功させたように、人類の歴史で唯一の被爆国として、現実主義の政治の中にも、理想主義の炎を絶やすべきではないとつくづく思う。

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石破政権の前途多難な船出

2024-10-05 10:44:17 | 時事放談

 石破茂氏が自民党総裁選を勝ち抜くや、俄かに円高・株安に見舞われ「石破ショック」と呼ばれた。アベノミクスに否定的で財政規律を重視する立場のせいだが、実はMMT論者の高市氏勝利を織り込んで円安・株高に触れていた市場が高市ラリー前に戻っただけで、必ずしも石破さんのせいとは言い切れない。しかし、利上げに肯定的と見られていた石破氏が突如、日銀の追加利上げに否定的な発言をして、再び市場にショックを与えた。かつては、安倍さんなどの後ろから撃つことも厭わない党内野党として、防衛・安保のような得意領域で、あるいは興味のおもむくままに言いたいことが言えたのとは勝手が違い、首相はprimeな閣僚であって、様々な方面に影響が及ぶ発言の重さを踏まえ、不得手なことを含めて全てに責任を負わなければならない立場であることを痛感されているのではないだろうか。

 また、国民に判断材料を与えるのは新・首相の責任だとして、国会(予算委員会)論戦に前向きだったのに、1日夜の記者会見では、9日解散、27日投開票を表明し、主張がブレたことを批判された。党内基盤が弱いだけに、党内調整、組織人事に腐心し、前途多難である。私は石破さんのことが嫌いなわけではなく、むしろ不器用なほどに群れない孤高の一言居士を好ましく思う一方、およそ(数を頼む)政治家らしくないところに危うさを感じ、状況がなさしめたとしか言いようがないこのような事態に置かれた石破さんを歓迎するどころか、気の毒に思う。

 実際に、ご祝儀相場で、新内閣発足直後は高い支持率が期待出来るとは言っても、共同通信社が1、2両日に実施した全国緊急電話世論調査によれば、内閣支持率は50.7%(日経51%)、不支持率は28.9%(同37%)だったようだ。調査手法が異なるため単純比較はできないが、岸田内閣55.7%(同59%)、菅内閣66.4%(同74%)、2012年12月の第2次安倍内閣62.0%(同62%)と比べて高くないのは、自民党ひいては政治への不信が広がって冷ややかに見られているからであって、石破さんのせいばかりとは言えない。それは、石破内閣を支持する理由が「ほかに適当な人がいない」が35.4%(日経では「人柄が信頼出来る」が49%)で最多だったことからも分かる。

 欧米メディアの中には、自民党「独裁」が続く日本は果たして民主的かと疑問視する声があがっているようだが(もしかしたら欧米メディアのリベラル日本人エディターあたりの声かもしれない 笑)、それは自民党という政党の特殊性にある。右の翼から左の翼まで射程が広く、安倍さんのように政治信条は保守でも野党が推進しようとした子育て支援策を横取りするような融通無碍なところがあり、付け入るスキを与えない。ひいてはこれは、アメリカのように考え方が分かれて公開討論で決する国民性とは対照的に、さしたる分断がなく(それを単一民族だからと言ってよいのかどうかは別にして)舞台裏の調整で決するのを好む国民性を反映しているように思う。

 反・自民のリベラル進歩派からは、これでようやく安倍政治を払拭出来たと喜ぶ声が聞こえるが、負け犬の遠吠えのように空しく響く。それを野党が成し遂げられなかったこと、また、安倍さんの後継と目される高市さんは僅差で敗れただけで、状況が違えば総理・総裁への道が開かれていたであろうことに留意すべきだろう。「政治とカネ」の問題は軽視すべきではないが、それを争点化するばかりに本来なすべき政策論議が疎かになるとすれば、その方が問題で、信頼を失った自民党の足を引っ張るばかりで政権担当能力を示し得ない野党に支持が集まらない不幸が続く。アメリカでは議論になることが、日本では左翼的な糾弾になってしまい、噛み合わない。これは野党だけでなく自民党の受け答えにも問題があって、節度ある「議論」が望まれるところだ。

 中国では、石破・新総裁誕生よりも、上野のパンダ帰還の方がメディアでの扱いが大きかったようだ。中国事情通によれば、中国は石破政権を歓迎しないのではなく単に様子見をしていただけということだが、軽くあしらうことに込められたメッセージを読み取るべきだろう。安倍さんとの初の会見で仏頂面を隠さなかった習近平氏を今でもありありと思い出す。中国は、過去200年の屈辱的な歴史のトラウマを抱えながら、大国の威信にかける思いがことのほか強く、俗な言い方をするとチヤホヤされることが大好きでメンツを重んじる、厄介な国である。

 今月末の衆議院選挙に続き、来年7月には参議院選挙が予定される。それまでは不安定ながらも、選挙の顔として選んだ石破氏を多少なりとも支える展開が予想されるが、何と言っても政権基盤が絶望的に脆弱なだけに、短命に終わりかねない。国際情勢は混沌とし、日本が置かれた立場は微妙で、今こそ強力なリーダーシップが必要なときに、コップの中(与野党間だけでなく、自民党内も)の争いに構っている内に埋没しかねないことを危惧しないわけには行かない。このような危機意識と世界の中の日本という視野をもって臨む閣僚、ひいては政治家のセンセイ方はいらっしゃるのだろうか・・・だからこそ、石破さんには是非頑張ってもらいたいと思う。

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