戦争は誤算から起こると言われるが、2月24日以来のこの10日間は、プーチン氏にしても我々にしても、「まさか」の誤算続きだったと思う。
そもそもドンバス地域はともかくとして、ロシアがキエフをはじめウクライナに全面攻勢をかけるとは、「まさか」思ってもいなかった。ここまで見え透いた偽情報をロシアがばら撒くことも、非核国のウクライナに対して核で恫喝することも、またあっさり原発を攻撃することも、「まさか」思ってもいなかった。このロシアの暴挙に対して、ウクライナ軍や国民の士気は高く、とりわけ喜劇役者出身で44歳の若さのゼレンスキー大統領が、アメリカの亡命提案を振り切って、先頭に立ってナショナリズムを高揚し指導力を発揮するとは、「まさか」思ってもいなかった。これを見た西側は結束し、ドル取引どころかSWIFTからの排除(一部の銀行とは言え)やロシアの外貨準備凍結まで決断するとは、そしてドイツが戦後の殻を破って防衛方針を転換するとは、さらに永世中立のスイスが資産凍結で西側に同調するとは、「まさか」思ってもいなかった。これにビジネス界が続き、ロシアで事業展開する多くのグローバル企業がこれほど速やかにロシアからの撤退や事業停止を表明するとは、「まさか」思ってもいなかった。
現地では膠着状態が伝えられる。キエフまで約30キロに迫った地点で、ロシア軍の64キロにも及ぶ車列が3日以上ほとんど動いていないと、BBCが伝えた。その理由について、兵站(食料や燃料の不足)や機械的な問題(劣化して整備不良のタイヤなど軍用車の故障)や渋滞(気温が上がって泥に嵌っている?)や指令と伝達の問題(通信システムの不良や公衆回線で連絡をとりあっていることなど)に加え、ウクライナ軍による予想外の抵抗や、ロシア兵の士気の低さ(多くは徴兵で、自分たちが戦闘現場に送られるとは「まさか」思っていなかった兵士もいた)などが憶測されている。いったん進軍は止めて、ミサイルによる無差別攻撃に切り替えたのではないかとも観測されている。
そうは言っても、この巨大な縦隊はいずれ首都キエフを包囲し、陥落させるのもそう遠くないのだろう。これに対して、戦略家のエドワード・ルトワック氏は、「迅速でほとんど努力を要しない勝利が約束されていた」プーチン氏は「突然窮地に立たされた」と指摘し、デビッド・ペトレイアス退役陸軍大将(南カリフォルニア大学教授)に至っては、「これはロシアとプーチン大統領が最終的に勝てる戦争とは思えない」と語ったそうだ。「彼ら(ロシア軍)は、おそらく首都を攻略できる。だが、それを維持することはできない。…ロシア軍は(必要な)兵の数を持っていない。…ウクライナの人々は、みな彼らを憎んでいる。成人の大部分は『人間の盾』であれ『どんな武器』であれ、手にして喜んで戦うつもりなのだ。…彼らにはチャーチルのような大統領もいる。人々の士気は挫けていないし、ウクライナ軍には『自分たちの国』という地の利もある」、と。
楽観などできない。最大の変数は言うまでもなくプーチン氏の狂気だ。別に今に始まったことではなく、コロナ禍の孤独の中で多少は増幅されたかもしれないが、既にクリミア併合のときにも、また政敵の殺害のときにも、示されていたと言うべきかもしれない。もはや「ロシアの」と言うよりも「プーチンの戦争」と言ってもよいのだろう。旧・ソ連崩壊を「20世紀最悪の地政学的惨事」と記憶し、そのルサンチマンに囚われ、それ以前の旧・ソ連あるいは旧・ロシア帝国の栄光へのノスタルジーに囚われている・・・。
ロシア対ウクライナの戦争に欧米諸国が軍を派遣しないのは、世界大戦を避ける理性だが、経済合理性だけではなくESGまで求められるポリティカル・コレクトネスの時代精神が、前時代的な狂気に立ち向かうという、すなわち「武力」対「(武力+)経済制裁」という非対称な戦争という、歴史的な瞬間を私たちは目撃している。バイデン氏は早々に軍を派遣しないと言って、プーチン氏の狂気を「抑止」出来なかったが、果たして経済的な制裁(とウクライナへの装備品支援)で「制止」出来るのだろうか。ロシア(プーチン氏)や中国(習近平氏)といった前時代的な狂気と、21世紀の現代を生きる私たちの時代精神との間の言わば時代相の違いが悲劇を生む世界の不条理を思わざるを得ない。
「プーチンの戦争」が行われるのをよそに、中国では平和の祭典であるパラリンピックが始まった。もとよりロシアとベラルーシは排除されているが、前時代の狂気が演じる好対照は、もはや戯画としか言いようがない。
そもそもドンバス地域はともかくとして、ロシアがキエフをはじめウクライナに全面攻勢をかけるとは、「まさか」思ってもいなかった。ここまで見え透いた偽情報をロシアがばら撒くことも、非核国のウクライナに対して核で恫喝することも、またあっさり原発を攻撃することも、「まさか」思ってもいなかった。このロシアの暴挙に対して、ウクライナ軍や国民の士気は高く、とりわけ喜劇役者出身で44歳の若さのゼレンスキー大統領が、アメリカの亡命提案を振り切って、先頭に立ってナショナリズムを高揚し指導力を発揮するとは、「まさか」思ってもいなかった。これを見た西側は結束し、ドル取引どころかSWIFTからの排除(一部の銀行とは言え)やロシアの外貨準備凍結まで決断するとは、そしてドイツが戦後の殻を破って防衛方針を転換するとは、さらに永世中立のスイスが資産凍結で西側に同調するとは、「まさか」思ってもいなかった。これにビジネス界が続き、ロシアで事業展開する多くのグローバル企業がこれほど速やかにロシアからの撤退や事業停止を表明するとは、「まさか」思ってもいなかった。
現地では膠着状態が伝えられる。キエフまで約30キロに迫った地点で、ロシア軍の64キロにも及ぶ車列が3日以上ほとんど動いていないと、BBCが伝えた。その理由について、兵站(食料や燃料の不足)や機械的な問題(劣化して整備不良のタイヤなど軍用車の故障)や渋滞(気温が上がって泥に嵌っている?)や指令と伝達の問題(通信システムの不良や公衆回線で連絡をとりあっていることなど)に加え、ウクライナ軍による予想外の抵抗や、ロシア兵の士気の低さ(多くは徴兵で、自分たちが戦闘現場に送られるとは「まさか」思っていなかった兵士もいた)などが憶測されている。いったん進軍は止めて、ミサイルによる無差別攻撃に切り替えたのではないかとも観測されている。
そうは言っても、この巨大な縦隊はいずれ首都キエフを包囲し、陥落させるのもそう遠くないのだろう。これに対して、戦略家のエドワード・ルトワック氏は、「迅速でほとんど努力を要しない勝利が約束されていた」プーチン氏は「突然窮地に立たされた」と指摘し、デビッド・ペトレイアス退役陸軍大将(南カリフォルニア大学教授)に至っては、「これはロシアとプーチン大統領が最終的に勝てる戦争とは思えない」と語ったそうだ。「彼ら(ロシア軍)は、おそらく首都を攻略できる。だが、それを維持することはできない。…ロシア軍は(必要な)兵の数を持っていない。…ウクライナの人々は、みな彼らを憎んでいる。成人の大部分は『人間の盾』であれ『どんな武器』であれ、手にして喜んで戦うつもりなのだ。…彼らにはチャーチルのような大統領もいる。人々の士気は挫けていないし、ウクライナ軍には『自分たちの国』という地の利もある」、と。
楽観などできない。最大の変数は言うまでもなくプーチン氏の狂気だ。別に今に始まったことではなく、コロナ禍の孤独の中で多少は増幅されたかもしれないが、既にクリミア併合のときにも、また政敵の殺害のときにも、示されていたと言うべきかもしれない。もはや「ロシアの」と言うよりも「プーチンの戦争」と言ってもよいのだろう。旧・ソ連崩壊を「20世紀最悪の地政学的惨事」と記憶し、そのルサンチマンに囚われ、それ以前の旧・ソ連あるいは旧・ロシア帝国の栄光へのノスタルジーに囚われている・・・。
ロシア対ウクライナの戦争に欧米諸国が軍を派遣しないのは、世界大戦を避ける理性だが、経済合理性だけではなくESGまで求められるポリティカル・コレクトネスの時代精神が、前時代的な狂気に立ち向かうという、すなわち「武力」対「(武力+)経済制裁」という非対称な戦争という、歴史的な瞬間を私たちは目撃している。バイデン氏は早々に軍を派遣しないと言って、プーチン氏の狂気を「抑止」出来なかったが、果たして経済的な制裁(とウクライナへの装備品支援)で「制止」出来るのだろうか。ロシア(プーチン氏)や中国(習近平氏)といった前時代的な狂気と、21世紀の現代を生きる私たちの時代精神との間の言わば時代相の違いが悲劇を生む世界の不条理を思わざるを得ない。
「プーチンの戦争」が行われるのをよそに、中国では平和の祭典であるパラリンピックが始まった。もとよりロシアとベラルーシは排除されているが、前時代の狂気が演じる好対照は、もはや戯画としか言いようがない。