風来庵風流記

縁側で、ひなたぼっこでもしながら、あれこれ心に映るよしなしごとを、そこはかとなく書き綴ります。

社会的責任のこと

2013-10-31 03:03:20 | ビジネスパーソンとして
 阪急阪神ホテルズ系列8ホテルのレストランなど23店舗で、事実と異なる産地「誤」表示問題が発覚しました。「鮮魚」と表示しながら冷凍保存した魚を使い、「手ごね」煮込みハンバーグや「手作り」チョコソースと表示しながら既製品を使っていたほか、「芝海老」にバナメイエビを、「九条ねぎ」には一般的な青ネギや白ネギを、「霧島ポーク」には産地が異なる豚肉を、「レッドキャビア」にはトビウオの卵を使用するなど、「偽装」料理は47品目に及び、2006年から今年9月にかけて7年半にわたり、提供した顧客は実に8万人にのぼるそうです。
 当初24日に行われた社長の記者会見は、「信頼を裏切ることになったお客さまにお詫びする」謝罪目的のはずが、「偽装という言葉が『偽る意思を明確に持って』という意味ならそうではない」「従業員が意図を持って表示し利益を得ようとした事実はない」として「偽装」ではなく「誤表示」と強弁し、多くの視聴者から違和感を持たれたものでした。そのため、28日に再び開かれた社長の単独記者会見では、「ブランド全体への信頼失墜を招いた」として、不祥事の責任を取って社長を辞任する事態に追い込まれました。
 企業の社会的責任(所謂Corporate Social Responsibility、略してCSR)が叫ばれる昨今、このようなコンプライアンス事故では、初動が極めて大事だと思います。22日に発覚したときにも、「このような事態を引き起こしたことを重く受け止め、再発防止に全力で取り組む」としながら、「メニューの作成担当者と食材発注者がとの連携がうまくいっていなかったことが原因」「意図的ではなく、景品表示法やJAS法の理解が不足していた」などと、およそホテル業あるいはレストラン業のプロらしからぬ言い訳ばかりが印象に残りました。往生際が悪すぎますね。これでは社会的責任ある企業の初動の対応としてはお粗末であり、以て他山の石とすべきでしょう。
 今年6月に、東京ディズニーリゾート(TDR)のホテルやプリンスホテルで、メニュー表記と異なる食材を使ったことが相次いで判明し、この問題が、阪急阪神ホテルズが今回の調査を行うきっかけになったようですが、食の問題に対する消費者の目は厳しく、2007年に料理の使い回しや食材の産地偽装が発覚した大阪の高級料亭「船場吉兆」は廃業に追い込まれたことが記憶に新しい。農林水産省では、昨年3月に「和食;日本人の伝統的な食文化」と題して、無形文化遺産登録を目指してユネスコに申請しているところであり(今年12月に可否が決定される予定)、世界的に信頼性が高い日本ブランド、その象徴として、「多様で新鮮な食材とその持ち味の尊重」「自然の美しさや季節の移ろいの表現」といった特徴で語られる和食ブランドに与えるダメージは小さくなく、極めて残念と言わざるを得ません。
 しかし社会的責任と言って、北京の天安門前で発生した車両突入事件で見せた中国共産党の姿勢は、見事でした。ご存じの通り、28日正午過ぎ、1台のSUVが天安門前の歩道を暴走し、建国の父・毛沢東の肖像画の下で柵に衝突し炎上しました。警察車両60台以上が出動し、厳重な警戒態勢が敷かれ、かつての新幹線事故同様、中国のお家芸のように、車両はすぐさま撤去されたほか、ネット上の衝撃度の高い写真や「政治的な要求があった」と計画的犯行を疑う書き込みなどは次々と削除された模様で、同日夜には、多くが閲覧できなくなったそうです。また、現場近くで取材しようとしたAFPや英BBCの記者らが一時拘束されたほか、翌日午前11時、この事件をトップニュースで報じようとしたNHK国際放送の画面はBlack-outされ、視聴が制限されたそうです。1989年の天安門事件と同様、人民解放軍は人民のためになく、党の私設軍事組織の如くであり、中国共産党は人民とともになく、清の王朝の如くであることは、今さらながら言うまでもありません。中国に比べたらマシだと思っていてはいけないのでしょう。
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伊勢神宮・式年遷宮

2013-10-26 00:18:54 | 日々の生活
 かれこれ三週間前に遡りますが、伊勢神宮の式年遷宮がクライマックスを迎えていました。「遷御の儀」と呼ばれる、大御神が本殿から新殿へとお遷りになる遷宮祭の中核をなす祭儀です。翌日には雅楽などを奉納する「御神楽」などが営まれ、8年にわたる内宮と外宮の「遷宮」が幕を閉じました。20年に一度と言われる式年遷宮ですが、足掛け8年、ゆうに30を超える祭や行事が行われるものとは知りませんでした。つまり行事続きの8年と、行事がない12年を繰り返しているわけです。今回の一連の祭儀の最初を飾った「山口祭」は、2005年5月2日に執り行われたと言いますから、私がペナンに駐在するので慌ただしくしていた頃のこと、確かに大した時間の流れです。
 今回は、持統天皇の治世の690年から数えて62回目、途中、戦国時代には120年以上に及ぶ中断や幾度かの延期などがあったものの(Wikipedia)、実に1300年以上の歴史を誇ります。日本という国の不思議さですね。私は全く信心深くありませんし、ニュースで断片的に目にしただけですが、厳かな雰囲気は独特のもので、あらためて日本という国柄に思いを致しました。
 それは、「清潔」であるということです。この言葉を文芸評論家の新保祐司さんが使われていて、まさにぴったりの形容だと思い、拝借した次第です。実は新保さんも、この言葉を、幕末の国学者であり歌人でもあり勤王志士でもあった伴林光平(ともばやし みつひら)先生が、後に天誅組の変に身を投じる前の1861年、教恩寺の壁に書き残した七言絶句:
   本是州潔民、
   謬爲佛奴説同塵。
   如今棄佛佛休恨、
   本是州潔民。
からとったものだそうです。読み下すと、
   本(もと)是(これ)州(しんしう)潔の民
   謬(あやまって)佛奴(ぶつど)と爲(な)りて同塵(どうぢん)を説(と)く。
   如今(じょこん)佛(ぶつ)を棄(す)つ 佛(ぶつ)恨(うら)むを休(や)めよ
   本(もと)是(これ)州(しんしう)潔(せいけつ)の民。
となり、意味は
   (わたしは)本来は、神の国である日本の清潔を重んじる民であった(が)。
   まちがって、仏(ほとけ)の僕(しもべ=僧侶)となって、仏法を説いていた。
   今、仏道の修行を棄てようとしているが、仏陀よ、恨まないでほしい。
   (わたしは)本来は、神国・日本の清潔を重んじる民である(からだ)。 
となるそうです(私は文系のくせに漢文が(大学受験科目になかったために)いまだに苦手で、あるサイト(注)から引用しました)。
 神仏習合どころかキリスト教や果ては古代ケルト人の祭り(ハロウィン)まで楽しむ現代人ですから、この詩の意味する厳しさには畏れ入るわけですが、しかし、年齢を重ねるほどに、仏の道は仮の姿、本来の大和ごころに立ち返る・・・という気持ちは、なんとなく分からないではありません。神道と言えば、初詣に、お正月。年末になると、冬のさなかと言うのに戸を開け放ち、家の中を祓い清めて、心清らかに新年を迎える・・・私はもとよりモノグサですが、父はこの基本動作を毎年繰り返していたのを思い出します。まさに、伊勢神宮の式年遷宮に連なる日本人らしい心構えのような気がします。
 今でこそ、密閉したマンションや、一軒家ですら洋室だらけだったりしますが、つい数十年前までは、畳の部屋が当たり前で、隙間風が入ってくるような、自然を感じやすい造りの家で、今ほどモノが溢れるわけでもなく、食事もまた質素な生活をしていたものでした。見た目は変わりましたが、心は今もなお質素で正直なのが日本人ではないかと思います。東日本大震災の被災地で本領発揮されたのは記憶に新しいですし、外交の場では必ずしも駆引きが上手ではなく、権謀術数や情報戦には疎く、ウソも100回言えば本当になる宣伝戦は、ウソを言わないために始まらず、中国人やフランス人などと比べると(と、私自身の限られた経験ですが)良くも悪くも実に真っ正直で、ハッタリも二枚舌も潔しとしません。
 最近話題の「悪韓論」(室谷克実著)を読んで、韓国の報道機関自身が伝える韓国人の醜い実態を突き付けられ、韓国人と比べて日本人のなんとピュアでナイーブなことかと、なおさら思います。例えば朝鮮日報社の主筆は、「嘘吐き政治家と、嘘を吐く国民」(2012・3・16)と題する論説で、「韓国で2010年に偽証罪で起訴された人は日本の66倍、日本の人口が韓国より2.5倍多いことを勘案すれば165倍に達する」「誣告事件は日本の305倍、詐欺事件は13.6倍」と述べ(因みに日本人に読ませたくないのか同紙日本語サイトには転載されていません)、弁護士・今子氏は、東亜日報に寄稿したオピニオン「ウソ天国」(2003・12・28)で、「ウソの上手な国民を作ることが、国家の競争力を高める道だと勘違いしているようだ」「国全体が、ウソ発見器も通じない良心マヒ者を育てる土壌になっている」と手厳しい。著者の室谷さんは、「韓国の職場では、上司やライバルを追い落とすため、周囲に讒言して回るのは日常的なことだが、同じ手口を、世界を舞台に、日本を標的にして繰り広げているのだ」と述べておられます。物理的には最も近いはずの韓国人が、精神的には最も遠く感じます。

(注)http://www5a.biglobe.ne.jp/~shici/shi4_08/jpn169.htm
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イプシロンと宇宙の夢

2013-10-22 01:59:30 | ビジネスパーソンとして
 かれこれ一ヶ月くらい前のことになりますが、JAXA(宇宙航空研究開発機構)の新型ロケット「イプシロン」初号機が打ち上げられ、搭載した「惑星分光観測衛星SPRINT-A」(「ひさき」と命名)が予定の軌道に投入されました。当初打ち上げが計画されていた8月22日が27日へ、さらに9月14日へと、二度にわたって変更されながら、当日、鹿児島県の内之浦宇宙空間観測所には、2万人の見学客が訪れたと言いますから、人々の注目のほどが分かります。
 特に私のような世代以前の人には、今から44年前(1969年7月21日)、アポロ11号が人類を初めて月面に立たせた記憶があり、当時、宇宙への夢を掻き立てられたように、その感動を子供たちに伝えたいという思いがあります。そのとき、アームストロング船長が発した言葉が後に有名になります。「これは一人の人間にとっては小さな一歩だが、人類にとっては偉大な飛躍である(That's one small step for [a] man, one giant leap for mankind.)」 私よりもう一世代古い方々には、ボストーク1号による人類初の有人宇宙飛行(1961年4月12日)を記憶されているかも知れません。成功させたユーリイ・ガガーリン大佐の言葉「地球は青かった」は、実は日本でのみ有名で、4月13日付イズベスチヤに掲載されたルポ(着陸地点にいたオストロウーモフ記者によるもの)「空は非常に暗かった。一方、地球は青みがかっていた」(Небо очень и очень темное , а Земля голубоватая)からの引用とされます。日本以外では「ここに神は見当たらない」という言葉が有名なのだとか(Wikipedia)。日本と日本以外の自然観や宗教観を連想させてなかなか面白いと思いますが、余談です。
 二点述べたいと思います。一つは、コンピューターとの関連、もう一つは軍事技術との関連です。
 アポロ11号打ち上げのとき、巨大な管制室に大勢の人が詰めていた状況が思い浮かびますが、実際に地上で待機していたコンピュータ群は、IBMのメインフレーム370シリーズ8台だったと言われます。今回、「イプシロン」を同列に論じてよいのか疑問はありますが、「パソコン2台で機動的に運用できるモバイル管制と合わせて、点検や管制に携わる人手を省力化した」と報じられ(産経新聞)、発射管制室は小ぢんまりしていたそうです。もっとも、コンピュータのサイズ小型化は、性能が進歩しているから当然のことで、アポロ11号のメインフレームは、メモリ2MB、クロック・スピード800KHz、ハードディスクの容量は全部合わせて2GBだったと言いますから、今のパソコン以下の性能で、今回もパソコンで制御しているという意味では、そもそもその程度のことでしかないということに驚かされます。むしろ、今回、機体を自動点検する人工知能装置を世界で初めて搭載したことで、今後、ロケットや探査機は、自律型の宇宙飛行ロボットに進化していくのが、なかなか興味深く感じられました。
 また、今回のような衛星打ち上げ機(Satellite Launch VehicleまたはSpace Launch Vehicle)と、弾道ミサイルの間には技術的な差がないと言われるのはその通りで、搭載物(ペイロード)と飛ばし方(トラジェクトりー)が違うだけなのだそうです(因みに「ロケット」とは推進手段の呼び名で、「打ち上げ機」や「ミサイル」は用途(目的)による呼び名)。そもそも宇宙開発は初めから弾道ミサイルの技術に乗っかって進展して来ました。そのため、中国や韓国のメディアは、今回のイプシロン打ち上げに敏感に反応しています。「イプシロンの技術は弾道ミサイル製造に転用できるため、軍用目的についての臆測を呼んでいる」(中国中央テレビ)、「日本が14日、大陸間弾道ミサイルへの転用も可能な新型固体燃料ロケット『イプシロン』の打ち上げを成功させた」(朝鮮日報日本語版)といった具合いです。航空評論家の浜田一穂氏によると、国内でも、日本のロケット開発は弾道ミサイルの隠れ蓑と疑いの目で見られ(他方、タカ派からは熱い期待を寄せられ)、実際にこれまでの日本のロケット技術はおよそミサイルには向かないように発達してきており、言わば一品生産の工芸品のようなもので、今回のイプシロンによって打ち上げの手間が大幅に簡略化されたとはいえ、大陸間弾道弾の開発には、さらに再突入体(RV)の開発など技術的なネックはあるようです。しかし「過大評価で恐れられるのもまた一つの安全保障」と、同氏も述べておられます(「軍事研究」11月号)。
 「イプシロン」は、旧・文部省宇宙科学研究所が開発したM5ロケットの後継機にあたります。M5と言えば、世界最大級の固体燃料ロケットで、小惑星探査機「はやぶさ」の打ち上げなどで成果を上げましたが、75億円と割高な打ち上げ費用が問題視されて、2006年にいったん廃止されました。そこで、「イプシロン」では、打ち上げ能力をかつてのM5の約7割に抑える一方、低コスト化を徹底的に追求し、開発費はM5と比べて4割減の205億円、打ち上げ費用は半減の38億円(定常運用時)に抑えることに成功しました。これまでの主力機H2Aと比較しても、全長は約24メートルでほぼ半分、ペイロードは1・2トンで約8分の1、その代わり打ち上げ費用は3分の1に近く、日本は低コストで機動力のある新ロケットを手にしたわけです。政府の宇宙政策委員会は、液体燃料を使うH2Aやその増強型であるH2Bなどの大型機と同様に、固体燃料を使う小型機の「イプシロン」を、国にとって不可欠な「基幹ロケット」と位置付ける方針を打ち出しました。こうして、今後、多様化する衛星需要に柔軟に対応できるようになります。
 去る5月、もう一つの基幹ロケットH2Aの後継となるH3ロケットの開発に着手することが報じられました(2020年に打ち上げ目標)。以前、このブログに、技術の伝承の難しさについて書きましたが(注)、三菱重工によると、H2Aの開発が始まった1996年から既に17年が経過し、宇宙開発事業団(当時)とともに開発に携わった技術者は高齢化が進み、同社に部品を供給するなどした会社のうち、2011年度までに54社がロケット事業から撤退したそうで、ロケットの技術力を維持するためには、新規開発の機会が必要だと言います。とりわけ、偵察衛星も打ち上げるH3ロケットは、国の安全保障を担います。ロシアでは、旧ソ連崩壊後の財政難で技術開発が停滞し、この3年半で8回も打ち上げに失敗したのは、「技術者の流出や高齢化に直面している可能性がある」(文部省)と見ており、日本には同じ轍を踏んで欲しくありません。

(注)「ものづくり命」http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20130925
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世論分析師200万人

2013-10-19 21:48:15 | 時事放談
 人民解放軍傘下のサイバー攻撃部隊は30万人と言われますが、中国における世論監視や言論統制はどうなのか、例えばNHK衛星で天安門事件に触れるとBlack-outされるというように、当たり前に行われていますが、その実態はよく知られていませんでした。そのため、政府によるネット上の世論監視の現状をレポートした10月3日付「新京報」が話題になっているそうです(以下はinfinityの弓野正宏氏コラムより)。
 そのレポートによると、「政府の人事社会保障省(人力資源社会保障部)就業研修技術指導センターと人民日報のネット担当部門が共同で『ネット世論分析師』の職業訓練計画を起動させたことで、『ネット世論分析師』は政府公認の職業となった」と言い、その『ネット世論分析師』は、標題の通り全国で200万人超にのぼり、「ネットから人々の視点や態度について情報を収集し、整理して報告書にまとめ政策決定者に送るもの」で、そのための訓練では「世論分析や分析・判断の方法、世論から生じる危機処理、世論対応等の8つの科目が含まれ」るようです。今や「ネット企業が世論処理をアピールして、書き込み削除の仕事を獲得しようとしている側面」もあり、「単に政府による言論取締りであるだけでなく、地方や企業を巻き込んだ形で制度化が進められ、ビジネス化さえしている様子がうかがえる」と報じているようです。他方で、「9月に最高人民法院と最高人民検察院が出した司法解釈では、金を受け取って書き込みを削除するのは違法であり、ネットの書き込み削除も一種の違法行為とみなされる。削除のリスクは高まりつつある」現実もあり、国営通信の「新華社世論観測分析センターの段賽民主任は『世論分析師』はむしろ正確に世論を導くことが必要と考えている」などと語っているそうです。
 つまり世論は中国にとっては「取り締まり」の対象ではなく「導く」対象だというわけです(方便としても)。この職業の月収は6000元とされ、年間200万人に対して1400億元(1元=16円換算で2.2兆円)もの財政支出が必要になり、中国というイビツな国家運営にかかるコストは馬鹿になりません。ここまで読んできて、増え続ける国防費を越えた治安維持費のことを思い出しましたが、まさにこのコラムの弓野正宏さんも、「警察に加え、特警と呼ばれるSWATに相当する軽武装の機動隊や対国内の軍事力である武警部隊強化の拡充が進められてきた。治安維持費は「維穏費」と呼ばれ、その額はここ数年国防費を上回るほどである(2013年の予算案では治安維持費が7690億元=12.3兆円で、国防費は7406億元=11.8兆円)」と続けておられます。年間数十万件を超すと言われる民衆のデモや暴動を抑えるための治安維持にせよ、今回のネット監視にせよ、およそ生産的とは言えないモグラ叩きの費用です。ついでに「環境保護費は3286億元=5.3兆円」だそうで、これも馬鹿になりません。さらに「国家新聞出版ラジオ映画テレビ総局が、来年の記者証発行には「マルクス主義報道観」や「中国の特色ある社会主義」を含む6項目の試験の受験と合格を義務付ける通知を出したばかりである。これにより25万人の記者が免許更新のために政治思想テストを受けることになった」という話も紹介され、これも馬鹿になりません。
 先日、中国に進出しているPR会社の方の話を聞く機会がありました。中国ではネット・ユーザーが5.4億人に達し、もはやTV視聴よりネット利用の方が圧倒的に長いそうです(TVをネットで見ることが出来る環境のお陰でもあるようです)。一般化するのは難しいのでしょうが、中国人と言えども、子供の頃から接してきた政府が発する情報への信頼度は低く、自分で情報を取ろうとするため、ソーシャル・メディアが発達し、その情報が重視される傾向にあるのだそうで、その意味では日本よりも遥かに進んでいるようです(幸か不幸か・・・)。しかし、如何にネット監視を強めようとも、かつて私が1997年から翌98年にかけてNYシティ・マラソンはじめアメリカで参戦したいくつかのマラソン大会の記録が、オフィシャル・サイトから消えても今なおネット検索できるように、いったんネットに載ってしまう情報を未来永劫消し去るのはそれほど簡単なことではなさそうです。
 こうした話の先には、今は亡きソヴィエト社会主義共和国連邦の末期症状が思い出されます。中国と違って、同じ社会主義でも完全な計画経済でしたから、当時、60万件もの物価を役人が決めていたと、まことしやかに語られたものでした。なんと非合理的な・・・。市場や民に信を置かず、少数エリートの叡智を頼むことでは、中国も同じです。まがりなりにも市場経済を取り入れ、国家資本主義と呼び習わされますが、市場を信認しているわけでは決してなく、いまなお国営企業が支配的であり、TPPに関心を持ったところで、参加を模索する言うより、どう眺め回してみても決裂を画策しているようにしか見えません。中国人はあくまで人海戦術でやり通すのか。これはこれで、これほどの無駄を垂れ流しながら、中国共産党というエリート集団を中国という国家の革新的利益の第一に置き、自由民主主義と資本主義市場経済に取り囲まれながら、あくまで現代における一種の貴族政治を貫き通す覚悟であり、人類の壮大な実験として、果たしていつまで生き永らえるものなのか、実に興味深いと言うべきです。
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B STRONG

2013-10-17 21:51:06 | スポーツ・芸能好き
 クライマックス・シリーズのファイナル・ステージがパ・リーグでも始まり、東日本大震災の被災地を根拠地とする東北楽天が、ペナント・レースからの勢いそのままの田中マー君の活躍で、初戦に勝利しました。海の向こうのメジャー・リーグのポスト・シーズンでも、リーグ優勝決定シリーズの宴たけなわで、今年4月にボストン・マラソン爆破テロに揺れた地元ボストン・レッドソックスが健闘しています(今日はタイガースに敗れて2勝2敗のタイに持ち越されました)。表題の“B STRONG”(強くあれ)の“B”は、“Boston”の頭文字と“Be”を掛け合わせたものでしょう。テロに立ち向かうボストン市民の気概を表す合言葉なのだそうです。ボストン・レッドソックスのホーム球場であるフェンウェイ・パークでは、左翼フェンス(グリーンモンスター)に特大の星条旗が飾られ、中堅の芝は”B STRONG“と大きく刈り込まれました。
 2001年の9・11同時多発テロのとき、当時のブッシュ大統領がテロとの「戦争」だと呼びかけたのに対して、多くのアメリカ国民は素直に反応し、あちらこちらの自家用車に小さい星条旗が飾られ、一致団結したのを、私はたまたま西海岸に滞在していて、目撃しました。事件はニューヨークとワシントンを中心とする東海岸で発生し、6000キロ離れて同じ一つの国とは思えないような、温暖で、長閑なはずのカリフォルニアの青い空の下で、静かな高揚感が充ち満ちていたのを、なんとはなしに肌で感じたことが忘れられません。アメリカは自由と民主主義を大義とする国で、人々の自由を抑圧するテロのような無法に対して、とりわけ一致団結しやすいものだと思います。しかもボストンの場合、地元の伝統あるスポーツ・イベントが狙われ、無辜の命が奪われたのですから、人々の怒りは並大抵ではなく、地域の怒りとしても纏まり易かったことでしょう。
 私自身、4年間を過ごし、最初の子供が生まれたボストンには、特別の思い入れがあります。ボストン・マラソンは、近代オリンピックに次いで歴史の古いスポーツ大会、つまりマラソンでは世界最古の大会として知られ、年齢別標準記録を突破しないと参加できませんので、エントリーした1万人のランナーの後を、ほぼ倍の数に達するゼッケンを貰えない一般市民が、金魚の糞のようにくっついて走る、壮大なお祭りです。私も二度、その金魚の糞に紛れて、お祭り気分を楽しみました。また、フェンウェイ・パークには一度しか行ったことがありませんが、現在MLBで使用されている球場では最も古い歴史を持つ球場であり、私が見に行った当時は、「大リーグ史上5本の指に入る」(Wikipedia)とまで言われる伝説の投手ロジャー・クレメンスや、打者ではモ・ボーンが活躍していました。
 そのボストン・レッドソックスでは、今、中継ぎ・田沢とクローザー・上原が活躍しています。先週末のサンデー・モーニングでは、カネやんが、1回投げるだけでいいのだから・・・などと厭味を言っていましたが、当時と今では時代が違います、キレのあるスライダーを武器に躍動感溢れる上原の投球は、見ていて気持ちいいし、頼もしい。そんなこんなで、今年は、日本よりメジャー・リーグに注目しています。“B STRONG!”
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二人の死

2013-10-15 23:38:53 | 日々の生活
 日々、さまざまな事件や事故が報道され、最近はかつてないほど些細なことまで報道されて、事の軽重が希薄になりつつあるようにも感じていますが、ここ二週間の間の二人の女性の死については、実に痛ましく、印象に残ります。月並みな感想ですが、考えさせられました。
 一つは、連日報道されている、三鷹市で起こったストーカー殺人事件です。ストーカー事件は後を絶たず、子を持つ親としてはなおのこと、何とか守れなかったものかと、無念でやりきれない思いにとらわれます。facebookで知り合ったということですが、最近、某レストラン・チェーンの大型冷蔵庫に入った写真などがfacebookで公開されて話題となっているような、敷居が低くなってすぐに乗り越えてしまいそうなモラルの問題、ひいてはITリテラシーの問題では済まされない、あらためて社会あるいは人間の闇を見せつけられて、暗澹たる気持ちになります。現代社会は、よほど気をつけない限り、相当の情報が集積されかねませんし、いとも簡単に特定の個人と繋がることが出来る世の中です。いったん狙われてしまえば逃れる術はないのか。
 もう一つは、更にちょっと前の話で、ストーカー事件に掻き消されてしまいましたが、JR横浜線踏切内で老人を助けようとした女性が、老人の命と引き換えに電車にはねられ死亡した事故には、言うべき言葉が見つかりませんでした。ご両親は告別式で、「奈津恵は自分の心に正直に、信念をもって行ったことですので、私どもも奈津恵を見習って、しっかり生きていこうと考えております」「奈津恵はいつまでも私どもの心の中に生きている、と思っております」と気丈にも語られました。人の命を救おうと、自らの危険を顧みず、無意識の内に身体が動く、勇気ある行動には、多くの人が敬服し驚嘆もしたことでしょう。しかし、ご両親の立場からは、命を大事にして欲しいと訴えて欲しかったと、敢えて私は言いたい気もしますが、崇高な死の前には、野暮な望みなのでしょうか。
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シリコンバレーという生態系

2013-10-11 23:46:47 | ビジネスパーソンとして
 一昨日の日経朝刊に、シリコンバレーにあるパロアルト研究所CEO(スティーブ・フーバー氏)のインタビュー記事が出ていました。
 情報機器の主役は、パソコンからスマートフォンやタブレットに代わり、更に3~6年後には腕時計型などウェアラブル端末が普及するとか、パソコンの時代には、ハードやソフトなど製品毎に製造メーカーが分担する形が効率的だったが、顧客にどんな体験をもたらすかが問われるようになり、ハード・ソフト一体の(もっと言うとハード・ソフトにとらわれない?)アップルが躍進したように、一時の成功者は後れをとり、再編に至るパターンが繰り返される、といったような、いわば当たり前の話から、ビッグ・データの影響は?と問われて、センサー搭載が進み、全てのモノが情報通信インフラの一部になる(「モノのインターネット」と呼ばれる環境)とか、コンピュータだけでなく現実世界から大量のデータが発生するため、自分の車が今どこにあるのかネットで調べるなど、情報に加えモノもググる(検索する)時代になる、などといった、なるほど捉え方がユニークで面白い形容だと思える話もあって、なかなか興味深いのですが、スティーブ・ジョッブズ氏が亡くなって2年になり、イノベーションの停滞はないか?と問われて、彼は驚くべきイノベーター(改革者)だが、その彼もシリコンバレーという生態系の産物であり、生態系からは絶えずイノベーターが誕生しており、革新ペースは落ちていない、と、「生態系」という譬えをしたところが印象的でした。
 多かれ少なかれ街や地域社会も一種の「生態系」を成すと考えられますが、それが特徴的であり、しかも他に比べて突出(outstanding)していることが重要で、パロアルト研究所CEOが単に「生態系」と呼んだ中には、特徴的で突出した、といった意味合いを当然のように込めているものと思います。
 かつて、「現代の二都物語」(初版1995年、新訳2009年、ディケンズではなくて、アナリ―・サクセニアンというカリフォルニア大学バークレー校教授の著作)で、1970年代に、汎用コンピュータより小型で部門コンピュータとも呼ばれたミニ・コンピュータを製造するDEC(ディジタル)やWangやDG(データゼネラル)などの企業を輩出し一世を風靡したマサチューセッツ州ボストンのルート128沿いの地域が、1980年代にパソコンが勃興するとともに廃れていき、新たに西海岸のシリコンバレーが脚光を浴びたことから、両地域の産業集積の違いを比較・分析し、経済地理学の一つの事例として論じられたことがありました。ルート128が、高度に垂直統合され、相互に閉鎖的ないくつかの企業から成り立っていたのに対し、シリコンバレーは、水平分業の企業群(クラスター)が集積し、これらが、西海岸という風土に似て、非公式でオープンなネットワークで繋がれ、開放的で流動性の高い労働市場を形成し、知識やノウハウが地域内で動き、言わば共有されるのが強みとなっている、というような話でした。
 パロアルト研究所のCEOが生態系と形容したのは、まさにこうした特徴的で突出した地域特性のことで、レベルは違いますが、中国の沿海地域も、大小さまざまの部品産業が集積することによって生産・流通システムが確立し、人件費が多少高騰しても、世界の工場としての優位性がなかなか揺らぐことがないのは、こうしたクラスターによる強みのお陰だと言えるでしょう。
 今や都市間のグローバルな競争が取り沙汰される時代で、益々、この著作の内容は産業政策として有益な内容をもつせいか、せいぜい2千円弱の初版(大前研一さん翻訳)は、一時期、中古本で1万円の値をつけて驚かされたことがありました。それほどの人気があってこそ新訳が出て、値崩れを起こしましたが、今またアマゾンでは、新訳の中古本の最低価格が5,472円、コレクター商品に至っては19,250円の値をつけて、再び驚かされます。20年近く前の著作ですが、今、思い返しても、実に現代的な意義があり、トヨタが企業レベルでカイゼンを血肉化したように、地域レベルでイノベーションを生態系として実現できるのか? 日本のアベノミクスで、果たしてこうした産業政策が活かされるか? 国民性や風土とも絡んでなかなか興味深いテーマです。
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ビーハグ?

2013-10-08 23:32:59 | ビジネスパーソンとして
 今朝の日経によると、企業が飛躍する過程で、外からは無謀と見えるほどの思い切った目標設定を「BHAG」(ビーハグ)と言うのだそうです(経営学者ジェームズ・コリンズ氏が命名)。Big Hairy Audacious Goalsの頭文字をとったもので、日本語に訳すと「社運を賭けた、とてつもない目標」とでもいうべきものだと。その例として、先日、亡くなられた豊田英二さんが、「カローラ」の開発・生産にあたって、どんな車になるのかまだ不明の段階で専用工場の建設を決め、月産2万台という当時としては常識はずれの量産体制を確立し、ライバル会社の度肝を抜いた・・・といった話が挙げられていました。結果として、日本にもマイカーが急速に普及し、自動車社会が到来したわけですが、ただ単に時代の流れや勢いに乗ったわけではない、時代を変えるこうした一人の経営者の英断を称え、現代においても、それが待望される、というようなニュアンスの記事でした。
 確かに、時として、漸進的ではない、ある種の飛躍や天才が、市場を創ることがありますし、社会を変えることがあるのを、感得出来ると思います。ブレークスルーという言葉で形容されるものです。今の日本では、長引く経済停滞とデフレの中で、すっかり縮小均衡に陥ってしまったかのようですが、それでも、同記事では、現代の「ビーハグ」の例として、JR東海の「リニア新幹線」や、三菱重工の小型ジェット機「MRJ」、サービス業では、大型投資で日米を跨いだ携帯サービスを構想するソフトバンクや、「宅急便」の網の目をアジアに広げるヤマト・ホールディングスが挙げられていました。アベノミクスの金融緩和が「異次元」と形容されたのは大袈裟でしたが、これらはまさに現状を突破(ブレークスルー)し「異次元」を目指すものと言えます。
 同じ企業経営の世界で、レベルが違いますが、例えば経費削減目標を、こぢんまり5%削減と設定すれば、小手先の対応でなんとか出来るレベルと思わせるために、甚だ心許ない一方、20%や30%削減を打ち出せば、ちょっとやそっとでは済まない、大胆な発想により、却って局面打開できることがあると言われるものです。
 ところで、スポーツ・ライターの相沢光一さんが、男子マラソンの世界記録が更新されたことを紹介するエッセイで、日本はアフリカ選手に完全に後れてしまった、こうなれば破天荒な選手に期待するしかない、と述べておられました。ケニア選手は2時間3分台を目標に練習しているようですが、日本人選手は、例えばモスクワ世界陸上の代表選考基準として設定された2時間7分59秒を目指すとすれば、3分台はおろか5分台とか6分台すらも難しそうだと感じてしまいます。
 目標設定というのは、なかなか難しいものですね。さて、私は、マラソンにせよ仕事にせよ、どのレベルを目指すべきか・・・。
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日記

2013-10-04 02:45:30 | たまに文学・歴史・芸術も
 日記は個人的な記録であり、多くは他人に読まれることを想定しません。その意味で、ブログという一種の技術はある種の転換をもたらし、他人の共感を得るために自らの生活の一部を公開するという文化を、職業作家ではない一般人の間に生み出しました。私も日記をつける習慣はありませんでしたが、とりわけ海外生活を通して、とりわけこれからの日本を支える若い人たちに伝えたい思いがあり、正確に言うと、ある年齢を過ぎてから、その思いを伝えたいと思うようになり、細々と続けて来ました。しかし、職業作家となると、話は別です。勿論、私的文書故、生前は公刊を許さなかった作家もいますが、多くは読まれることを期待し、日記文学と呼ばれるカテゴリーが生まれました。ドナルド・キーンさんは、永井荷風、伊藤整、高見順、山田風太郎といった著名な作家の日記の中から、大東亜戦争が始まる1941年後半から、GHQの占領の初年度が終わる1946年後半までの間に描かれた部分を抜粋しながら、当時の日本人が戦争に、ある時は寄り添い、ある時は対峙した様を赤裸々に綴る、「作家の日記を読む」と副題をつけた「日本人の戦争」(文春文庫)をものしておられます。
 いくつかの発見がありました。
 先ずは、ドナルド・キーンさんが、お名前はかねがね伺っていましたが、ケンブリッジ大学や京都大学に留学する前に、米・海軍日本語学校で学んだ後、情報将校として海軍に属し、太平洋戦線で日本語の通訳官を務めておられたとは知りませんでした。具体的には、3年間、押収された文書(中には太平洋の環礁の上や海の中で死んだに違いない兵士や水平の日記)を読むことを仕事とされていたそうです。その関連では、以前、「日本兵捕虜は何をしゃべったか」(山本武利著)という本を読んで、アメリカが、太平洋の戦域において6千人もの日系二世の情報兵を動員し(白人の数は僅かに7百人)、捕虜や遺棄文書から貴重な情報を獲得して、すぐさま前線にフィードバックし、自軍の作戦に役立てるというサイクルを、実にシステマティックに実行していたことを知って、愕然としたことがありました(過去ブログ参照:http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20100902)。ドナルド・キーンさんは、まさにそうした米軍の組織の一員だったわけです。
 それはともかくとして、当時の日記を見ると、未曾有の国難としての戦争に遭遇し、作家たちが、実に様々な反応を見せていたことに驚かされます。中には軍が始めた戦争によって好物の紅茶が奪われたがために軍に反発する永井荷風のような大物もいれば、政府の報道班員として戦地に赴き、戦前はマルクス主義運度に関わりながら、東南アジア諸国が白人の植民地支配から解放されることを心から望む人がいたりします。英文学の翻訳家でありながら、アングロサクソンの列強を破ることが、日本人が世界で最も素晴らしい人種であることを示す好機であると、戦争に狂喜した人もいれば、「日本には正直に政治を語る機会は全くない」と憤慨し、徒に戦争で名誉ある死を煽るマスコミ報道に危機感を募らせた人もいます。挙句は、本書ではほとんど取り上げられませんでしたが、谷崎潤一郎のように、疎開先で食事に困ることがなかったがために目ぼしい日記の記述がないといったような大御所もいます。いずれも当時の日本の知性の反応です。一つ言えることは、我々の目は、戦後GHQの検閲をきっかけとする思想統制を受けて、すっかり曇っていることであり、そのあたりの事情は、江藤淳さんの労作「閉された言語空間」(文春文庫)に詳しいですし、西尾幹二さんは、そうした検閲の結果として、実に7000余点もの戦前・戦中の出版物が焚書されるという、秦の始皇帝の時代に遡るかのような蛮挙の中で、目ぼしい図書を掘り起こし、戦前の日本人の知性と理性を明らかにする丹念な作業を続け、「GHQ焚書図書開封」(徳間書店)というシリーズものを現在も続けておられます。
 また、軍の徴用で中国と満州に派遣され、中国人に対する日本軍部の残忍な行為を目撃した経験から、GHQの寛大さに感服する人もいましたが、武装解除した日本に乗り込んで戦後統治した人たちであれば余裕があるのは当然のことでしょう。戦時中の欧米の軍人が、まるで羊を扱う羊飼いの如くアジア人を扱ったと証言する「アーロン収容所」(会田雄次著)のような書もあります。日本軍は残酷だったという証言をよく聞きますが(逆に、日本軍は極めてストイックで現地人から尊敬されていたという極論もまたよく聞きます)、甚だ怪しい・・・と言うより、どちらも真実でしょうし、人は限られた経験からしか語れない制約があることがよく分かります。それは戦時下の言論統制についても同様で、総力戦のもとでは、日本だけでなく他国でも、多かれ少なかれ戦時統制は行われたでしょうし、とりわけ第一次大戦ではまともな戦闘がなかったがために総力戦に国民全体として不慣れでそもそも真面目な日本にあっては、多少、イビツに行われることがあったとしてもやむを得ない部分はあったのではないかと思ったりします。
 いずれにせよ、戦時下の出版物が、当時の政府や軍部の目を気にしていたのと対照的に、日記という個人的な記録の、その肉声には傾聴すべきものが多いのを感じます。ところが、先ほども触れたGHQの思想統制によるものか(それを察する出版社や編集者の意向か、はたまた戦前・後で価値観がひっくり返ったことによる作家の変節か)、戦後、公刊された日記の中には、時流に沿うように改竄されたものが多いと言いますから、驚かされます。「戦艦大和の最後」(吉田満著)も、GHQの検閲方針に触れて出版が難航し、筆者自身、極めて不本意な形で世に出ることを余儀なくされたと語っていました(過去ブログ参照、http://blog.goo.ne.jp/mitakawind/d/20101028)。
 こうして見ると、図書館の役割について考えさせられます。ベストセラーの待ち行列が出来ている話をよく聞きますし、お年寄りが朝から冷暖房完備の快適な環境のもとで新聞・雑誌を読み耽る姿を目撃しますが、本来、公営の図書館は、どこでも入手可能な最新のベストセラー本や新聞・雑誌を置くべきではなく、商業主義の本屋では扱えないような、日本人の文化・伝統を伝える古典を取り揃えておくべきだと思います。焚書という、僅か65年前に行われた蛮行を受け入れるのではなく、それによって葬り去られた書籍、当時の日本人の知性を読んでみたい。それらが復活されることを、日本人の一人として祈念する・・・ドナルド・キーンさんの本書を読んで、そんなことをつらつら思わせられました。
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マラソン世界最高記録

2013-10-02 00:28:24 | スポーツ・芸能好き
 一昨日のベルリン・マラソンで、ケニアのウィルソン・キプサングが2時間3分23秒の世界最高記録で優勝しました。従来の記録は、2年前の同大会で同じケニアのパトリック・マカウが出した2時間3分38秒で、15秒も更新したことになります。
 私が物心ついた頃、世界最高記録はデレク・クレイトンの持つ2時間8分33秒6で、1969年に打ち立てられてから1981年に同じオーストラリア人のロバート・ド・キャステラに破られるまで、1970年代を通して君臨し続けました。世界で初めてサブ・テン(2時間10分を切ったという意)を達成したランナーですが、その彼の黄金の記録は今では歴代315位にまで落ちてしまいました。隔世の感があります。何が起こったのでしょうか。
 言わずと知れた、アフリカ勢の台頭です。勿論、靴や栄養食に関する技術革新も影響なしとはしませんが(私が子供の頃は、裸足のアベベの影響でしょうか、運動会では競って裸足で走ったものでしたが、実に素朴と言いますか、長閑なものですね)、アフリカ勢の身体能力に比べれば微々たるものです。1988年にエチオピア人のべライン・デンシモが世界記録を樹立してから、一瞬、ブラジル人に譲ったことがありましたが、ほぼ一貫してケニア人とエチオピア人とモロッコ人(アメリカ国籍取得者を含む)が世界記録を独占して来ました。子供の頃から裸足で飛び跳ねるように日に何時間も歩くことに慣れた、身体能力に優れたアフリカ人が、マラソンに目覚めたということです。本日時点で、歴代100位の構成を見ると、ケニア人(63人)、エチオピア人(23人)、モロッコ人(4人)、フランス人/アメリカ人/日本人/ブラジル人(各2人)、ポルトガル人/南アフリカ人(各1人)となり、モロッコ生まれでフランスとアメリカ国籍取得者を補正すると、実に93%がアフリカ出身者となります。尋常ではありません。
 そんな中、日本人はなかなか健闘していると言えましょう。根性だけではない、身体的特徴もあるようです。
 マラソンの記録を伸ばすための生理学的な因子は、最大酸素摂取量、乳酸性作業閾値、ランニングエコノミーと言われます。この内、最大酸素摂取量はここ100年で頭打ちで伸びなくなっており、また乳酸性作業閾値はトレーニングによって高めることができ、乳酸を蓄積させずにより速いペースで走れるようになりますが、アフリカのランナーはいずれも特に高い数値ではなく、ランニングエコノミーが優れているのだそうです。ランニングエコノミーは言わば自動車の燃費性能に当たるもので、効率よく速く走る能力を指し、ランニングフォーム、筋繊維の組成、体重、膝から足首までの長さが影響するようです。そのため、ある研究者によると、2時間の壁を破る可能性があるのは、ランニングエコノミーに優れ、身体が小さく、高地で生活し、幼少期から活発であることが条件であり、最も合致するのは東アフリカのランナーとまで言われます。気温が高くなると、体重当たりの表面積が小さい大柄な選手は、熱が体にこもりやすいので不利なのだそうです。そういう意味で、身体が小さい日本人も、有利な部類に入るわけです。
 2時間、素人ならその倍の4時間近くも走り続けるのですから、ちょっとした差が積もり積もって大きな差になるのでしょう。これはこれで、気が遠くなるほど実に繊細な世界とは言えないでしょうか。
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