【99ページ】
佐藤 2009年の12月にゴルバチョフが来日し、3回ほど講演会や外食で親しく話をする機会がありました。12月11日のことですが、ソ連崩壊について私は彼と直接ロシア語で話したのです。おもしろいと思ったのは、ソ連崩壊の中でどこが失敗したかというと、「サウジファクターをまったく見ていなかった」とゴルバチョフがくやしそうに述べていたことです。
実は、西側がソ連に対して支援する前、米国がサウジと提携して石油価格を下げました。それによってソ連は、石油輸出による外貨獲得の手段を失ってしまった。それと同時にサッチャーやレーガンたちが我々に救いの手を差しのべてきたというのです。
【106~107ページ】
佐藤 ソ連崩壊後のハイパーインフレでルーブルが機能しなくなり、通貨のかわりにたばこ「マルボロ」が一般的等価物になった。そのような経験をしているので、貨幣に対する根源的な信頼性がないんですね。具体的な人間関係による物と物の流通とか、そういうものに対する感覚が強い。
〜、ソ連は、労働力の商品化は確かになかったんですよ。国民全体が何か強制労働に服しているような、緩い強制労働に服しているような感じでした。みんなさぼることしか考えなかったですけどね。少なくとも労働力商品化に対する忌避反応はすごくある。命かカネかといえば、それはみんな命に決まっていますよ。だから、どんな形で生産性を向上させようとしても、あるいは金をぶらさげても、労働者は2カ月は休む、土日は仕事をしない、基本的に残業はしない。
(ken)長い引用になりましたが、国際情勢を認識する上での重要なヒントにあふれている部分だと思います。今後の日露平和条約締結に向けた成否についても、石油輸出国機構の動向、アメリカの対外戦略、EUとの関連など、日露2国間以外の要素にも注視していく必要がありますね。それから、貨幣の信頼性について、一時期のルーブル価値はタバコのルーブルに負けていた、ということは今後とも記憶しておきましょう。また、ソ連時代の労働現場については、実際にタバコ工場とチョコレート工場を見学したことのある自分の印象と、まったく同じでした。
佐藤 2009年の12月にゴルバチョフが来日し、3回ほど講演会や外食で親しく話をする機会がありました。12月11日のことですが、ソ連崩壊について私は彼と直接ロシア語で話したのです。おもしろいと思ったのは、ソ連崩壊の中でどこが失敗したかというと、「サウジファクターをまったく見ていなかった」とゴルバチョフがくやしそうに述べていたことです。
実は、西側がソ連に対して支援する前、米国がサウジと提携して石油価格を下げました。それによってソ連は、石油輸出による外貨獲得の手段を失ってしまった。それと同時にサッチャーやレーガンたちが我々に救いの手を差しのべてきたというのです。
【106~107ページ】
佐藤 ソ連崩壊後のハイパーインフレでルーブルが機能しなくなり、通貨のかわりにたばこ「マルボロ」が一般的等価物になった。そのような経験をしているので、貨幣に対する根源的な信頼性がないんですね。具体的な人間関係による物と物の流通とか、そういうものに対する感覚が強い。
〜、ソ連は、労働力の商品化は確かになかったんですよ。国民全体が何か強制労働に服しているような、緩い強制労働に服しているような感じでした。みんなさぼることしか考えなかったですけどね。少なくとも労働力商品化に対する忌避反応はすごくある。命かカネかといえば、それはみんな命に決まっていますよ。だから、どんな形で生産性を向上させようとしても、あるいは金をぶらさげても、労働者は2カ月は休む、土日は仕事をしない、基本的に残業はしない。
(ken)長い引用になりましたが、国際情勢を認識する上での重要なヒントにあふれている部分だと思います。今後の日露平和条約締結に向けた成否についても、石油輸出国機構の動向、アメリカの対外戦略、EUとの関連など、日露2国間以外の要素にも注視していく必要がありますね。それから、貨幣の信頼性について、一時期のルーブル価値はタバコのルーブルに負けていた、ということは今後とも記憶しておきましょう。また、ソ連時代の労働現場については、実際にタバコ工場とチョコレート工場を見学したことのある自分の印象と、まったく同じでした。