リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

ブラタモリのかわり※

2020年08月23日 14時12分03秒 | 日々のこと
※初出のタイトルが間違っていました。視聴した番組はチコちゃんの代わりではなくブラタモリの代わりでした。お詫びして訂正させていただきます。

土曜日の夜にやっていた「ブラタモリ」の録画を見ようと、再生しましたら今回はお休み。別の番組が録画されていました。ビートたけし&桑子真帆アナウンサーが戦争プロパガンダ「日本ニュース」の真相に発掘映像で迫る、という番組で、貴重な映像を見ることができました。すでに制作されたニュース映画の紹介であったので、こんなところでカメラが回っていたのか、という映像を流すこの番組の趣旨とは少しずれていた気がしますが。

番組でこの国策ニュース映画をプロパガンダと言っていたのは、個人的には少しひっかかりがありました。というのも広い意味では「日本ニュース」はプロパガンダでしょうけど、普通それは情報戦であり「敵」に対してしかけるものだからです。当時の大日本帝国の敵は国民ではなかったはずです。

とはいうものの、私の個人的な趣味ですが、番組では私の好きな大戦機が何度も登場して興味をそそられました。番組の半ばすぎに登場したのが、試作木製戦闘機キ106開発ストーリーでした。陸軍機の試作名称である「キ」の第106番目にあたる同機は、四式戦闘機「疾風」(キ84)の木製版でした。困難な開発過程を経たにもかかわらず十分な性能が得られなかったため結局は開発中止となったのですが、番組の語り口がなんとなく気になりました。

番組からはこんな主張が聞こえてきました。

木製のろくでもない戦闘機を国民に宣伝をしていいイメージを与えようとした当時の軍部はとんでもない存在である。

当時の航空機用金属資材不足が木製戦闘機を開発させたのは事実ですが、番組ではお寺の鐘やハチ公の像、ブリキのおもちゃまでも供出させられた映像を流していました。(金属類改修令1943)なんかそれらから戦闘機を作るみたいな印象を与える映像でしたが、戦闘機に必要な金属資材はジュラルミンで、梵鐘や子供のおもちゃからから作ることはできません。もっともジュラルミン製造には銅が必要なのでハチ公銅像は航空機製造に役立ったと思います。ちなみにキ106開発スタートが1944年、金属類改修令がアルミも回収するようになったのが1944年2月です。(Wikipedia)

実は木製の航空機は、全金属製機体の時代にあっても少数ですが各国に存在していました。たぶん唯一と言える成功例はイギリスの戦闘・爆撃機モスキートでしょう。あとは各国で開発はされましたが成功はしていません。キ106はそのうまくいかなかったうちの一つです。そのあたりを押さえておかないと、「えー、木で飛行機をつくるのー!?最低じゃん」みたいな話になっていきます。以前当ブログでも取り上げましたが、試作ロケット戦闘機秋水の翼に使われる木材(合板)を「ベニヤ」と表現した某新聞社の記事の方向性とよく似ています。

また番組でキ106を紹介するナレーションで、「キ」を強めに読み少し間をおいて「106」と読みましたが、この「キ」が「木」に聞こえていた人はいなかったでしょうか。まさかそんなことはないとは思いますが、陸軍の試作名称「キ」は機体の「キ」だということもチラッと言っておいてほしかったところです。

番組の他の部分には触れませんが、この番組自体の流れがが実はひとつのプロパガンダのように思えました。日本のことがあまり好きでない勢力が、日本の一般的な人が戦中、戦前の日本をもっと嫌いになるように仕向けるための。まぁ考えすぎかもしれませんがね。(笑)