リュート奏者ナカガワの「その手はくわなの・・・」

続「スイス音楽留学記バーゼルの風」

BWV1003のリュート編曲(15)

2024年02月18日 15時04分42秒 | 音楽系

今回から第2楽章のフーガです。

フーガはテーマがあってそれを追いかけっこする様に声部が増えていく楽曲です。2部形式や3部形式あるいはその派生型のソナタ形式は枠組みがきまっている「閉じた」形式ですが、フーガはそうではありません。短いものもあればBWV1003のフーガのように300小節に届くくらいの長大なものもあります。

このBWV1003のフーガは冒頭2小節のテーマをどう弾くかでこの曲の解釈の根底が決まってきます。300小節クラスの楽曲を構成するにはさまざまなエピソードが必要で、本曲もこの2小節のシンプルなテーマから派生するエピソード、挿入的エピソードがふんだんに投入されています。

もちろん300小節に届く大曲を作るつもりでバッハは本フーガを作ったのではなく、さまざまなエピソードで構成していき結果的に300小節届く楽曲になったわけです。

さてこのわずか2小節のテーマをどう弾くかは実に様々な方法が考えられます。全体にノンレガートで行くか、レガートを多用するかでそうとう印象が変わってきます。私はレガートな感じのアーティキュレーションを採ることにしました。このテーマの弾き方がDNAとなり曲全体を形作ることになることになるのでとても重要です。これを編曲段階で意識する必要があります。


ミキシングのバランス問題_ボーカル編

2024年02月17日 22時02分39秒 | 音楽系

ミキシング問題、今回はボーカル編です。

中学生の頃橋幸夫のチェッチェッチェを聴いていた(別に好きで聴いていたわけではありません)耳に突然ビートルズのノー・リプライが入り込み驚愕しました。

何もかも違いすぎました。音楽そのものが全く異なり、ハーモニーがあり、転調もあり、歌詞も英語でした。録音の仕方が異なり、歌と伴奏が対等に聞こえていました。あとで身につけた知識を使って言うと、ミキシングのコンセプトが全く違うのです。曲そのものも全く異なりますけどね。

橋幸夫の場合は楽器は奥に引っ込みとにかく歌のメロディだけがよく聞こえるようなバランスの取り方です。対してビートルズの方はベース、ボーカル、ギター、ドラムがそれぞれの役割を主張しているバランスの取り方です。

最近は少し変わってきているような気もしますが、橋幸夫以降のポップスや流行歌(どう区別するのかわかりませんが)は相変わらず橋幸夫型が多く、ビートルズ型のバランスの取り方は少ない感じです。

50年以上の歴史を持つユーミンの作品で見ると、実は70年代の録音ではどっちかというとビートルズ型が多いです。でも2009年以降のアルバムはボーカルを前に出す橋幸夫型に近くなってきています。日本化してきているわけです。もっとも橋幸夫のチェッチェッチェみたいに前奏で前に出ていた楽器が、ボーカルが入ると急に後ろに引っ込むというような極端なことはありませんが。

ボーカルハーモニーのバランスの取り方も、例えば2声の場合ビートルズは同じ音量バランスです。これはそれこそパレストリーナと同じで、西洋音楽の伝統というかそれが常識という感じです。

日本の場合はボーカルハーモニーのバランスの取り方はどれかひとつを大きめに、他は引っ込めてバランスをとることが多いようです。

全ての日本のポップスを調べたわけではないですが、私が聴いている範囲では同じ洋楽(橋幸夫は洋楽とは言えないでしょうけど)でも日本の洋楽は譜面上は洋楽ですが実際に音にする段階でアチラのものとはかなり異なる感じです。まぁ最近はその差もなくなりつつあるようにも感じますが。


老人と車

2024年02月16日 13時18分09秒 | 日々のこと

昨日の報道によると72歳の女性が運転する車が若い男女を死傷させるという痛ましい事故がおこりました。原因はアクセルとブレーキーの踏み間違いということでした。

以前免許の「老人講習」を受けた際の実地検査でブレーキとアクセルの踏み間違いに遭遇した話は当ブログで書いたことがありました。実地検査は3人一組で同じ車に乗るのですが、一番目の私が無事終わったあと次の方の運転が、逆行はするはブレーキとアクセルの踏み間違いはするはで恐怖の実地検査でした。

先日ミューズのレッスンが終わって近所のうどん屋で食事をとりました。食事が終わって店を出たら少し前を年老いた女性がゆっくりと歩いていました。多分お店にいて食事をされていた方でしょう。右足がほとんど動かず不自由みたいで杖をついてゆっくりゆっくり歩いていました。

私は倒れたりしないか心配でその方から余り離れないようにいっしょにゆっくり歩いていました。うどん屋さんの駐車場は道を渡った向こうにありますが、その女性も道を渡ろうとしていました。その方は手を貸すほどは不安定ではないものの車が来るといけないので見守りつつ私も道を渡りました。

駐車場に置いてある自分の車に乗り込む際ふと女性の方を見ると私の隣の車に向かってきます。どなたかに乗せてきてもらったんだなと思って見ていると何と運転席に座りエンジンをかけるではありませんか。

右足でアクセルもブレーキも踏みますが、その右足が不自由な状態で車を運転とは!ひょっとしたら、全て手で操作できる仕様の車かも、とは思いつつもなんかあると困るのでそそくさと駐車場から退散しました。

その方はブレーキの踏力が低く何かの時には緊急に対処できないので相当危険でしょう。でも傍からはわかりません。恐ろしい話です。そういう方はご自分で運転が危険だと自覚して運転しないようにするべきですが、現実はそうではなく、街の中を走っている車は一定の確率でそういった危険車が走っているということを歩行者も運転者も前提にしなければなりません。


ミキシングのバランス問題_ベースライン編

2024年02月15日 14時55分44秒 | 音楽系

ソロでリュートを弾くときは椅子に座ればあとは弾くだけですが、それでもステージのどの位置に座るかを決めるのは結構重要です。ステージの後ろよりなのか前よりなのか、それが問題です。

一方アンサンブルだと編成によってリュートはどこにすわるかはなかなか悩ましい問題です。座る位置が悪いとアンサンブルのバランスがわるくなるからです。

録音の場合だとバランスは後で調整ができ「理想」のバランス(音量的にも音の分離的にも)を作ることができます。ポップスの録音の場合は昔の美空ひばりみたいに全員集まってセーノで録ることはほとんどないようです。

各アーチストが決められた日程で所定のトラックに録音して終了と言うことになります。このあとはエンジニアがミキシングやマスタリングをして完成品となります。この工程は録音の品質を決めるばかりが音楽に対する姿勢も示すことになる極めて重要なものです。

私は古楽器のリュート奏者なのでポップスの事情に詳しいわけではありませんが、車の中では1/3くらいはポップスを聴いています。最近聴いた藤井風のアルバムLOVE ALL SERVE ALLですが、ちょっと気になるのはベースのラインがはっきり聞こえないことです。カーステレオではきちんとは聞こえません。そこそこのカーステレオなんですが・・・自宅のステレオセットで聴いたり、DAPをShureSE845(第2世代)につないで聴くとさすがにベースラインはたどれます。でもなんかぼやけた感じです。

勿論プレイヤーはきちんと演奏しているのですが、これはミキシングやマスタリングのエンジニアが多分ベースラインを意識していないからではないかと思います。ミキシングやマスタリングのエンジニアはアーチストでなければなりません。ちなみにブルーノ・マーズの24K Magicというアルバムを聴いてみましたら、今風のベースですがカーステレオでもきちんとベースラインは聞き取れます。

ここで聞こえるとか聞こえないといっているのは鳴っているかそうでないかではなく、楽曲としてベースラインがたどれるかどうかという意味です。LOVE ALL SERVE ALLでは低い音はよく鳴っているのですが、もこもこいっている部分が多く、ベースラインとして聞き取りにくいです。

これに対しては一般のリスナーではベースラインそのものより低い音に包まれる方が重要なんだという意見もあるかも知れませんが、でもこれではねぇ・・・2枚のアルバムの比較をしただけなので、たまたま全然違う傾向のミキシングにあたっただけなのかも知れず、日本はダメそれにひきかえアメリカのエンジニアはなんて言い方はしませんが。


BWV1003のリュート編曲(14)

2024年02月14日 16時51分16秒 | 音楽系

11小節目から12小節目にかけてのホ短調のカデンツもちょっと形を変えてみました。


自筆譜ではトリルはついていませんが、普通このような場所ではトリルを入れることが多いです。ただホ短調の属和音(シレ♯ファ♯)で楽譜のようなポジションの音型にトリルを入れるのはリュートにとってはとてもやりにくいのです。この和音はどこのポジションに持って行っても楽に弾ける位置がありません。これがホ短調(とかロ短調も)がリュートにとって鬼門となる理由です。

11小節目の3拍目のバスはシで、これは4拍目にも持続していると考えるべきですが、ヴァイオリンだと4拍目もシが持続している感じで聞き取ることができます。というのも今まで出てきバスは短い音ばかりでいわば「点描」型なので、「4拍目もシが続いているつもり」になれるのです。

ところがリュートではバスは長い音価で独立的に弾かれているので、この11小節目の3拍目のバス(シ)を楽譜の額面通り弾いてしまうと、バスのラインが変わってしまう風に聞こえます。バッハのBWV1003の自筆譜はあくまでも「音が持続しない」ヴァイオリンのためのものであり「音が持続する」リュートのためのものではないということです。

解決法は譜例以外にもいくつか考えられますが、いずれの場合でもバスのシが3拍目、4拍目と持続していることが必要です。

なお、譜例の2拍目の上声部に16分休符が書かれていて上部リズムサインの連桁が切れています。これはシベリウスでタブを書くときの問題点です。タブがバス弦のみ(このケースです)のときはシベリウスは完全には対応してくれていません。このまま置いておくしかないかというと、手動でシベリウスが持っているいろんなキャラクターを総動員すればきちんとしたタブに仕上げることが可能です。ただとても手間がかかり、メンドクサイのでやっていないだけです。(笑)


やはり暖冬かな?

2024年02月13日 13時43分09秒 | 音楽系

2月の前半あたりは1年のうちで最も寒い時期のはずですが、今日は春みたいに暖かいです。昨日も暖かかったですがきょうはもっとです。ただ一日のうちの寒暖差は激しいみたいで夜になると0度近くまで冷え込むらしいです。

部屋の暖房もなしでいいくらいですが一応オイルヒーターはオンにしています。でも22度設定だと24度くらいまで上昇するので設定は20度まで下げています。まぁこれは暖房は不要ということなのかもしれません。

室温が22度くらいというのがリュートを演奏するのにもっとも適していると思います。体温との関係もありますが、この位の温度だと経験的には弦の狂いが最もすくないのです。

以前ドイツのスタジオで録音したときはスタジオ内の温度がぴったり22度をキープしていました。よく分かっています。それでもテイクを何回か録る毎にチューナーで音を合わせていました。コンサートだと途中チューナーで合わせることはしないのですが、CDアルバム制作となると後の方の曲なるにつれてピッチの上がり下がりがあるというのではいけません。

演奏していく中で少しは下がったり上がったりするのは自然なことで、自然に録るという観点から言えばそれはそれでいいのかも知れませんが、CDは何度も聴くものです。毎回ピッチが変わっていくのを聴くのは少々苦痛というものです。まぁ気にならない人もいるかも知れませんが。

 


欠番

2024年02月12日 20時03分13秒 | 日々のこと

少し前某野球選手の欠番背番号が話題になりましたが、リスペクトのために使わせない番号ということですね。これとは異なり忌諱欠番というのもあります。キリスト教の国では13が避けられるという風に聞いています。日本では語呂合わせでいくつかの数字が避けられます。

ときどあるのは駐車場の駐車位置を示す番号。ミューズでレッスンをするときにときどき使う駐車場のひとつに結構徹底しているところがあります。4と9がつく番号は全てなし、もちろん13もありません。ですから1,2,3,5,6,7,8,10・・・と並び、37,38の次は50になります。駐車スペース数の割には大きい数字の番号になっています。

パチンコ屋の台の番号も昔は4や9はなかったですが、今はどうなんでしょうか。立ち寄り温泉の靴箱やロッカーの番号も4とか9とか42なんかがないところもあります。あっても使われる頻度が低いせいか妙にほこりがたまっている感じがします。

車のナンバー登録も例えば4242とか9642なんかはこちらが選ばない限りはつかないと言われています。葬儀屋さんなんかは4142なんかを選ぶかもわかりません。

そういや私がスイスにいたときの電話番号は4449でした。向こうにいたときはフィアフィアフィアノインは語呂がいいので気に入っていましたが、日本に戻ってきてからなかなか稀有な番号だったと気がつきました。


クラシック音楽は歪んでいる~12の批判的考察~ (光文社新書)

2024年02月11日 12時28分06秒 | 音楽系

新聞で「日本のクラシック音楽は歪んでいる」「誰も知らない検証されてこなかった真実」、というキャッチーなタイトルの本の広告が目に入りました。森本 恭正、クラシック音楽は歪んでいる~12の批判的考察~ (光文社新書)です。

これは面白そうです。確かに日本のクラシック音楽は歪んでいると言えば歪んでいます。ぜひ読んで見たいとアマゾンのサイトを見てみました。最近はこのパターンが多いです。購入するのも紙の本ではなくKindleで読みます。

ポチる前に一応書評を読んでみました。驚くことにえらい強烈な否定的な書評が複数件ありました。一瞬購入をためらいましたが、別の興味も出てきてポチってみました。

Kindleはすぐ読めるのが強みです。いちいち本屋さんに行く必要がありません。ざっと走り読みをしてみましたが、うーむ、書評はかなりあたってますねぇ・・・というか特に音楽史に関するところなんかは全く独自見解のオンパレードで頭がクラクラしてきました。

でも共感できる部分もありました。

批判7誰もが吉田秀和を讃えている、の冒頭

  ふと 思う。 音楽 批評家 とは、 奇妙 な 職業 で ある。 野球 評論家 の ほとんど すべて は、 元 野球 の 超 一流 選手 たち で ある。 ほぼ あらゆる スポーツ の 評論家 が、 かつて の 第一線 プレイヤー だ。 なら ば いったい 音楽 評論家 は 自分 の どんな 能力 を 信じ て 評論 し て いる の だろ う か。 いったい 何 を 根拠 に、 優れ た 実績 を 持つ 指揮者 や 演奏 家 に対して、 テンポ が 速い とか 遅い とか、 音 が 美しく ない とか、 あるいは 逆 に、 壮絶 とか 完璧 な 技巧 とか 世界 最高峰 とか 壮麗 とか 壮大 とか 凄絶 などと、 わけ も なく 興奮 し て 断 を 下し て いる の だろ う。(森本 恭正. 日本のクラシック音楽は歪んでいる~12の批判的考察~ (光文社新書) (pp.136-137). 光文社. Kindle 版. )

まさしくそうです。私なんかは、「オマエなんか何にもわかっとらんやろにエラそうなことゆーて。そこまでゆーんやったらオマエやってみー」なんて下品ないいぐさを心の隅っこで小さく聞こえないように言っていますが。あと音楽評論家の類いは美術評論家もそうですよね。

かつてテレビの番組で某有名美術評論家、美術史家の方が超絶技巧金属細工の置物を評して「よくやるなー・・・」って上目線で他人事みたいにポロっと言ったことがとても印象に残っています。芸術家は命を削る思いで作品に取り組んでいるのに、テレビに出てどっかの大学で教えて売れる本を書いて、その芸術家よりはもうけているとはいい身分です。アンタの仕事は芸術家がいてこそです。

というわけで件の本、いろんな意味でなかなか面白い本です。興味のあるかたは是非ご一読を。ただし鵜呑み厳禁!


奥三河のコンサート

2024年02月10日 22時06分43秒 | 音楽系

今日は愛知県の奥三河の某所で開催されたコンサートに行ってきました。主催されている方はかつてコンサートご一緒したことがあり、そのご縁でコンサートのプログラムにチラシを挟んでいただけることになりました。

初めての所でしたので地図で調べてみると結構奥深い山の方の感じがしましたが、実は国道1号線から折れてすぐのところでした。昔の街道筋にある蔵を改造した建物のようです。開場より少し前に到着しましたので、本コンサートのナビゲーターを務められている佐藤豊彦氏にお目にかかり私の訳本「とりどりのリュート曲集」を贈呈させていただきました。

コンサートが始まる少し前、席が空いていなかったので立っていましたら、すぐ横の座席にお座りの妙齢のご婦人が私の方を見て「あれ、チラシと同じ人がいる!」なんて仰るものですから、周りの方が目が私に集まってちょっと恥ずかしい思いをしました。まぁ同じ人ですよね、確かに。コンサートは発表会風のほのぼのとした雰囲気でゆったりとした時間が流れていきました。

会場では何年かぶりで懐かしい方、はじめての方でお声がけをしていただいた方などいろんな方にお目にかかりました。中には「とりどり・・・」を購入して下さった方もいらっしゃいました。まさかここで売れるとは思ってもみませんでした。

このシリーズは3月にももう一度近くの別の場所で行われるそうです。そのときは伺うことができませんが、チラシの挟み込みはお願いしておきました。

 


無理な曲を弾く(3)

2024年02月09日 21時13分33秒 | 音楽系

こういった経緯もあり私の教室では基本的にバッハのレッスンは行いません。しかしどうしてもバッハをという方のために「バッハ体験コース」を用意しています。これはバッハの曲を習得することは求めず、いわば「バッハ解説ツアー」という感じのレッスンです。しかし時間に余裕のある方ならぜひ正攻法でバッハに向かって行ってほしいとおもいます。

その正攻法のために、今曲集を整備しているところです。バロック・リュートの教則本で12曲、Easy Baroque Lute Pieces 1(イバリピ1)で12曲、同2で12曲、Medium Baroque Lute Pieces 1,2 (ミバリピ1,2)で各12曲計24曲、これら合わせて60曲をえらびました。今のところミバリピ1までできています。ミバリピ2も選曲は終えていますので、あと2息くらいで完結です。

これらの曲から沢山のことを学んでやっとヴァイスのファンタジアの背中が見えてくるという感じでしょうか。バッハもチェロ組曲の短い曲なら射程に入ってくる感じです。

バッハ演奏に関してはリュートではこのようにしてある程度道筋がある(つけたつもり)のですが、ギターに関しては基本的にバロック時代の楽器ではないだけに道筋をつけるのが難しいかも。ちょうど半世紀前まではギタリストだったので少しは気になります。ギターの場合、古典的な曲に関してはエチュードも整備されていて昔に比べれば優秀な先生もいらっしゃるのできちんと勉強できる環境はあると思います。無茶苦茶なバッハを弾かないでそうしたところできちんと勉強し直すべきです。年配で自称プロみたいな方もプロでない方もバッハを弾くのであればそうすべきです。四畳半の部屋でバッハを弾いているのならともかく、人前(あるいはネット公開)で無体なバッハ演奏をするのはバッハに対して失礼です。もちろんバッハだけでなく他の作曲家の場合も同様です。