祖父を最近亡くしたゼミの学生がそのときの自分の状況を「何かが終わり、新しく始まる」と表現した。私にとって祖母の死はそこまで断定的に表現するほど明確な境界を跨いではいないのだが、やっぱり漠然と何かが何かにとって代わったような気がする。
朝の両親の会話は以前とかわりなく賑やかだったし、私も普段とかわらずに昼食を食べて空港に向かった。そしてこうして空港で搭乗便が来るまで時間を潰しているのもまた日常的な行為である。
しかし、やはり何かが変わった気がする。それが心の内か周囲の風景かはよくわからないのだが、きっと時間がたつにつれて輪郭が見え、色を認識できるようになるだろう。とりあえず、私はこれから仕事場である那覇に戻るが、時間をかけて少し考える時間が必要だ。とにかく、まずはゆっくり眠ることから始めよう。
朝の両親の会話は以前とかわりなく賑やかだったし、私も普段とかわらずに昼食を食べて空港に向かった。そしてこうして空港で搭乗便が来るまで時間を潰しているのもまた日常的な行為である。
しかし、やはり何かが変わった気がする。それが心の内か周囲の風景かはよくわからないのだが、きっと時間がたつにつれて輪郭が見え、色を認識できるようになるだろう。とりあえず、私はこれから仕事場である那覇に戻るが、時間をかけて少し考える時間が必要だ。とにかく、まずはゆっくり眠ることから始めよう。