Pの世界  沖縄・浜松・東京・バリ

もの書き、ガムランたたき、人形遣いPの日記

花粉症発症

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 祖母の看病で4日間、東京で暮らした。ほとんどは病院で過ごしたが、合間に街に出たことが原因なのか、とうとう花粉症が発症。沖縄に戻ってもすぐに治らすに鼻のかみすぎのせいで、鼻のまわりがヒリヒリしてしかたない。
 久しぶりに実家のそばのいわゆる「かかりつけ医」を訪れる。私が通っていたときとすでに代替わりし、亡くなった父親を継いで息子さんが医者を勤めている。最初に診察室であったとき、なんだか自然に「はじめまして、よろしくお願いします」と頭を下げてしまった。考えてみると、普通、病院では言わないよな。お父さんは大胆な発言と世間話の好きな先生だったが、息子先生は一見すると神経質で、笑顔の素敵そうな静かな先生のように思える。親子なのになと、考えるとおかしい。
 祖母の病気がきっかけで、久しぶりに両親と弟と過ごす長い時間を持つ。私の父の性格は誰がついだんだろうと思う。父は社交的で少し気が短い。社交的なところは間違いなく弟だ。私は全くだめ。ワヤンという舞台を通して語るのは、社交的でないからだ。気が短いところは・・・どうかな。確実に隔世遺伝したのは、きれい好きなところである。といっても隔世遺伝なので、私の息子にではあるが。

前進せよ

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 わずかな隙間を見つけては、そこを目指して突進する。そんな行為を阻もうと彼らは両手を開いて何重にもバリケードを築く。あるものはそんな手の鉄条網を破り、バッサリと切り落として関所を通過する。しかし通過をするや否やまたそこには無数のバリケード網が張り巡らされている。
 通行手形など本来はいらぬはずなのに、不幸にも選ばれてしまった者だけがそんな試練ともいえる関所を次から次へと超え続けなくてはならない。それを止めることは、人生そのものの放棄なのだ。
 さあ、思い切って息を吸い、力の限り吐き出すのだ。そんな強靭な風が関所にバリケードを築く人々をなぎ倒すのだ。さあ、戦う前に風を起こせ!嵐を起こせ!


再訪

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 見かけない三名の若いナース達が病室の扉の外から私の祖母の病室を覗いている。ナースというよりその会話はキャンパスのどこにでもいるような女子大生のように弾んでいる。病室にいることを一瞬忘れてしまいそうになる。
「入っていいですか?」とノックをして、私の返事も聞かぬまま流れ込むように病室に入ってきたことに私は少し驚いた。
「以前、私たちが勤務する病棟におばあさんが入院していたことがあるんです、会ってもいい?」とにこやかに私に尋ねた。
 私は面食らってしまった。祖母はもう何日も目を覚ますことなく、もちろん何も話すこともない人間なのだ。少なくてもこれまでこの部屋を訪れた人々は例外なく、祖母のことを「そういう存在」として悲哀に満ちた眼差しで接し、見つめていたからである。
 三名のナースは微笑みを絶やさず、そしてそこには無理に明るく振舞おうなどという無力な素振りはひとかけらもなく、目覚めることのないであろう病人を「からかっている」かのごとく語り、触った。そして最後に「また来ていいですか?」と口々に言ってカフェから立ち去るように楽しげに出て行った。
 私はこの間、狐につままれたように呆気にとられてその様子を見つめていたが、若い彼女たちが立ち去って現実に返ったとき思った。「再訪」とはいかに素敵なことなのだろうと。彼女たちは眠り続ける祖母のもとに、社交辞令ではなく純粋な気持ちから訪れてくれたに違いあるまい。用が終われば捨てられていく情報と人は違う。再訪されることで人と人は繋がる。その度ごとに絆が太くなっていく。相手が眠り続けていようがいまいが、絆が強くなっていく。
 なぜだか私はこの三人のナースが立ち去った部屋に残された後味のような不思議な感覚を今になって思い出そうしている。なんとしてでも記憶しておきたかったからである。


「幸福」という文字

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 九十も半ばを過ぎた祖母が施設に入ってから、祖母と母は交換日記を始めた、母はきわめて事務的な文章を残し、祖母はその日に起きた他愛もない出来事を記したり、心のうちを吐露するような、少なくて私から見れば、まるですれ違い続けた交換であるかのように思えた。その祖母が意識を失う前に最後に書いたのが「幸福です」の文字だった。文字のおかげで看病を続けた母はどれだけ救われることだろう。
 まさに祖母の人生そのものを象徴しているように思えた。幸福は不幸の始まりであると堀辰雄の書いた何かの文章で読んだ記憶がある。私は今の今までその言葉を信じ、幸福であると感じるたびに、それに怯え続けて続けてきたのだ。しかしそれは事実ではない!祖母は幸福なのだ。そして私の前で眠り続けるいったいその祖母のどこに不幸が訪れるというのだ!



四月の雨

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 桜の花が盛りをすぎたばかりの四月の雨は、冬の雨よりはるかに冷たく寒いようだ。春の色とりどりの花弁の残骸を無残な姿で晒さないように、それらをいち早く土に返すためには、春の冷たい雨が必要なのだ。
 暖かい花弁は、突然降り注ぐ冷たい雨に触れと、瞬く間に凍死し、カチカチになって永遠の眠りにつく。するとそんな花弁の屍骸は人々の足元によって粉々に粉砕され、いつの間にか芳しき大地へと戻っていく。
 四月の雨は冬の雨よりはるかに冷たくなければならぬのだ。もっと冷たく、もっと寒く!



明け方に

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 空が白み始め、今まさに夜を明かそうとしている私の諸感覚は、あらゆる刃が研ぎ澄まされたアーミーナイフのようだ。わずかに右手の親指に触れただけでも、うっすらと赤みを帯びた筋が指紋を両断してしまうだろう。
 明け方の私に近づいてはならない。鳥のさえずりのヴォリュームが上がれば上がるほど、この刃物は「何か」をその切れ味を試すための餌食にしようとする気持ちを抑制できなくなる。耳をふさげ。鳥のさえずりを聞くのではない。外界と自分を遮断せよ!



研ぎ澄まされた耳

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 暗闇の中でぼくの耳はまるでよく訓練された警察犬の聴力ように研ぎ澄まされたのだった。今、私はジョン・ケージが語ろうとした「音の絶対零度」の意味がわかったような気がする。自分の心音だけではなく、他人の心音を聴き取ることができたときこそが、絶対零度の音を聞き取ることのできる瞬間なのだ。



消灯

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 夜9時、機械的にパチンと音が鳴り響くや否や、病棟の廊下の電燈が一瞬に消え、その瞬間、廊下の端に設けられた駅(ステイション)の蛍光灯の明かりぼんやりと浮かび上がった。あたかも終電の通り過ぎた駅の明かりが一晩中ともっているかのように。
 きっと明日の朝に再び、この駅の雑踏の中に私は立つのだと念じ、私はその廊下にたたずんだ。今の私にとって明日の太陽の光は、そして賑わいは希望だから。


心音

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 小さな機械の箱から発せられる病人のパルスが、悲しげな寝息かため息のように、病院の暗い廊下に鳴り響いている。私の耳は、終始そんなパルス音に集中し、一喜一憂する。目の前の病人の苦しげな寝息ではなく、もはや私はその機械音に生命を感じ、しばらく途切れたパルスが再び鼓動を始めるたびに安堵のため息をつく。



眠ってはならない

2009年04月19日 | 家・わたくしごと
 眠ってはならない。お前は今夜の番人なのだ。後悔しないのか?邪悪な、妖艶な誘惑の罠にかかっていいのか?
 今晩のおまえの時間は、締め切りの原稿にあわてふためくいくつも夜とは違うのだ。だから眠ってはならぬ。病人の不規則な寝息は、おまえにための子守唄ではない・・・。