社会福祉士×ちょっと図書館司書の関心ごと~参考文献覚え書き

対人援助の実践、人材育成、図書館学を中心に気まぐれに書物をあさり、覚え書きをかねて投稿中~

「障害のある乳幼児をもつ母親の変容プロセス-早期の段階における4つのストーリー-」 一瀬早百合

2011-09-13 09:44:48 | 社会福祉学
『社会福祉学』第52巻第2号 2011

障害のある乳幼児をもつ母親について、早期の段階に焦点をあてた質的研究の報告。医師から診断を告げられた段階から、子を受け止める(受け入れる)までの段階について、母親の「自己のポジショニング」を軸に分析をしている。

引用
・Olshansky(1962)による「慢性悲哀説」⇒「苦悩や絶望と関連して表れる悲しみは親の自然な反応であり、それは途絶えることなく続く」
・わが子に対する「障害がある、もしくはあるかもしれない」という医師からの告知は、見通しのもてない不安だけではなく、<自己全体が崩れ>ていくという母親自身の存在を揺るがしていく。
・快・不快の分化も十分でない精神発達段階であっても、母親自身がケアすることで子どもの状態が安定するという関係は、相互交流が成立していると実感がもてるのである。ケアする-される関係は、母親にとっては自己のポジショニングを安定させるのに重要な役割をもつ。
・子どもからケアを必要とされないことが母親の<自己全体の崩れ>を強化させることにつながっている。
・(障害をもつ子どもを育てるということについて)1人ひとりの母親が自分自身をどう意味づけるかという<自己の意味づけ>を十分に尊重する必要がある。
・母親が自己のポジショニングを獲得するために必要なのは、レスパイトサービス等の提供による肉体的疲労の軽減などの「ケアの社会的分有」ではなく、承認や分かち合いといった「関係」にまつわる支援である。


自己の喪失、再獲得に対する支援も、グリーフケアである。

何らかの障害や疾患をもつ子どもを抱える親は、医療機関における「告知」からはじまり、在宅生活が始まれば福祉サービスの対象者となる。子が誕生し(もしくは誕生する前から)、常時そして長期的に、医療や福祉の対象者となり続けることは、それだけでも「しんどい」であろう。
そういった状況のなかで、「母親」としての自分の存在を模索することは、とてつもなく「しんどい」ものであろう。

母親が置かれている状況、抱えている困難を知るために、本論文はとても参考になると感じた。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「救急・集中治療を要する重症意識障害患者に対する家族成員の認識プロセスと看護支援の探求」

2011-09-07 13:16:16 | 看護学
榑松久美子、黒田裕子『日本看護科学誌』Vol.31,No.1 2011


第三次救急に搬送された重症意識障害患者を持つ家族に対して、半構造化面接等を用いて、その認識プロセスの把握を試みている。生死をさまよう段階、生を保証された段階、障害が確定した段階…その場面場面での家族の心理的な葛藤と現実と向きあうプロセスが、丁寧に分析されている。

引用
・救急・集中治療を要する重症意識障害患者に対する認識プロセスの中心現象⇒<意識障害患者とのつながりに対する希望と落胆の共存状態>…嘘と本当の公叉、生きていてくれればいい、もとに戻って欲しい、もとには戻らないかもしれない、変化の受け入れ…の4つの位相から構成されている。
・突然最愛の人が倒れ、あるいは、交通事故に遭い、瀕死の状態かたたとえ命が助かったとしても意識障害の状態は免れないという事実を認識していくプロセスには、、医師や看護師、家族、そして患者との相互作用が不可欠である。



何か困難を抱えている人に対して、適切なケアを提供することは援助者として当然の姿勢である。しかし、抱えている困難やその背景にあるものへの理解が不十分であった場合、それは専門家が提供するケアにはならない。同じ医療機関であっても、場面によって患者・家族のニーズは異なり、画一的なケアを提供することはあってはならない。

救急医療の「いま運ばれている」場面から、「意識障害が確定した」場面まで、家族が求めるケアのニーズは異なる。
本論文は、その理解を助け、援助者にとって必要なものを示してくれると感じた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする