社会福祉士×ちょっと図書館司書の関心ごと~参考文献覚え書き

対人援助の実践、人材育成、図書館学を中心に気まぐれに書物をあさり、覚え書きをかねて投稿中~

「ソーシャルワークの研究方法 実践の科学化と理論化を目指して」 ソーシャルワーク研究所/監修(2010)

2011-01-31 14:01:24 | 社会福祉学
北川清一・佐藤豊道 編

 社会福祉学において、特にソーシャルワークの領域に焦点をあて、実践報告をどのように研究報告としてまとめるか。研究をすすめるにあたっての現象の捉え方などなど、13章によって構成されている(一部は「ソーシャルワーク研究」という雑誌の特集からの加筆・修正となっている)。
 学部生の卒業論文に参考とするのは少し難しい印象を受けるが、数年の経験を得た実践者や修士課程以上の学生には、とても参考になる部分が多いと感じた。


引用
・研究テーマは、研究内容を端的に表現するものなので、一目で理解できるように設定するべきである。(中略)長すぎる研究テーマは、いかにしたら短い表現で内容を伝えられるのかについて、熟考すべきである。(第3章より)

・先行研究の批判的検討というのは、先人の研究結果を十分に検討したうえで、その研究における欠陥や、矛盾点、課題を議論していくという避けることのできない一連のアカデミック作業に他ならないのである。(第4章より)

・(学会発表等で設けられる)ディスカッションの場は、発表者と質問者が対等な関係で行うものであり、もしも質問者の質問内容が不明瞭であったり、質問の意図が掴めなかったりした場合は、遠慮なく聞き返し、質問内容を十分に理解したうえで、明確に答えられるように努力することが大切である。(第12章より)



 自身の現場での経験や研修等で得たものを「科学的に」まとめ、研究論文とすることはとても難しい。量的調査であればなおのこと、その分析の手法についても精通していなければ、適切な結果を導き出すことはできない。
 ソーシャルワークは机上から生まれるものではなく、現場から生まれ、そして成長していく領域であると考える。多くの実践者たちが、色んな場所で、それぞれの経験を語れるようになって欲しいと切に願う。


ソーシャルワークの研究方法―実践の科学化と理論化を目指して
クリエーター情報なし
相川書房
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「がん患者家族のサポート」明智龍男 『こころの科学』No.155-1-2011

2011-01-22 10:14:16 | 医学
がんに罹患した患者の家族に対する支援の現状と課題を提起。家族の視点からみた「がん」と共に生きることについて、分かりやすく述べられている。

引用
・家族は当然のように患者ケアの「一提供者」や「一協力者」としてみなされることもまれではなく、医療の現場では、家族の経験しているこころの問題まで扱われることは少ないのが現状である。家族はケアギバーの役割を担いながら、実に大きな役割変化に対処しているのである。

・家族は医療スタッフから、患者さんの心身の両面をケアするにあたっての協力者と当然のように認識されることが多い。多くの家族は、医療者からの無言の要請に全力で答えようとして、自分のつらい気持ちをこころの奥底にしまいこんで、できるだけの笑顔で、可能な限り元気な姿で患者さん自身を見舞い、身の回りの世話をしているのである。

・わが国におけるがんの患者さんの家族への援助については、その医療における実践もきわめて乏しいのが現状である。これは、わが国のがん医療における大きな課題の一つである。

・家族が経験するストレスやその援助法については、残念ながらほとんど目が向けられていないのが現状である。


 上記の指摘はもっともであり、今後の大きな課題と言えるであろう。
現状では、認定資格を有する看護師やソーシャルワーカーが、家族の存在を気に掛けながら「可能な範囲で援助をする」ことで精一杯であろう。まして、初期のがん患者や家族関係(家族の理解に能力など)に問題がないとみなされた患者・家族への援助は、どうしてもニの次になってしまうのが現状であろう。
 私の父も初期の腎臓がんがみつかりオペを受けたが、病棟看護師、主治医との関わりのみで、本人が「言いにくい」と感じた訴えについては、家族が医療者との仲介者となって、伝えていた記憶がある。それを「当たり前」だと感じていたし、それ以上を期待することは「考えもしない」ことであった。
 しかしがん患者は減少することはなく、低年齢化しているのが現状である。多くの家族に、「当たり前」に援助を提供できることが期待される。ここにソーシャルワーカーの存在があると痛感している。


こころの科学155号 特別企画=家族を支援する
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日本評論社
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「自死遺族支援」赤坂博 高橋千鶴子 酒井明夫 『こころの科学』No.155/1-2011

2011-01-19 20:48:35 | 医学
筆者が取り組んでいる「いわて自死遺族支援モデル事業」についての紹介と、自死を中心とした遺族支援の現状と課題について述べている。「いわて~」の取り組みについては具体的な紹介となっているため、「この部分であれば、他の機関(事業所)でも活用できるかも」という箇所も見受けられた。

引用
「いわて自死遺族支援モデル事業」…かかわる時期は、第三次救急医療施設への搬送や警察署や発見現場での検案という自死発生直後であり、(中略)。精神科医・保健師・臨床心理士というスタッフのいずれかが家族に直接お会いするほか、検案医・警察官から本事業についての情報提供を行う。同意が得られれば、手紙を送った後、四十九日以降に電話で連絡をとり、ニーズの把握やアセスメントを行い、必要があれば継続的な面接や精神科受診、その他の社会資源の紹介などを行っている。相談窓口を開設し、家族からの直接の相談も受け付ける。

「自死遺族」がさらされる危機的状況としては、死そのものから受ける衝撃という一次的ストレスがあり、葬儀、社会的な手続き、生活スタイルの変化、二次被害、悲嘆反応、家族間の問題、といった死別にともなう変化や影響である二次的なストレスがある。

これまで「専門家」がかかわる危機介入という文脈では「こころのケア」について取り上げられることが多かったが、衣食住、職業、家事、コミュニティ活動、学業、経済状態など、日常生活そのものに関する支援の重要性も指摘されるようになった。



 第三次救急という「スピード」を求められるであろう医療の現場においても、家族の呼吸を感じ、その思いを汲み取ろうとしている姿勢に、驚きと安堵を感じた。本書で紹介されていたリーフレットは、家族が読んでも分かりやすい言葉で、かつ具体的に書かれており、このリーフレットの内容だけでも、様々な機関で導入できるのでないかと感じた。しかし取り組みには「人材」も必要。情報提供をしただけではなく、十二分にサポートできるシステムが必須である。
 専門家の育成…どの領域においても、これは永遠の課題なのだと感じた。


こころの科学155号 特別企画=家族を支援する
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日本評論社
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「死生の理解をケア活動に活かす 臨床死生学のエッセンス」清水哲郎(2010)

2011-01-17 10:16:18 | その他
『ケア従事者のための死生学』清水哲郎、島薗進/編集 ヌーヴェルヒロカワ

 「死生学」という学問をどのように臨床の場に取り入れていくか。これまでは研究者による研究者のための書物が多かったように思うが、本書は現場で活躍するケア従事者向けに、より分かりやすい言葉と文章で書かれている。
 表記は「Ⅰ章 ケア従事者に求められるもの」からの引用。

引用
・(洋書で用いられている)<dying>は「死につつある・死にゆく」ではなく、「死に至る最期の生を生きる」とでも訳すべき意味で理解すべきです。

・人間が何を選択し、どう生きようとしているかに関わる意向は、次のような構造で理解できる。
 意向=状況に臨む姿勢(価値観・人生観)+状況把握(認識)
 この構造は、目の前に出された甘そうなお菓子を食べるかどうかという場でも、また、医師から説明され、すすめられた治療をうけるかどうかを選択する場でも成り立っているものですが、世界に対して、もっとも広い視野で、あるいは根本的に問う視点で、向かい、自分の生をどう認識するのか(=状況把握)、そして世界に向かってどのような根本的な姿勢・態度で生きようか、あるいはもうこれ以上生きないぞとなるのか(=状況に臨む姿勢)という対を、だれもが携えているはずです。これが「スピリチュアル」といわれる領域ないし視点だと言ってよいでしょう。

・最期の日々のケアは、まさによい関係のネットワークを支えることを核とすることでしょう。平たく言えば、孤独こそが、自分の生を否定することへと働く要因となるということです。



 「死生学」は、これまでバラバラに語られてきた/研究がすすめられてきた「死」や「生」に関するものを、「死生学」という名のもとに集められ、ともに置かれて、見られている…本書にこのようなくだりがあった。
 確かに、社会福祉学でも医学でも看護学でも、ケアの中心は「よりよい生を支援する」ことであり、これは決して新しいテーマではない。「死生学」はホスピス・緩和の領域にのみ存在するものだ理解されがちだが、決してそのようなことはなく、日常にあふれている事柄である。
 自身の実践の振り返りや終末期ケアの道筋として、きっと役に立つと感じた。


ケア従事者のための死生学
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ヌーヴェルヒロカワ
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「医療・保健・福祉領域での協働のあり方-医学的リハビリテーションにソーシャルワークの視点を援用して-」

2011-01-12 10:52:08 | 社会福祉学
福山和女『総合リハ』第38巻12号 2010年12月

 保健・医療・福祉における協働体制に焦点を当て、それを稼働させることの意義についてソーシャルワークの視点から検討している。
 筆者が長年説いている、ネットワーキング、問題の外在化等を分かりやすく知ることができる。

引用
連携⇒断面的・直線的志向
協働⇒立体的・円環的志向
ネットワーキングとは?⇒「福祉・保健、医療の専門機関間で、互いの専門性を駆使し、社会で人々の生活支援を包括的に行うための協働体制を利用者と共に形成することであり、そのプロセスも含む」

「ネットワーキングは、専門家同士および利用者本人と家族との交互作用から生まれる」


 援助者は、援助方針に沿った行動をしない利用者本人や家族に対して、「理解力が足りない」「困難ケース」と言ってしまうことがある。これは筆者がいうところの「問題の内在化」であり、「問題=利用者本人、家族」という認識に基づいている姿勢だ。しかし、何らかの問題を抱えて最も苦しんでいるのは利用者本人・家族であり、援助者ではない。それを理解する一つの見方として、「問題の外在化」という視点がある。
 援助者はどのように協働体制をとり、そして何に焦点を向けるか…これを間違えると、「援助のしにくさ」「利用者への間違った非難」につながるのだと、あらためて気付かされた。



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「チームワーク」副田あけみ 『総合リハ』 38巻11号 2010年11月

2011-01-06 21:13:21 | 社会福祉学
 地域包括支援センターが多機関・多職種をチームを組み、チームワークを発揮することの難しさについて分析し、問題解決のための策を提案している。
 地域包括支援センターが舞台となっているが、自身が所属している組織の機能と照合し、共感できる部分、学べる部分は多くあると感じた。

引用
チームワーク類型
a.職場チーム:単一組織内の職場チームで、総合病院の看護職チームなどが典型例である。
b.ケアチーム:高齢者や家族、ケアマネジャー、サービス提供者などでつくる利用者中心のチームで、サービス担当者会議を中心に協働する。
c.ネットワーク型チーム:委託型地域包括支援センターが「問題複合事例」を支援するに際して、関係機関・職種を招集してつくるチームである。
d.公式チーム:より深刻な「問題複合事例」への対応を担う高齢者福祉主管課職員などをコアメンバーとするチームである(高齢者虐待担当チームなど)。


 在宅療養支援診療所に勤務していた頃、「どうして行政はここまで逃げ腰か?」と思ったことが何度もあるが、これはどうやら本論文で指摘している「機関間における権威、権限の序列」に原因があったのかもしれない…と気付いた。
 なんらかの疾患を有している利用者(住民)に対しては、医療的な判断が優先され、それに基づいてケアの方針が決められる。それゆえに、「先生のところにお任せします」という姿勢を行政が持ってしまうのは、いたしかたないのかもしれない。しかしだからといって協働から手を引く理由にはならず、場面に応じてリーダーシップを取って欲しいと、やはり期待してしまう。
 時には黒子となり時にはチームを引っ張り…そんな役回りを適切に担える職種、機関はどこなのだろうか。少し考え込んでしまった。

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「認知症の緩和ケアに必要な基本知識-進行期認知症患者の苦痛について-」平川仁尚(2010)

2011-01-04 17:22:18 | 医学
『緩和ケア』Vol.20 No.6 Nov.2010

認知症患者の抱える苦痛に対する緩和ケアの在り方について述べている。基本的な情報が集約されており、読みやすい。

引用
認知症患者の苦痛
①身体的苦痛⇒痛みをはじめとする苦痛症状、日常生活自立度の低下
 終末期認知症患者の特徴…認知機能の低下により、痛みに対して寛容である点、痛みをケア提供者に伝えることが困難である点

②精神心理的苦痛⇒不安、うつ、孤独感、恐れなど。またBPSD(behavioral and phychological symptoms of dementia)と呼ばれる認知症に特有の心理的苦痛がある。
 *BPSD…認知症に伴う徘徊、妄想、苛立ち、攻撃的行動、不潔行為、異食などの行動・心理症状

③社会的苦痛⇒家族関係・人間関係の悪化、金銭的問題

④スピリチュアルペイン⇒自分や周囲の人間が誰なのか分からなくなり、スピリチュアリティは大きく損なわれる。(中略)BPSDにより「こんな人とは思わなかった」という家族や周囲の嘆きがある。BPSDによりその人らしさは損なわれ、名誉も大きく傷つけられる。

終末期認知症患者の苦痛の評価…「名古屋式高齢者苦痛可視化スケール」が有効。スピリチュアルペインの評価は、「センター方式」と呼ばれる「その人らしさ」を評価するビジュアルシートがあり、これを応用することができる。


「緩和ケア=がん終末期患者」ではなく、ひろく様々な疾患、ひとへの活用が叫ばれている。本論文もそのひとつである。
社会的苦痛とスピリチュアルペインについては、患者本人のみならず、家族をも対象とした解説となっているが、まだまだ掘り下げられるであろうと感じられる範疇にとどまっているのが残念である。


緩和ケア 2010年 11月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
青海社
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