社会福祉士×ちょっと図書館司書の関心ごと~参考文献覚え書き

対人援助の実践、人材育成、図書館学を中心に気まぐれに書物をあさり、覚え書きをかねて投稿中~

「家族介護者に対して訪問看護師が行うグリーフケアとアウトカムの構成概念の検討」小野若菜子

2011-08-30 11:11:12 | 看護学
『日本看護科学会誌』Vol.31 No.1 2011

訪問看護師が行っているグリーフケアの現状とその成果について、先行研究を参考に質問項目を作成し、郵送調査を実施。
看護師が行うグリーフケアの現状とグリーフケアを通して何を得たか?を知ることができる。

私の理解力によるものと考えられるが…質問項目の作成過程と調査から得られた現状やアウトカムの構成概念が混在している印象があり、読み込むのに時間を要した。

引用
・看護師は看取り後のグリーフケアをよく実施しているほど、療養生活開始から終末期のグリーフケアをよく実施している
・看護師のアウトカム
 ⇒・学びの機会の獲得
  ・ネガティブな心理的影響
  ・訪問看護への自信
  ・職場の信頼関係の深まり


グリーフケアは、死別後から取り組むのではなく生前から取り組むことで、結果として、家族にとっても看護師にとっても良い結果が得られるという。
死別後から…というなんとなくの認識がある現状で、いかにして意識的に取り組んでいくか。
事業所に「終末期です」という前提で新規患者として依頼が入れば意識しやすいだろうが、慢性疾患等で長年関わっている患者・家族に対しては、取り組みのタイミングがわかりにくいであろう。

WHOによる緩和ケアの定義を踏まえると、疾患や年齢によってグリーフケアは制限されるのではなく、援助者は「常に」意識していることが望ましいと考える。
それは「グリーフケア=死別」に限らず、役割の喪失や活動の制限等も含まれるからである。

究極のところ、保健医療福祉サービスの従事者はどのような人に対しても、常にグリーフケアの必要性を意識していく。
これに尽きるのではないかと感じた。
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「子どもの死の受容と家族支援」NPO難病のこども支援全国ネットワーク・編(2005)

2011-08-28 10:01:18 | その他
流産、死産、新生児死等、子どもを亡くした親に対して、そして病を抱える子どもに対する支援のあり方を提言。遺族、教諭、医師…様々な立場から、現状と課題を訴えている。

引用
・子どもにおける死の受容の発達(先行研究を引用:ハンガリーのナジによるもの)
第一段階…3~5歳の子どもは死を永続的でとり返しのつかないものとは受け止めておらず、死の中に生を見ている。
第二段階…5~9歳の子どもは死を擬人化することが多く、死を偶然の事件と考える。
第三段階…9歳以上の子どもは、死を大人と同じように避けることのできないものとして認識するようになる。

・障害に対しての取り組み(とくに医療的治療)を十分かつ適切に行うことができるのであれば、障害を個性という言葉で表現することはやぶさかではありません。しかし、このような前提が無視されるならば、障害を個性とする表現は、きわめて危険な行為であるといわざるを得ません。

・赤ちゃんの死を考えるとき、流産であっても死産であっても新生児死亡であっても、赤ちゃんは「生まれて」「生きて」そして「亡くなった」のであり、親は「出会って」「ともに生きて」そして「別れた」のだということを、しっかりと意識していなければなりません。赤ちゃんの死を前にしたとき、標津の悲しみを支えるケアだけではなく、出会いの実感を支え、別れを支えるための丁寧なケアが必要とされる。

・グリーフケアで求められること
①当事者同士をつなげる。(それは、他の会や個人的にでもいい)
②親が、自分や他人を責めない環境に近づけてあげる。
③亡くなったから、終わりではなく、はじまることもあるということを伝える。



-どんな状況であれ、現実をありのまま伝え、そして向き合うことを支援する-
これはどの領域であれ、グリーフケアには不可欠な要素であることを痛感した。

死後も継続して支援する。
ニーズはあれど、提供はできていない、これが現実であろう。
病院関係者が継続できなければ、患者会等につなげる。
退院後まで手が回らなければ、保健所等につなげる。
ケア提供者は多くの選択肢をうまく活用し、孤立させてはいけない。
これはケア提供者にはとって、最低限のルールである。

子どもの死の受容と家族支援
クリエーター情報なし
大月書店
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「赤ちゃんの死へのまなざし-両親の体験談から学ぶ周産期のグリーフケア-」

2011-08-24 14:57:33 | その他
竹内正人・編著/井上文子・井上修一・長谷川充子・著

死産を体験した両親と、そのお産に立ち会った助産師の振り返りを中心に、編著者である産科医が周産期におけるグリーフケアの重要性を説いている。
周産期のグリーフケアのありようについて、体験者の言葉はとても重く、自分のものとして咀嚼するのは少し大変であった。しかし周産期の領域に限らず、医療従事者や医療の現場に出ることを検討している方たちにとっては、気付かされることが多い本だと感じた。

引用
・(胎内で赤ちゃんが亡くなっているという)宣告が医療者にとってもストレスでないはずがありません。その大変さは理解できるのですが、最初の告知のあり方が、家族の赤ちゃんの死の受け止め方にも大きな影響を与えることを医療者には理解してほしいです(p.27)。
・(退院後、夫婦で周りからの連絡を遮断する方法を選択)社会から完全にひきこもるという時間というのは、悲嘆過程にはやはり必要不可欠なプロセスだと実感しました(p.71)。
・死産後すぐは無気力で、「死ぬ気力がないから生きる」日々が続きました(p.133)。
・(父親に対するグリーフケアの必要性について…)戸籍には載らない命であっても、死産という経験は夫婦や家族に想像以上のショックとダメージを与えます。死産後の身体的・精神的ケアのためにも夫婦で向きあう時間が必要であるという認識が、社会的に認められることを望みます(p.147)。
・(死産という出産の過程において、医療者に感謝していること…)出産の過程で担当者が代わらなかったことです。どんなことがあっても見届けるのだという、医療者の気持ちが伝わってきました(p.171)。
・医療者に望むこと…①赤ちゃんの心音が取れない時点から危機介入的なアプローチをして欲しい。②医療者にグリーフケアを学んで欲しい。③チームで対応することを心がけて欲しい(チームには医療職に限らず、事務職員や配膳係も含む)。④退院後も関わり続けて欲しい(p.202).
・(退院後に病院とコンタクトを取る手段として…)電話だけでなく、メールやファックス、手紙といったいろいろなチャンネルがあればいいなと思います(p.204).
・周産期のグリーフケアのコンセプトは、ずばり「生きて産まれてきた子と同じように接する」です(p.230)。
・グリーフケアに関わる者には、"伝える"と"伝わる"は違うということを心得ておいてほしいです(p.234)。



グリーフケアというと、「がんの終末期患者を看取った家族」を対象とした文献等が多い。しかし実際には、日常生活のなかに多くの「喪失」があり、医療の現場にも日常的にあふれているのだと思う。
周産期に焦点を絞ったものを初めて読んだが、これは周産期に限定せず、多くの場面に共通する「信念」のようなものが含まれていると感じた。

医療者は時に、責任追求を逃れるために組織から「謝罪」をしないように言われることがあるという。しかし真摯に向き合い、最善を尽くした結果としての「謝罪」であれば、それは間違ったように受け取られるのではなく、本来の意味を持って受け取られるのだと、本書を通して考えさせられた。
そのためには、医療者が逃げずに向き合い、そして時間をかけて信頼関係を作っていくことだと思う。
忙しい医療の現場で、これを実行するのは容易ではないだろう。しかし医学の本来の目的は何か?と考えたときに、医療行為以外のものに時間や労力を少しだけでも費やせるのではないだろうか。その可能性を信じたい。



赤ちゃんの死へのまなざし ―両親の体験談から学ぶ周産期のグリーフケア
クリエーター情報なし
中央法規出版
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「自死遺族当事者の悲嘆およびケアへのニーズに関する調査研究」 川野健治

2011-08-22 13:51:52 | その他
『厚生労働科学研究費補助金(こころの健康科学研究事業)研究協力報告書』

自死遺族が持つケアニーズを把握することを目的に、質問紙による郵送調査を実施。その結果を報告している。現状把握が本研究の主目的であるため、結果を踏まえた対策の提示やツールの開発等はない。これらは次研究に持ち越しとのこと。

引用
・故人への怒りは「全くない」が41.8%
・自責の念が「いつもある」が55.2%
・ソーシャルサポート…家族、自死遺族関係者、友人の順に多い
・二次的被害…親戚、家族、友人の順に多い


ソーシャルサポートも二次的被害も、医療従事者は30%を切っている。
「突然死」に分類されるがゆえに、医療従事者との関わりが少ないことが原因のひとつであろう。
その後、自身でアクセスする「力」が残っている遺族ばかりではない。どんな亡くなりかたであれ、ほとんどの方は医療従事者と接する。言い換えれば、医療従事者はどんな遺族とも関われる機会がある。
これをどのように活かし、ケアを継続していくか。これが大きな課題であろう。
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「緩和ケアに関わることばと看護-スピリチュアリティをめぐって-」田村恵子

2011-08-15 08:49:07 | 看護学
『緩和ケア Vol.21 No.4 JUL.2011』

スピリチュアルという言葉の意味をあらためて確認。題名に「看護」とあるが看護に限定したものではなく、ケア従事者全般に向けたものである印象。


引用→
・医療におけるスピリチュアルケア
死すべき存在としての人間=スピリチュアルニード→→臨床における患者からの「問い」=スピリチュアルペイン→→医療者として「問う」人に寄り添う→→スピリチュアルケア

・わが国において、スピリチュアリティの定義を明確化する「コンセンサス・カンファレンス」が開かれることが必要


-----
スピリチュアルについては、関心はあるものの、その全容は掴みにくい。それは学問によって、少しずつ捉え方が違うこと。さらに現場への活用法が一定ではないことが原因だと考える。

人としての痛みに寄り添う…これはソーシャルワークの根底にあるため、あえて「スピリチュアル」と読み替えなくても…という気もする。

議論を活発化させているのが医療者だからなのか。
医療の現場では、これまであまりにも「人/人間」としての患者として接してこなかったために、より重要視するようになったのか。


緩和ケア 2011年 07月号 [雑誌]
クリエーター情報なし
青海社
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「遺族ケアのニーズと現状に関する基礎調査研究-遺族のリスク評価法の開発-」 高山圭子

2011-08-09 15:09:56 | 看護学
『日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団 2003年度調査研究報告』

前年度の調査結果を受け、限られた時間・人材のなかで適切な遺族ケアが実施できるよう、リスク評価法の開発を試みている。本調査はその初段階で、評価尺度として適切な項目の選定等、検討材料の抽出を試みている。

引用
先行研究より
⇒・遺族のリスク評価でしばしば評価される要因は、社会的、個人的、環境的の3要因である。
 ・遺族のリスク評価を行っていたホスピス・緩和ケア病棟のうち、81%は患者の死の直後もしくは1週間以内に評価していた。

・公式の遺族のリスク評価尺度として、Parkes&Weiss(1983)によって開発されたBereavement Risk Index(BRI)がある。この尺度は、故人享年、経済的状況、死までの準備期間、執着と思慕、怒り、自責の念、家族のサポート、臨床家による予測、という8項目によって構成されている。

調査結果より
⇒遺族の自己評価によるリスク評価と心身の健康状態との関連。次の項目にそれぞれ該当すると回答した遺族は、心身の健康状態が悪い傾向にあることを示した
①私は当時、過去の喪失体験をうまく乗り越えられていなかった
②私は当時、患者を除く、他の家族構成員との関係が良くなかった
③私は当時、怒りやいらだちの感情を抱いていた
④私は当時、患者の死に対する心の準備ができていなかった
⑤私は当時、不安が強かった
⑥私は当時、過去にカウンセリングや精神科を受診した経験があった



少ない時間、人材で、いかにして適切なケアを提供するか。
約10年前からすでにこういった試みに着手していたことに、正直驚いた。この調査結果をもとに作成されたであろうリスク評価票は、現時点で、どの程度活用されているのだろうか。
以前、他の文献、もしくは本論文の筆者が所属している淀川キリスト教病院のHPで、その評価票を目にした記憶がある。公式のものであれば、多くの機関で活用できるであろうし、していくべきであろう。
それがケアの充足につながっていくと考える。
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「遺族ケアのニーズと現状に関する基礎調査研究」 高山圭子

2011-08-09 09:39:27 | 看護学
副題:-わが国のホスピス・緩和ケア病棟における遺族ケアの現状と課題-
 『日本ホスピス・緩和ケア研究振興財団 2002年度調査研究報告』

ホスピス・緩和ケア病棟における遺族ケアの現状を把握するため、自計式質問紙調査を実施。その結果と今後の課題について報告している。
10年前の調査であるため、現在のそれとイコールであるとは限らないが、動向を知るためには役に立つ報告であると考える。

引用
・遺族ケアの実施の有無…95.5%の施設が何らかの遺族ケアを行っていると回答
・遺族ケアの種類…カード送付(手紙送付)、追悼会の実施が最も多い
・遺族ケアの担当スタッフ…97.4%の施設は看護師が担当
・遺族ケアを行うにあたっての困難…1位 ケア提供者へのトレーニングが十分ではないこと、2位 組織としての体制が十分でないこと、3位 時間的な余裕がないこと、4位 担当する人が不足していること
・将来的に遺族ケアの中心として期待するスタッフ…1位 看護師、2位 遺族ケアの専門スタッフ、3位臨床心理士、4位 医師、5位 ソーシャルワーカー
・遺族ケアの今後の課題…1位 組織として遺族ケアを行う体制の整備、2位 遺族ケアについての教育の充実、3位 ケアの必要性の高い遺族の評価(リスク評価)

報酬に関しては、43.7%の施設において勤務外で手当はなく、病棟スタッフの「ボランティア」として遺族ケアが行われている。


上記について、そもそも遺族ケアを「業務の一環」ととらえるか、「医療サービスの付加価値的なサービス」ととるかによって、その取り組みに違いが出ると考える。
業務の一環とするのであれば、「ボランティアの業務」という認識はなくなるであろう。調査結果で「病棟スタッフのボランティア」という表現が出てきたのはおそらく、スタッフに何らかの負担感が生じている証であろう。それが賃金に関してなのか否か…。
今後の取り組みの課題に、組織としての体制整備がダントツで1位であったのは、このような背景があるからであろう。

遺族ケアは家族支援の一環であり、ホスピス・緩和においては特に、家族支援も重要なケアサービスのひとつである。
現在もなお、それを担う専門家の存在が不明瞭であることに変わりはない。スタッフが持つ知識と技術、スタッフの意識改革、組織の後方支援体制…課題はまだまだ山積みである。

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「訪問看護師に対する遺族の怒り」 小林尚司 (2010)

2011-08-06 14:07:01 | 看護学
『日本赤十字豊田看護大学紀要』5巻1号

在宅介護の末、在宅で義母を看取った親族に対する面接調査を通して、悲哀に伴う医療者への怒りの原因を追求している。
看取り後の遺族のこころの葛藤を垣間見ることができ、訪問看護師ならずとも、すべての医療者に通じる内容となっている。

引用
・面接調査中の対象者の言葉⇒
「(病院の看護師さんと訪問看護師とは)距離が全然違う。本当に近いですよ。病院の看護師さんが1キロくらい離れているとしたら、在宅では1メートルくらい」
(看取り後に)「ちゃんとやったよって。まあ証人じゃないですけど、そういうのが欲しかったのかもしれない。」

・死別後のサポートとして期待していること…「悲哀の理解」「介護の承認」。サポートに満足していると、援助者に対して【肯定的な意味付け】として「過去の関わりの意義を再確認」「信頼の深まり」につながり、サポートに不満があると、【否定的な意味付け】として「過去の関わりを悪く解釈」「信頼に対する裏切り」につながる。

・死別の悲哀や介護への自責の念といった苦痛においても、訪問看護師への期待が大きいことが示された。



衝撃的なタイトルの論文である。
1事例からの報告であるため、一般化は難しいであろうが、遺族のこころの経過を丁寧に綴っている。

在宅は患者・家族にとっては、生活の多くを見せているため、必然的に気持ちの距離も近くなる。
それゆえに「これくらいは理解してくれているだろう」という期待感を沸かせ、それが実現されなかったときには、怒りにつながるのかもしれない。
ビジネスとしての援助には、ある一線があり、それによって冷静で公平なケアを提供できている側面がある。
利用者の想いに過不足なく寄り添う時に、真の「プロ」としての姿勢が問われると痛感した。

コメント (2)
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「人工呼吸器不装着の筋萎縮性側索硬化症療養者を看取った配偶者における告知から死別後までの体験」

2011-08-05 15:11:55 | 看護学
遊佐美紀、牛久保美津子 『日本難病看護学会』第13巻第2号(2008)

 人工呼吸器を装着せずに亡くなった配偶者を持つ人へのインタビュー調査。質的研究であるため、対象者の体験をリアルに感じることができる。一言一言がとても重く、考えさせられる。

引用
・わが国のALS患者数は平成16年度末に約7000人で、人工呼吸器使用の在宅患者はALS患者全体の18.2%である。

・インタビュー回答から⇒
「介護者と療養者は、同病者や家族介護者と情報交換を行いたいと保健所や病院に求めたが、情報交換ができずに困った」
「人工呼吸器を着けていれば、まだ生きていたのか、着けなかったことが悪かったのか」
「夜間の排尿介助では巡回時にすぐに排泄できないと介護員は苛立ち、また(介護員が)訪問した際に介護者も起きなかればならなかったため、夜間の排尿介助サービスはデメリットであった」
「人的サービスの利用は介護のすべてを任せられず介護負担の軽減にならない」
「自分がやりたいことをしたいと思うが、介護は自由を奪われる感覚があり喜びを感じなかった」

・呼吸状態のアセスメントを十分に行い、療養者と家族が人工呼吸器選択についての意思決定を行えるよう、話し合いの時期を逃さないようにする支援、ならびに不装着の場合は臨死期のたいへんな介護を十分にサポートできるような支援が、ALS遺族へのグリーフケアの見地から重要。


人工呼吸器装着の有無の選択が生死を分ける。これほどに苦しい選択は、他にはないであろう。
しかしこの選択は、診断を受けた時から常につきまとい、療養者や家族を苦しめているのが現実である。
診断を受けた時点では外来患者として医療機関を関わっていることが多いため、診断告知後の支援は、残念ながら不十分であると考える。
どのような選択をしても、家族を亡くしたひとたちは罪悪感に苦しむ。だからこそせめて、誰かが見守り続けていかねばならないと痛感した。
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「オーストラリアの高齢者緩和ケアの現状と課題」福田裕子 『海外社会保障研究』Autumn 2009 No.168

2011-08-01 10:28:36 | その他
 オーストラリアにおける緩和ケアの現状について、社会情勢等を踏まえて分かりやすく報告している。
日本と同様、高齢社会が深刻化しているが、その取組の充実さは、日本も学ぶべき点が多い。

引用
・オーストラリアの緩和ケアは、1980年代より地域中心型のサービスとして発展した。
 1987年には医療サービス(国民皆保険:Medicare)として緩和ケアが提供できるようになった。
・死亡場所に関して、一般病院54%、緩和ケア病棟20%、自宅16%、介護施設10%。
・連邦政府と各州政府が2000年にNational Palliative Care Strategyを掲げ、政府としての緩和ケアの方針を専門家との協議のもと策定した。これには3つの大きな柱がある。①認識と理解 ②質と効果 ③ケアのパートナーシッップ
・都市部では、在宅緩和ケアチーム、入院緩和ケア施設、急性期ケアと急性期病院における緩和ケアコンサルタントチームが連携をとり合い、適切な療養環境へのスムーズな移行を支援するためのシステムが構築されている。
・2004年に高齢者介護施設における緩和ケアアプローチのガイドラインが作成され、緩和ケアに必要な79項目の要素が含まれている。
・Tel Health…遠隔地で直接コンサルテーションが難しい患者をビデオや電話を使用して都市部のコンサルテーションチームに依頼したり、家族ミーティングなどに電話で参加してもらうなど、距離があっても専門のコンサルテーションを受けることができるシステムを取っている。



 地域によって、受けられるケアの格差が生じることは、日本と同様オーストラリアにとっても課題のひとつのようだ。日本と違うのは、それを問題として国で取り組んでいること。予算を組み、専門の検討チームを構成し、取り組んでいる様子が伺える。
 さらに援助者側の教育に関しても、無料でプログラムを受けられるようにしたり、実践に即したプログラムを提供したりと、これも国をあげて取り組んでいる。援助者が育たなければ、よいケアは提供できない。それはケアを受ける場所の選択肢を狭めていることにつながる。

 私は広島県の都市部とは少し離れたところに住んでいる。この町では、がんの専門的は治療は受けられないし、情報を得る場所もない。また、以前関わっていたグループホームでは、介護職に「ここで看取りをしていく」という意識はなかった。嘱託医は在宅療養支援診療所を標榜している開業医であったが、排便コントロールですら、適切に指導をしていなかった。これを「地方」が解決すべき問題ととるか否か。この意識の違いが、オーストラリアとの違いであると考える。
 


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