社会福祉士×ちょっと図書館司書の関心ごと~参考文献覚え書き

対人援助の実践、人材育成、図書館学を中心に気まぐれに書物をあさり、覚え書きをかねて投稿中~

「これからの地域医療を担う在宅療養支援病院」武藤正樹(2010)

2010-11-29 10:55:00 | 医学
『地域連携入退院支援』Vol.3 No.5

2010年4月の診療報酬改定において、施設要件が緩和された「在宅療養支援病院」に焦点をあて、その実態と課題、今後の展望について提起している。

引用
・在宅療養支援病院は、在宅療養支援診療所の病院版であり、2008年の診療報酬改定で新設された。
・200床未満の病院で要件をクリアし、地方厚生局に届け出ることで在宅療養支援病院となる。
・2010年8月現在では、全国で329、東京都でも11にとどまっている。


在宅医療の推進、在宅療養支援診療所の機能向上には、後方支援病院が不可欠である。その役割を期待され、在宅療養支援病院が新設されたが、この数も頭打ちになっているのが現状である。

さらに本論では、日本慢性期医療生協協会の会長が掲げる在宅療養支援病院のあるべき姿10カ条が紹介されている。
ここに、「地域包括支援センターを併設し、介護予防だけではなく地域の介護連携センター機能を持つこと」があったが、これには違和感を感じた。地域の介護連携センター機能については、今もすでに求められている役割であり、少ない人員で、行政や民間を巻き込んだ「連携」に奮闘しているセンターが多くあるだろう。そして地域包括支援センターはすでに「介護予防」だけではなく、広く地域住民の「見えないニーズ発掘」にも着手している。
在宅療養支援病院の要件に、「連携調整を担当する者を配置している」というものがある。すでにこの要件が存在しているのだから、この機能を強化させることが先決であると考える。
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「アメリカとイギリスのグリーフケアと死生学の実際-日本への導入にあたって感じたこと-」宮林幸江

2010-11-19 20:20:24 | 看護学
『社会福祉研究』第106号 2009.10

 アメリカとイギリスにおけるグリーフケアと死生学について概観している。自身が参加した研修会等の報告を踏まえた論述であり、具体的な研修プログラムを知ることはできるが、学問的な背景を知るという面では、少し物足りない印象を受けた。

引用
・アメリカにおいて
⇒病院・ホスピスの治療対象者には、死別後のアフターケアが用意されていることが説明される。死亡後7日以内に、病院側から電話もしくは訪問により遺族にグリーフケアのオファーがなされる。
⇒全グリーフケアの5~10%はドネーション(寄付)によって賄われている。

・イギリスにおいて
⇒イギリス全土をカバーする遺族ケア組織が存在する。この組織の設立目的は、①無料で情報、アドバイス、カウンセリング援助を意死別遺族に提供する、②死別遺族を支援する人や組織に対する援助や情報の提供、トレーニングの機会の提供とその組織についてお知らせをする、③死別者により関心を寄せるように、キャンペーンや情報サービスを行う、④訓練されたボランティアを利用したいという遺族に紹介する。


法律によって、もしくは宗教的な背景があって、両国ではグリーフケアが充実している。そしてまた、きちんとした組織によって、グリーフケア従事者の教育プログラムが用意されていることも、その普及の要因であろう。
財政的に、組織的に、継続的に…多くの側面で、日本は学ぶべき点があると痛感した。



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「スピリチュアルケアの本質-死生学の視点から-」藤井美和 『老年社会科学』31(4)2010

2010-11-11 21:00:38 | 社会福祉学
 スピリチュアルケアの意味することを、諸外国の先行研究や日本の宗教観等を踏まえて論じている。
スピリチュアルの定義は、未だに確立したものだとは言い難いが、自身の理解を深めるために役に立つと感じた。

引用
・スピリチュアリティは、人間存在の根源を支える領域と考えられ、どのような状態であっても自分の存在をよしとできる、生きることに根拠を与える根源的領域だと理解することができる。
・生きる意味や関係性が見いだせない苦しみがスピリチュアルケアペインということになる。
・(スピリチュアルペインに)どのようなケアが可能となるだろうか。もしなにかできることがあるとすれば、それが「寄り添い」であると考える。
・寄り添いは目の前の人を丸ごと受け止めることができるかという(援助者への)問いかけを受けることである。


「寄り添い」は物理的な行為にとどまらず、援助者への投げかけである…という論点は、非常に興味深い。
「あなたは何ができるか?」と、ソーシャルワーカーを経験した人であれば、必ず一度は聞かれたであろう。
これはそれよりももっと奥深く、職業としての専門性にとどまらず、人間としての「わたし」も試されるであろう。
人間性の成長は年齢を重ねるだけで得られるものではなく、人間としての体験をどう感じ、どう活かしていくかにもあると、とても考えさせられた。
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「在宅ホスピスケアにおける利用者の家族とケア提供者が共有できるクリニカルパスの開発」島内節

2010-11-01 10:09:27 | 看護学
『財団法人 笹川医学医療研究財団 平成16年度研究助成 報告書』

 在宅ケア開始期・小康期・臨死期・死別後に家族と専門職が共有可能なクリニカルパスを開発することを目的としている。
アセスメント項目の妥当性を検討するため、ガン高齢者、徐々に衰退した高齢者の2タイプの事例を用いて抽出作業を行い、ケア提供者側、家族側が必要とする項目についての調査を実施している。


・がん高齢者の経過時期に関わらずニーズ、ケア実施、アウトカムともに低かったのは、「やり残していることを実施できるようにする」である。
・死別後のケアについて、全回答を通して、「死別後のケアは十分ではない」という見解が示された。
・経過表(クリニカルパス)を本人に示したいか?⇒「利用者本人には示さずに家族が利用することに限定したほうがよい」という結論に達した。


家族とケア提供者が共有できる…ということが目的であるため、「本人の存在はどうなるのか?」と問いは愚問なのかもしれないが、終始、その疑問は消えなかった。
本人に対して「ケアが提供されたか?」を判断しているのは、家族であり、本人そのものではない。これに関連して、上記で紹介した「やり残したことを実施できるようにする」についてのニーズが低かった、というのは十分に納得ができない。もともと、「いつ天に召されても悔いはない」という状態であったのか、それとも家族から見た判断に過ぎないのか…このあたりの言及を深める必要があるだろう。

米国では、本人と家族は別の人格であり、別のニーズがあり、別の意志があるとはっきりと示されている。家族がホスピスケアを受けさせたいと思っても、本人が拒否すればその意思が優先される。
文化の違いだからと一喝するのは簡単だが、学ぶべき要素もあると感じる。

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