どんぴんからりん

昔話、絵本、創作は主に短編の内容を紹介しています。やればやるほど森に迷い込む感じです。(2012.10から)

走れメロス・・紙芝居版

2015年12月13日 | 紙芝居

     走れメロス/原作・太宰治 脚本・西本鶏介 絵・宮本忠夫/鈴木出版/2012年

 中学国語教科書のなかに「走れメロス」があって、どうにか語れないかと思いながら何回か読んでいます。
 語るには、長すぎるのと、表現が難解なところあるのですが、いわんとするところがはっきりしているのが魅力です。
 題名はよく知っていても、これまで実際に読むことはなかった太宰作品。
 紙芝居のなかに、この「走れメロス」がありました。

 脚本は西本鶏介さんで、絵本でなじみがあったので、どんなふうに脚色されているのか興味がありました。
 原作がよく生かされていますが、それでもまだ長いので、覚えるには相当苦労しそうですが・・・。

 こんな内容です。

 メロスは、村の羊飼いで、だれよりも悪を憎む男であった。両親も 妻もなく、十六になる妹とふたりで暮らしていた。その妹が 婿を迎えることになったので、花嫁衣装や 結婚式のごちそうを買うため、野を越え、シラクスの市にやってきた。
 この市には 石工をしている竹馬の友、セリヌンティウスがいる。久しぶりに会うのが楽しみである。
ところが歩いているうちに メロスは、まちの様子を怪しく思った。夜のせいばかりでは無く、市全体が、やけに寂しい。二年前にやってきたときには 夜でも みんなが歌をうたって、まちは賑やかであった。メロスは 若者をつかまえ、そのわけを聞いたが、若者は、首を振って答えなかった。しばらく歩いて老人に会い、今度は からだをゆすぶって 質問した。老人はあたりをはばかる低い声で答えた。
「王様は、人を殺します。はじめは 王さまの妹むこさまを。それから妹さまを。それから 皇后さまを。賢臣のアレキスさまを。」
「おどろいた。国王は乱心か。」
「いいえ、乱心ではございませぬ。人を、信ずる事が出来ぬ、というのです。このごろは、臣下の心をも、お疑いになり、少し派手な暮しをしている者には、人質ひとりずつ差し出すことを命じて居ります。御命令を拒めば殺されます。きょうは、六人殺されました。」
 聞いて、メロスは激怒した。「呆れた王だ。生かして置けぬ。」
 メロスは、単純な男であった。買い物を、背負ったままで、のそのそ王の城にはいっていき、たちまち捕らえられた。ふところから、短剣が出てきたので、騒ぎが大きくなってしまった。メロスは、王の前に引き出された。
「この短刀で何をするつもりであったか。言え!」
「市を暴君の手から救うのだ。」とメロスは悪びれずに答えた。
「お前などには、わしの孤独の心がわからぬ。」
王が、メロスを見て、あわれむように 笑った。
「言うな!」とメロスは、いきり立っていいかえした。
「人の心を疑うのは、最も恥ずべき悪徳だ。王は、民のまごころさえ疑っておられる。」
「人の心は、あてにならない。人間は、もともと私慾のかたまりさ。信じては、ならぬ。わしだって 平和を望んでいるのだが。」
「なんのための平和だ。自分の地位を守るためか。罪の無い人を殺して、何が平和だ。」
「だまれ。」王は、さっと顔を挙げた。
「口では、どんな清らかな事でも言える。おまえだって、いまに、磔になってから、泣いて詫びたって聞かぬぞ。」
「ああ、王は りこうだ。自惚れているがよい。私は、ちゃんと死ぬる覚悟で居るのに。命乞いなど決してしない。ただ、――」
と言いかけて、メロスは足もとに視線を落ししばらく ためらってから ことばをつづけた。
「処刑までに三日間の日限を与えて下さい。たった一人の妹に、亭主を持たせてやりたいのです。三日のうちに、私は村で結婚式を挙げさせ、必ず、ここへ帰って来ます。」
「とんでもない嘘を言うわい。逃がした小鳥が帰って来るというのか。」
「そうです。帰って来るのです。私は約束を守ります。そんなに私を信じられないならば、よろしい、この市にセリヌンティウスという石工がいます。私の無二の友人だ。あれを、人質としてここに置いて行こう。私が逃げてしまって、三日目の日暮まで、ここに帰って来なかったら、あの友人を絞め殺して下さい。たのむ。」
 それを聞いて王は、そっと ほくそえんだ。
「どうせ帰って来ないにきまっている。この嘘つきに騙された振りをするのも面白い。その身代りの男を、はりつけして、世の中の、正直者とかいうやからに見せつけてやりたい。」
「願いは、聞いた。その身代りを呼ぶがよい。三日目の日没までに帰って来い。おくれたら、その身代りを、きっと殺すぞ。ちょっとおくれて来るがいい。おまえの罪は、永遠にゆるしてやろうぞ。」
「な、なにをおっしゃる。」
「はは。いのちが大事だったら、おくれて来い。おまえの心は、わかっているぞ。」
メロスは口惜しくて じだんだ踏んだ。
 竹馬の友、セリヌンティウスは、深夜、王の城に召された。佳き友と佳き友の二年ぶりで再会であった。メロスは、友に一切の事情を語った。セリヌンティウスはだまってうなずき、メロスをひしと抱きしめた。友と友の間は、それでよかった。セリヌンティウスは、縄打たれた。
メロスは、すぐに出発した。初夏、満天の星である。
メロスはその夜、一睡もせず十里の路を急ぎに急いで、村へ到着したのは、あくる日の午前、陽は既に高く昇って、村人たちは野に出て仕事をはじめていた。メロスの妹も、きょうは兄の代りに羊のむれの番をしていた。よろめいて歩いて来る兄の姿を見つけて驚いた。メロスは無理に笑おうと努めた。
「市に用事を残して来た。またすぐ市に行かなければならぬ。あす、おまえの結婚式を挙げる。早いほうがよかろう。」
妹は頬をあからめた。
「うれしいか。綺麗な衣裳も買って来た。さあ、これから行って、村の人たちに知らせて来い。結婚式は、あすだと。」
 メロスは、また、よろよろと歩き出し、家へ帰って神々の祭壇を飾り、祝宴の席を調え、間もなく床に倒れ伏し、呼吸もせぬくらいの深い眠りに落ちてしまった。
 眼が覚めたのは夜だった。メロスは起きてすぐ、花婿の家を訪れた。そうして、少し事情があるから、結婚式を明日にしてくれ、と頼んだ。婿は驚き、こちらには未だ何の仕度も出来ていない、葡萄の季節まで待ってくれ、と答えた。メロスは、夜明けまで 説得をつづけ、やっと、どうにか婿をなだめすかして、説き伏せた。
結婚式は、真昼に行われた。新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。
祝宴は、夜に入っていよいよ乱れ、華やかになり、人々は、外の豪雨を全く気にしなくなった。メロスは、一生このままここにいたい、と思った。このよい人たちと生涯暮して行きたいと願ったが、いまは、自分のからだで、自分のものでは無い。ままならぬ事である。メロスは、わが身に鞭打ち、ついに出発を決意した。
メロスは花嫁に近よっていった。
「おめでとう。私は疲れてしまったから、ちょっとご免こうむって眠りたい。眼が覚めたら、すぐに市に出かける。私がいなくても、もうおまえには優しい亭主があるのだから、決して寂しい事は無い。おまえの兄の、一ばんきらいなものは、人を疑う事と、嘘をつく事だ。おまえも、亭主との間に、どんな秘密でも作ってはならぬ。おまえの兄は、たぶん偉い男なのだから、おまえもその誇りを持っていろ。」
それから花婿の肩をたたいていった。
「仕度の無いのはお互さまさ。私の家にも、宝といっては、妹と羊だけだ。他には、何も無い。全部あげよう。もう一つ、メロスの弟になったことを誇ってくれ。」
メロスは笑って村人たちにも会釈して、宴席から立ち去り、羊小屋にもぐり込んで、死んだように深く眠った。
眼が覚めたのは翌る日の薄明の頃である。メロスは跳ね起き、南無三、寝過したか、いや、まだまだ大丈夫、これからすぐに出発すれば、約束の刻限までには十分間に合う。メロスは、悠々と身仕度をはじめた。雨も、いくぶん小降りになっている様子である。ぶるんと両腕を大きく振って、雨中、矢の如く走り出した。
「私は、今宵、殺される。殺される為に走るのだ。身代りの友を救う為に走るのだ。」
幾度か、立ちどまりそうになった。えい、えいと大声挙げて自身を叱りながら走った。村を出て、野を横切り、森をくぐり抜け、隣村に着いた頃には、雨も止み、日は高く昇って、そろそろ暑くなって来た。
「もはや故郷への未練は無い。まっすぐ、王の城に行き着けば、それでよいのだ。そんなに急ぐ必要も無い。ゆっくり歩こう」
持ちまえの呑気さを取り返し、好きな歌をうたいはじめた。
シラクスの市まで、あと半分の距離をすぎたとき、メロスの足は、はたと、とまった。見よ、前方の川を。きのうの豪雨で山の水源地ははんらんし、濁流とうとうと下流に集り、どうどうと 響きをあげる激流が、こっぱみじんに橋げたを跳ね飛ばしていた。メロスは、川岸にうずくまり、男泣きに泣きながらゼウスに手を挙げて哀願した。
「ああ、しずめたまえ、荒れ狂う流れを! 時は刻々に過ぎて行きます。太陽も既に真昼時です。あれが沈んでしまわぬうちに、王の城に行き着くことが出来なかったら、あのよい友達が、私のために死ぬのです。」
濁流は、メロスの叫びをせせら笑う如く、ますます激しく躍り狂う。今は泳ぎ切るより他にない。
メロスは、ざんぶと流れに飛び込み、百匹の大蛇のようにのたうち荒れ狂う浪を相手に、必死の闘争を開始した。
獅子奮迅の人の子の姿には、神も哀れと思ったか、ついに情けをかけてくれた。押し流されつつも、見事、対岸の樹木の幹に、すがりつく事が出来たのである。
(ありがたい・・・・)
メロスは馬のように大きな胴震いを一つして、すぐにまた先きを急いだ。一刻といえども、むだには出来ない。陽は既に西に傾きかけている。ぜいぜい荒い呼吸をしながら峠をのぼり、のぼり切って、ほっとした時、突然、目の前に一隊の山賊が躍り出た。
「待て。」
「何をするのだ。私は陽の沈まぬうちに王の城へ行かなければならぬ。放せ。」
「どっこい放さぬ。持ちもの全部を置いて行け。」
「私にはいのちの他には何も無い。その、たった一つの命も、これから王にくれてやるのだ。」
「その、いのちが欲しいのだ。」
山賊たちは、ものも言わず一斉にこん棒を振り挙げた。メロスはひょいと、からだを折り曲げ、飛鳥の如く身近かの一人に襲いかかり、そのこん棒を奪い取って、猛然一撃、たちまち、三人を殴り倒し、残る者のひるむ隙に、さっさと走って峠を下った。
一気に駈け降りたが、流石に疲労し、幾度となくめまいを感じ、ついに、がくりと膝を折った。
「真の勇者、メロスよ。今、ここで、疲れ切って動けなくなるとは情無い。愛する友は、おまえを信じたばかりに、やがて殺されなければならぬ。まさしく王の思うつぼだぞ。」
メロスは、必死で自分をしかってみるのだが全身萎えて、もはや いもむしほどにも前進かなわぬ。路傍の草原に ごろりと ねころがって
(もうどうでもいい)
という、勇者に 不似合いな ふてくされた根性が、こころのかたすみに 巣くった。
「わたしは 精いっぱい 努めてきた。うごけなくなるまで 走ってきたのだ。ああ、できることなら わたしの胸をたち割って 愛と真実の血液だけで動いている この心臓を見せてやりたい。けれども わたしは 精も根も つきたのだ。わたしは 友をあざむいた。セリヌンティウスよ、許してくれ。きみは いつでも 私を信じた。今だって きみは わたしを 無心に まっているだろう。ありがとうセリヌンティウス。よくも わたしを信じてくれた。」
「君を欺くつもりは、みじんも無かった。信じてくれ! 私は急ぎに急いでここまで来たのだ。ああ、この上、私に望み給うな。放って置いてくれ。王は私に、ちょっとおくれて来い、と耳打ちした。おくれたら、身代りを殺して、私を助けてくれると約束した。私は王の卑劣を憎んだ。けれども、今になってみると、私は王の言うままになっている。私は、おくれて行くだろう。王は、ひとり合点して私を笑い、そうして事も無く私を放免するだろう。そうなったら、私は、死ぬよりつらい。私は、永遠に裏切者だ。しかし、君だけは私を信じてくれるにちがい無い。いや、それも私の、ひとりよがりか? ああ、もういっそ、悪徳者として生き伸びてやろうか。正義だの、信実だの、愛だの、考えてみれば、くだらない。人を殺して自分が生きる。それが人間世界の定法ではなかったか。ああ、何もかも、ばかばかしい。私は、醜い裏切り者だ。」
四肢を投げ出して、うとうと、まどろんでしまったメロスの耳に、ふと 水の流れる音が聞えた。
よろよろ起き上って、見ると、岩の裂目からこんこんと、清水が湧き出ている。その泉に吸い込まれるようにメロスは身をかがめた。水を両手ですくって、ひとくち飲んだ。ほうと長い溜息が出て、夢から覚めたような気がした。
「歩ける。行こう。」
肉体の疲労回復と共に、わずかながら希望が生れた。
斜陽は赤い光を、樹々の葉に投じ、葉も枝も燃えるばかりに輝いている。日没までには、まだ間がある。私を、待っている人があるのだ。私は、信じられている。私の命なぞは、問題ではない。死んでお詫び、などと気のいい事は言って居られぬ。私は、信頼に報いなければならぬ。いまはただその一事だ。走れ! メロス。
「私は信頼されている。先刻の、あの悪魔の囁きは、あれは夢だ。悪い夢だ。忘れてしまえ。メロス、おまえは真の勇者だ。再び立って走れるようになったではないか。ありがたい! 私は、正義の士として死ぬ事が出来るぞ。ああ、陽が沈む。ずんずん沈む。待ってくれ、ゼウスよ。私は生れた時から正直な男であった。正直な男のままにして死なせて下さい。」
路行く人を押しのけ、はねとばし、メロスは黒い風のように走った。急げ、メロス。おくれてはならぬ。愛と誠の力を、いまこそ知らせてやるがよい。メロスは、いまは、ほとんど はだかであった。呼吸も出来ず、二度、三度、口から血が噴き出た。見える。はるか向うに小さく、シラクスの市の塔楼が見える。塔楼は、夕陽を受けてきらきら光っている。
「ああ、メロス様。」
うめくような声が、風と共に聞えた。
「誰だ。」
メロスは走りながら尋ねた。
「フィロストラトスでございます。貴方のお友達セリヌンティウス様の弟子でございます。」
その若い石工は、走りながら叫んだ。
「もう、駄目でございます。むだでございます。走るのは、やめて下さい。もう、あの方をお助けになることは出来ません。」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
「ちょうど今、あの方が死刑になるところです。ああ、あなたは遅かった。おうらみ申します。ほんの少し、もうちょっとでも、早かったなら!」
「いや、まだ陽は沈まぬ。」
メロスは胸の張り裂ける思いで、赤く大きい夕陽ばかりを見つめていた。走るより他は無い。
「やめて下さい。走るのは、やめて下さい。いまはご自分のお命が大事です。あの方は、あなたを信じて居りました。王様が、さんざんあの方をからかっても、メロスは来ます、とだけ答え、強い信念を持ちつづけている様子でございました。」
「それだから、走るのだ。信じられているから走るのだ。間に合う、間に合わぬは問題でないのだ。私は、なんだか、もっと恐ろしく大きいものの為に走っているのだ。ついて来い! フィロストラトス。」
「ああ、あなたは気が狂ったか。それでは、うんと走るがいい。ひょっとしたら、間に合わぬものでもない。走るがいい。」
 最後の死力をつくして、メロスは走った。ただ、わけのわからぬ大きな力にひきずられて走った。陽は、ゆらゆら地平線に没し、まさに最後の一片の残光も、消えようとした時、メロスは疾風の如く刑場に突入した。
間に合った。
「待て。その人を殺してはならぬ。メロスが帰って来た。約束のとおり、いま、帰って来た。」
大声で叫んだつもりであったが、のどがつぶれてしわがれた声がかすかに出たばかり、群衆は、ひとりとして彼の到着に気がつかなかった。すでに磔の柱が高々と立てられ、縄を打たれたセリヌンティウスは、徐々に釣り上げられてゆく。メロスは群衆を掻きわけ、掻きわけ、
「私だ、殺されるのは、私だ。メロスだ。彼を人質にしたメロスは、ここにいる!」
と、かすれた声で精一ぱいに叫びながら、ついに磔台に昇り、釣り上げられてゆく友の両足に、かじりついた。
群衆は、どよめき、口々にわめいた。
「あっぱれ。ゆるせ。」
セリヌンティウスの縄は、ほどかれた。メロスは眼に涙を浮べて言った。
「セリヌンティウス、私を殴れ。ちから一ぱいに頬を殴れ。私は、途中で一度、悪い夢を見た。君がもし私を殴ってくれなかったら、私は君と抱き合う資格さえ無いのだ。殴れ。」
セリヌンティウスは、すべてを察した様子でうなずき、音高くメロスの右頬を殴った。
「メロス、私を殴れ。私はこの三日の間、たった一度だけ、ちらと君を疑った。君が私を殴ってくれなければ、私は君と抱き合うことができない。」
 メロスは腕にうなりをつけてセリヌンティウスの頬を殴った。
「ありがとう、友よ。」
二人同時に言い、ひしと抱き合い、それからおいおい声を放って泣いた。
王さまは 群衆のうしろから二人のさま、まじまじと見つめていたが、やがて静かに二人に近づいていった。
「おまえらは、わしの心に勝ったのだ。信実とは、決して空虚な妄想ではなかった。どうか、わしをも仲間に入れてくれまいか。」
「王さま ばんざい。」
群衆の間に、歓声が起った。
ひとりの少女が、ひのマントをメロスに捧げた。メロスは、まごついた。よき友は、気をきかせて教えてやった。
「メロス、君は、まっぱだかじゃないか。早くそのマントを着るがいい。この可愛い娘さんは、メロスの裸を、皆に見られるのが、たまらなく口惜しいのだ。」
勇者は、ひどく赤面した。