患者「全て失った」 不当認定に壁、条約違反も 「扉を開けて~ルポひきこもり 精神医療の闇」
「引き出し屋」と呼ばれる業者が入所者を精神科病院に入院させる際に使った「医療保護入院」制度。日本弁護士連合会が2020年、精神科に入院経験がある約千人を対象に実施した調査では、苦痛な体験を訴える声が相次いだ。
「人間として扱われず、尊厳が失われた」「外部への連絡を許されず仕事も信用も友人も全て失った」「『退院したい』というと、保護室に連行された」
医療保護入院では、自分や他人を傷つける恐れがなくても、精神保健指定医1人が「必要」と判断し、家族が同意すれば、強制的に入院させることができる。海外でも同様の制度はあるが、自傷他害の恐れや医師2人の判断など、より厳格な条件になっていることが多い。
日本では精神科の入院患者は約27万人おり、半分近くを医療保護入院が占める。医師1人の裁量で強制入院が広く行われている状況は、先進国では異例。しかも、いったん入院させられると、外部に不当性を訴えても認められないのがほとんどだ。
背景には歴史や構造的な問題がある。明治時代には、家族が精神障害者を自宅の一室に閉じ込める「私宅監置」が認められ、1964年には米国の駐日大使が精神科治療歴のある青年に刺される「ライシャワー事件」が発生。「精神障害者は危ない」という偏見が強まった。
民間運営の病院が大半のため、国の判断だけでは入院を減らせないという事情も重なる。専門家の間では、日本が批准している障害者権利条約に違反しているとの見方が強く、今年夏には条約に関する国連の対日審査が予定されている。
厚生労働省は対日審査を意識してか、精神医療に関する有識者検討会で3月、医療保護入院制度の「将来的な廃止」という方針を提示。だが、日本精神科病院協会から反発を受けると、わずか約1カ月で撤回した。
精神医療に詳しい兵庫県立大の竹端寛(たけばた・ひろし)准教授は「日本では精神障害者を家族が丸抱えするか、病院に丸投げするというほぼ二つの選択肢しかない。国が責任を放棄し、質の低い支援しかないからだ。医療や福祉の専門職がチームで生活を支え、地域社会で暮らせる第三の選択肢を国の責任で用意すべきだ。そうしなければ、今回のような問題はまた起きるだろう」と話している。