追跡:アビガン転用、頓挫か 新型コロナ治験、打ち切り
2022年5月16日 (月)配信毎日新聞社
抗ウイルス薬「アビガン」(一般名・ファビピラビル)の新型コロナウイルス治療薬への転用が頓挫しそうだ。新型インフルエンザの治療薬として開発されたアビガンだが、新型コロナ患者にも有効かどうか確認できず、今年3月で臨床試験(治験)が打ち切られたためだ。政府は新型コロナの治療薬候補として174億円をかけて200万人分のアビガンを備蓄したが、転用が暗礁に乗り上げた今、その使い道はどうなるのか。
アビガンは、富士フイルム富山化学(東京)が開発した経口抗ウイルス薬。細胞に入ったウイルスの増殖を抑える効果があるとして、2014年に新型インフルエンザの治療薬として製造販売が承認された。当時、政府は流行時に別のインフル治療薬「タミフル」などが効かない場合に備え、約200万人分を上限に備蓄することを決めていた。
新型コロナが国内で流行した当初、同社は新型インフルエンザのウイルス増殖を抑えるアビガンの効能が新型コロナにも有効だとみて、20年3月に治験を始めた。同年5月には安倍晋三首相(当時)が「月内の承認を目指す」などと発言して注目を浴びた。その後の治験で有効性が確認できず、承認を巡って開かれた同年12月の厚生労働省の専門部会では「有効性を明確に判断することは困難」との結果がまとまったものの、審査継続となった。
しかし、新型コロナの感染拡大が止まらない中、「危機管理上必要だ」として、政府は21年3月までに、未承認ながら新型コロナ治療薬候補として200万人分の追加備蓄を決定。新型インフル治療用に既に購入していた200万人分は、投与量や期間を考慮すると、新型コロナ向けとして70万人分に換算される。政府は新たに130万人分を159億円かけて買い増ししたほか、治験で必要となる経費を補助する狙いで15億円の公費も同社に投入した。
◇未承認、備蓄に174億円投入
21年4月に重症化の抑制効果を確認するために治験を再開させたが、新たな変異株「オミクロン株」の流行下では軽症者が多いため、治験のために患者を確保するのが難しく、治験を3月末で打ち切った。同社は「今後、患者の治験データについて解析を進める」として承認を諦めない構え。ただ、政府内では「もう承認は難しい」という認識が大半で、既に購入した備蓄の引き取りなどは現状では求めない方向だが、「未承認の薬を政府で備蓄するのは異例だ」(厚労省幹部)として当時の決定を疑問視する声もある。
一方、一部の大学病院などでは、同意を得た患者に投与してデータを得る研究の一環である観察研究という手法での投与は、昨年12月まで続いた。動物実験で胎児に奇形が生じる副作用が確認されているため、処方を入院患者に限定し、昨年7月までに約1万5000人が服用した。米メルク社製の「ラゲブリオ」(一般名・モルヌピラビル)など別の新型コロナの経口薬が実用化されたことなどから打ち切り、現状では新型コロナ治療薬としてアビガンはほぼ使われていないとみられる。
安倍氏が富士フイルム富山化学の親会社でもある「富士フイルムホールディングス」の古森重隆最高顧問と懇意にし、承認を前提としたような発言を繰り返したことから、医療界には当初、承認に向けた「出来レース」を疑う声もあった。しかし結局、有効性が科学的に立証できず、承認まではたどり着かなかった。
厚労省の担当者は「企業のデータ解析を待ってから考えたい」と備蓄したアビガンの使い道を明らかにしていない。省内では「新型インフル薬として備蓄することに切り替えるのでは」という見方が強く、「決して無駄になるわけではない」(製薬業界関係者)と擁護する声もあるが、宙に浮いた状態が続いている。
未知のウイルスである新型コロナのパンデミック(世界的大流行)のさなかという非常時とはいえ、ある政府関係者からは「アビガンを巡る政策は不透明な過程が多い」という声も漏れている。【矢澤秀範】